1256 王都到着
リーナ、パスカル、ユーウェインは王都へ到着した。
しかし、あくまでも極秘。
王宮に直行すれば、王太子の指示に従わずに戻ったことがわかってしまう。
そうならないために、特使であるパスカルと護衛に任命されたユーウェインが王宮に向かい、王太子に会う。
リーナはウォータール・ハウスで休憩しながら待機。
リーナ自身が極秘に王宮へ行くか、クオンが極秘でウォータール・ハウスに行くかの判断を仰ぐことになった。
「パスカルが戻って来たのか?」
ヘンデルから報告を聞いたクオンは驚いた。
「リーナちゃんからの特使だって。ユーウェインも戻って来た」
「応接間へ通せ」
クオンは執務室ではなく応接間でパスカルと会うことにした。
「パスカルへの情報制限を考えないといけないのは面倒だなあ」
パスカルは優秀だが、セイフリードとリーナの側近も兼ねている。
人員不足だけに仕方がないと思っての兼任だったが、あくまでも一時的な処置だった。
セイフリードは成人になり、経済同盟や都政などによってクオンの執務が増加している。
人事変更を検討するため、クオンはパスカルへの情報制限を指示していた。
「キルヒウスを呼べ」
「了解」
クオンはヘンデルとキルヒウスを伴い、応接間に向かった。
応接間に通されたパスカルはドアが開くと同時にユーウェインと共に片膝をついた。
「王太子殿下に申し上げます。ヴェリオール大公妃の特使として戻りました。ユーウェインは護衛に任命されており、同行させました」
着席しているクオンの両側にはヘンデルとキルヒウスが立っている。
三者から漂う圧倒的な威圧感をパスカルとユーウェインは感じた。
「ユーウェインは下がれ」
「はっ」
ユーウェインは一礼すると、素早く部屋を退出した。
「報告しろ」
「では、ご報告申し上げます」
王太子からの指示を受け取ったが、リーナの新案は長期のものであるため、最初から最後までリーナが直接指揮を執ることはできない。
王都に戻ってからも王太子領にいる者だけで対応できるように最初から考えられており、領首相、宮殿長、軍総長が担当者に任命された。
初期計画については提案時点でリーナがほぼ考えており、担当者が細かい情報を知る者とのすり合わせを行いながら詳細について決めればいいことをパスカルは説明した。
「ヴェリオール大公妃はこれまでに得た知識と経験を活かし、斬新な方法で次々と問題を解決に導いております。指揮能力が高く、人を見る目があります。他者の視点を想定することで最善を見抜き、目標到達へ向かって導くことができます」
「べた褒めだねえ」
ヘンデルは苦笑した。
「リーナちゃんの活躍には本当に驚いているよ。領主代理どころか、女領主になることもできそうな感じじゃん?」
「王太子領を良い方へ導いている。王太子殿下に選ばれただけある」
キルヒウスもリーナがこれほど王太子領で活躍するとは思ってもみなかった。
良い意味での誤算であり、滞在延長によって追加された新案についても高く評価していた。
「ですが、ヴェリオール大公妃であっても解決できないことがあります。それは王太子殿下の指示に納得できないことです」
応接間に緊張感が漂った。
「当初に設定された遠方視察の目的は達成されております。突発的な問題も対応済みです。新案についても指示済み。王太子領に留まる必要はありません。王都の状況については主要な新聞を取り寄せているため、報道されていることについては把握しています。縁談について王太子殿下と直接話し合いたく、お会いしたいとのことです」
「それはできない」
クオンは答えた。
「ザーグハルドからの縁談はエルグラードにとって重要度が高い。個人的な感情だけで判断できるものではなく、王太子として真摯にどうすべきかを検討しなければならない。この件についてリーナは口を出すことはできない。大人しく待つように伝えろ」
パスカルの予想通りの答えが返って来た。
「それは非常に難しいのではないかと思われます。ヴェリオール大公妃は激怒されております」
激怒という言葉を聞き、表情を変えたのはクオンだけではなかった。
「マジで激怒?」
ヘンデルが確認のために尋ねる。
「はい。妻は自分だけではなかったのかと思われています」
「まあ、そうだよねえ……」
クオンは自らの妻を一人だけだと決めており、リーナだけだと公言している。
