1254 王都へ向かって
あけましておめでとうございます。
長い長い連載になっておりますが、それでもお読みいただけることに感謝感謝感謝です!
今年もよろしくお願いいたします!
「意外です。ずっと馬に乗っていると思ったのに」
リーナたちは船上にいた。
王都から王太子領に向かった時は全て陸路。
それは人数と馬と荷物が多く、全員が同じ船に乗れないからだった。
しかし、三人であれば船に乗ることができる。
「船だと夜も移動できるのですね」
二段ベッドの上側で、リーナは横になっていた。
「明るさ次第かな」
パスカルが答えた。
「水面が月の光を反射するせいで、意外と明るい場合もある。一晩中移動する船は少ない。よほどのことがなければ夜は運航しないよ」
「この船は特別なのですね?」
時計を見ると夜の時間。
だが、窓の外は黒く染まってはいなかった。
「そうだね。でも、水路が特別だと言う方が適切かな」
王太子領には河川港がある。
船を利用することで、川の上流や下流に行くことができるのはもちろんだが、人工的な水路もある。
現在、リーナ達が利用しているのは人工的な水路の方だった。
「自然が創り出した川は幅が広くて深さもあるだけに危険だ。でも、人工的に作った水路は幅も深さもわかっている。夜間航行するための灯りも手配できる」
「灯りを手配するのですか?」
「そうだよ。今回はまさにそれだ」
水路に沿って灯火をつければ、それが船の進路や水路の幅を知らせる目安になる。
夜間航行に慣れた船員を集めれば、船を動かせる。
「お金がかかる方法だけど、灯火代を出せば民間業者でも利用できる」
「かなりのお金がかかりそうです」
「大手の運送業者はよく活用しているよ。複数の業者でお金を出しあって、夜間航行をする場合もある。これは水路だけでなく陸路も同じだ。街道沿いに灯火を設置すれば、夜間も馬や馬車を走らせることができる」
夏の日照時間が長いが、冬は短い。
冬だからといって運送量が減るわけではないため、灯火代を負担してでも運送時間を延長していることをパスカルは説明した。
「船を使えば、王都まで早く戻りやすくなる。自分が船を操作するわけでもないから、その間は休める。体への負担も少ない」
「そうですね」
「でも、ずっとは無理だ。王都につながっている水路や川でないと、陸路に戻るしかない」
「わかります」
「馬に乗るのが大丈夫で良かったよ」
リーナはパスカルの後ろに乗っていたが、かなりのスピードが出ていても平気だった。
人台車のせいで速度慣れしており、命綱もあることで安心しきっていた。
「後ろは暇です。横を向いていても、速度があり過ぎて景色を堪能できません」
「余裕だね」
パスカルは二段ベッドの下側。
横になり、目を閉じながら笑った。
「前に乗る?」
「視界が悪くなります。邪魔ですよね?」
「構わないよ。でも、怖いから止まってほしいと言われると困る」
「ですよね」
リーナはクオンと馬に乗った時のことを思い出した。
「これまでは前にばかり乗っていました。そのせいで怖かったような気がします。視界が開けていますし、風も強く当たります」
「そうだね」
「私は騎手ではありません。でも、馬と一体になれればいいなと思っています」
「騎手にとって馬と一体になるよう努めるのはとても重要なことだ。それをわかっているようだね?」
「ロビンが言ってました。馬と一体になることで、馬の状態を適切に把握して操ることができるって。ボスの教えです」
パスカルは目を開けた。
ボスか……。
「ボスは何でも知っていそうだ」
「かもしれません」
「ボスが好き?」
「当然です。ボス派でしたから! 面倒だって見てくれました」
「でも、ボスは別の女性の側にいて、面倒をみているようだよ?」
今度はリーナが目を開けた。
「その女性と対立すれば、ボスとも対立することになるかもしれない」
「大丈夫です」
リーナはそのことについてもしっかりと考えていた。
「ボスの人生はボスのものです。ボスの信じる道を歩けばいいだけですから」
「対立してもいいってこと?」
「ボスは家族のような存在です。違う道を歩くことになっても、過去の思い出は消えません。見えない絆でつながっています。私だけでなく、ボスと一緒にいた全員がそう思っています」
「孤児院にいた頃は強い絆があったかもしれない。でも、今は違うかもしれない。ボスの方はね」
「ボスの気持ち次第ですけれど、私はボスを信じています。それでいいんです」
「僕とボスが対戦しただろう? どっちを応援してくれたのかな?」
リーナは笑みを浮かべた。
自分を応援していたとパスカルが言ってほしいことは明らかだと思いながら。
「試合であっても武器を持って戦うのは危ないです。あれはボスから言い出したので減点です。書類仕事ばかりの人にあんなことを言うなんて!」
「書類仕事ばかりでも、双剣術は僕より上だよ。エルグラードで最強だと思う」
パスカルは正直に答えた。
「でも、そのことは知られていない。剣を使う必要がないし、わざわざ教える必要もない。剣を扱えるなら軍務を担当すべきだとか、別のことを勉強した方が良かったとか、雑音が多くなるからね」
「お仕事が大変なのはわかっています。でも、その大変さがどのぐらいなのか想像することは難しいと思っていました。でも、王太子領に行ったことで、どんなことをしているのかを前よりも知ることができました」
「いい勉強になったね」
「そうですね。本当に素晴らしい人です。でも、夫としては新人だと思います」
パスカルは苦笑した。
「新人か。どんなところが?」
「隠し事をするのが当たり前って感じのところです」
リーナは答えた。
「誰だって秘密ぐらいあります。仕事のことは教えられないというのもわかります。でも、縁談ですよ? 特使を送るなら、王太子領の滞在を延長する以外のことも伝えるべきです。心配するなとか、大丈夫だとか。手紙を託すのもありです。なのに、何もありません。酷いです!」
「そうだね。言葉が足りない」
複雑な事情がからみあっている。極秘にしておきたいこともある。
だとしても、何も言わなければ周囲は勝手に騒ぎ出す。
リーナは不安になっている。不安に思わないわけがない……。
何も言わなくてもいいと思っているのであれば、間違いだとパスカルは思っていた。
「眠くなってきました。そろそろ寝ます」
「おやすみ」
優秀だ。二人共にね。
心の中にある気持ちが溢れ出す前に会話を止めたリーナのこと。
そして、向かい側の二段ベッドの下側にいるユーウェインも同じ。
完全に気配を消すかのように、全く身じろぎもしなければ息遣いさえ聞こえなかった。
 