縁談話に激怒してもおかしくないというのに、何の発表もない。
リーナが不安に思うのも激怒するのも普通の反応だとヘンデルは思った。
「リーナは王太子の責務を理解できる。冷静になるよう伝えろ。さまざま状況を加味して判断しなければならない。政治的なことだけに、今は何も話せない」
「わかりました。では、本人に直接そうお伝えください。極秘で王都に戻っております」
クオン以上に無表情を貫くキルヒウスさえ、驚かずにはいられなかった。
「ヴェリオール大公妃が戻っているのか?」
「はい。表向きには王太子領にいることになっておりますが、リリーとして王都に戻りました。ウォータール・ハウスにいます。王宮で会うか、ウォータール・ハウスで会うかをご判断していただきたいとのことです」
「どうする?」
ヘンデルはクオンを心配そうに見つめた。
「考える。パスカルには特使を務めたことを考慮して即刻休養を命じる。ユーウェインを連れてウォータール・ハウスへ行け。誰にも会うな」
「ですが、セイフリード王子殿下に」
「会わなくていい。お前が戻ったとわかれば、呼び出しと面会が殺到する。すぐに王宮を離れろ。緊急退避だ」
「言えてる。パスカルは急いでリーナちゃんのところへ戻って! とにかく休むのが先決。その間にこっちも最新の状況を確認するから」
「内務省に寄るな。大騒ぎになる」
キルヒウスも注意した。
「というか、普通に王宮に来た?」
「念のため、ユーウェインを盾にしました。私はフードで顔を隠したまま、王族エリアへ入りました」
パスカルも自分が戻ったことで各所から呼び出され、その対応に追われてしまわないかが気になり、素性を隠すようにして王宮に入った。
「検問も第一が担当の所を通過しました。口止めしています」
「さすがパスカル! ユーウェインを盾にしてもう一回抜けて!」
「だが、ラインハルトには伝わっているだろう。第一の検問を抜けたのであれば絶対だ。王宮から少しでも早く出るため、クロイゼルと一緒に行け。とにかく帰れ」
「わかりました」
キルヒウスはすでにドアに向かっていた。
そして、クロイゼルに伝えようとドアを開けたが、そこにはすでにラインハルトとタイラーの姿があった。
「パスカルが戻ったと聞いた」
「休養だ。面倒が起きる前に王宮から出す。緊急退避の判断だ」
「クロイゼル!」
クオンが呼んだ。
「はっ!」
「パスカルを王宮から脱出させろ。エゼルバードに掴まったら大変だ。ラインハルトも協力しろ。緊急対応だ!」
「はっ!」
「行くぞ!」
クロイゼル、パスカル、ラインハルト、そしてユーウェインがあわただしく走って行く。
「アンフェル!」
「はっ」
残されたアンフェルが答えた。
「パスカルの脱出を妨げないようにしながら、エゼルバードをここへ呼べ。最新の状況を確認する。ロジャーとセブンの同行も認める。セイフリードの所在も確認して連れて来い。行け!」
「はっ」
アンフェルはドアを閉めた。
「キルヒウス」
「側近を集める」
キルヒウスも退出した。
応接間にはクオンとヘンデルだけになった。
「想定外だなあ」
ヘンデルがぼやいた。
「パスカルが戻るのはともかく、リーナちゃんを連れて来るなんて思わなかった」
クオンも同じ。
リーナが不安に思ったとしても、王太子領で待つようパスカルやオグデンが説得すると思っていた。
「リーナちゃんが激怒するなんてよっぽどじゃん? パスカルでも説得できなかったんだろうね」
「オグデンがいても駄目だったか」
パスカルはリーナの心に寄り添って折れる可能性があった。
しかし、オグデンは違う。最後まで王太子の指示に従うよう主張するに決まっていたが、それでも止められなかった。
「パスカルも怒っているかもね。それでリーナちゃんに加勢した。だから、オグデンがいてもダメだったのかも」
王都に戻ればクオンの指示に従わなかったことになる。
それでもパスカルはリーナを連れて来た。
何もわからないことに不安を感じ、怒っているのはリーナと同じ。
そう推測するのが最も普通であり、適切ではないかとヘンデルには思えた。
「最新情報を確認するのはいいとしても、きっと何の状況も変わっていない気がする。最悪なままっていうか」
「その場合は何も言えない。王族の判断を待つのが王族妃や臣下の務めだ」
「わかっている。でも、不味いねえ」
ヘンデルは深いため息をつかずにはいられなかった。





