1253 オグデン攻略
メリークリスマス!
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応接間からオグデンだけが居間の方に呼ばれた。
なぜ自分だけが呼ばれるのだろうかと思いながら歩き出したオグデンは、リーナの姿を見た瞬間に立ち止まった。
「領首相、宮殿長、軍総長は先に退出してください。一緒に怒られないためです」
リーナの言葉を聞いたパスカルは思わず苦笑した。
領首相たちも同じ。必死にこらえようとしたが無理だった。
「では、失礼いたします」
「同じく」
「失礼する」
三人が出て行ったあと、オグデンは強い足取りでリーナに近づいた。
「絶対にダメです! 大大大反対です!!!」
「まだ何も説明していません」
「見ればわかります!」
リーナはズボンの旅装姿。
「乗馬の練習をするとでもいう気ですか?」
「さすがオグデンです! いざという時は乗馬の練習だといって抜け出せばいいですね!」
オグデンは胃が痛む予感がした。
「パスカル、まさかとは思うが了承したのか? リーナ様のためを思うのであれば止めろ!」
「止めました。ですが、ヴェリオール大公妃の正式な命令なのです」
パスカルは静かに答えた。
「王太子の側近だろう? 兄でもある。拒否権を使え!」
「拒むと王都への特使になれません。ユーウェインが特使、ロビンが護衛に変更されてしまいます。その場合、ユーウェインはどうする?」
「ヴェリオール大公妃の命令に従います」
ユーウェインは答えた。
「ヴェリオール大公妃は、ヴェリオール大公妃付きへの正式な命令権があります。王太子殿下の指示を優先して拒否したとしても、ロビンとデナンが特使と護衛になるのがわかっています。ヴェリオール大公妃の安全を最優先に考えますと、私が王都にお連れするしかありません」
「そうだね。従騎士だけに護衛を任せるわけにはいかない。リーナはヴェリオール大公妃兼王太子領の領主代理だ。その権限はとても強いし、止めることはできないよ。午前中の会議の間に、他の者には正式な命令を出したらしい。外堀を埋められていた」
オグデンは驚愕した。
「何だって?」
「完全に出し抜かれたよ。リーナの成長はすごい。立派な策士だね。それとも、優秀な女性たちが案を出してくれた?」
パスカルはリーナがメイベルたちを自分の部屋に呼んでいたことを知っていた。
だが、メイベルたちは衣装についての相談だと聞いていた。
嘘ではない。旅装についての相談だったのだと、今になって知ることになった。
「私が全部考えました。でなければ、ズボンが用意されるわけがありません。女性たちには昨日のうちに了承してもらっていました。護衛騎士が反対しても従騎士の協力があれば大丈夫だと思ったのですが、ラグネスとサイラスもすぐに了承してくれました」
「当然です。ヴェリオール大公妃付きですので」
ラグネスが答えた。
「勝手に王太子宮を抜け出され、王都へ向かわれるよりもましです」
ヴェリオール大公妃が王太子宮を抜け出したことが知られれば、大騒ぎになる。
そうならないよう内密に探すしかないが、領都の人混みに紛れてしまうと難しいのはわかりきっていた。
「護衛騎士はリーナ様の安全が最優先です。リーナ様を止められないなら、レーベルオード子爵の説得が最も安全を確保できます」
サイラスも答えた。
「私もラグネス殿やサイラス殿と同じです。リーナ様の安全を考えるからこそ、協力するの一択しかありません」
リーナ付きの女性として護衛面を担当しているメイベルも答えた。
「既婚者として、夫に一言伝えたいのも非常によく理解できます。個人的にも応援しています」
「極秘作戦を知らされている関係者で、リーナの命令を受け入れていないのはオグデンだけだ。どうする?」
「王太子殿下の指示に従わないことになってしまいます! そうなれば処罰される可能性があります!」
オグデンはなんとかして止めなければと思ったが、リーナはまったく動じなかった。
「指示違反と命令違反は違います。私が不在の間にクオン様が別の女性を妻に迎えることを決めたらと思うと、気が気ではないのは当然です。王都に戻ろうと思うのが普通です!」
「でしたら、全員で戻ればいいではありませんか! なぜ、少数で密かに戻ろうとしているのですか?」
「できるだけ早く戻るためと、皆を守るためです」
クオンはユーウェインを送り、指示を伝えた。
リーナへの指示だが、それは遠方視察で王太子領へいる全員に対する指示と同じ。
全員で戻れば、全員が指示違反になってしまう。
「こっそり行けば、皆は処罰されません。私はクオン様に怒られると思いますけれど、すでに私自身が怒っているのです。これは夫婦の危機です!」
王太子を妻として支える女性はリーナしかいないとオグデンは思っている。
だからこそ、夫婦の危機という言葉に動揺した。
「オグデンも知っていますよね? クオン様は妻を一人だけ、私だけだって言ってました。でも、縁談が来ています。断っていません。おかしいですよね?」
「それは……事情がおありだからです。ただの縁談ではなく政治、経済、外交、国際情勢に関係しています」
「そうですね。でも、私にとっては夫婦関係の方が重要です。妻の信頼を損ねるようなことをすべきではないと、夫に伝えなければなりません。クオン様はいつも遠慮しなくていいと言っていました。なので、遠慮しません!」
「オグデン、無駄だよ」
パスカルは事実を告げた。
「リーナの味方ばかりだ。誰もが縁談のことを気にしている。はっきりさせたい。もう秋だ。冬になってからでは遅い」
それはオグデンも感じていた。
最大級に滞在が延長すれば、ヴェリオール大公妃としての存在感を王太子領民には示せても、王都民に示す機会が失われてしまう。
そして、王都民に示す機会が失われるということは、国民に示す機会が失われてしまうことと同じだった。
「王太子殿下はリーナを守るために延長を考えている。でも、リーナは帰りたがっている。夫婦関係に問題が生じてしまう」
「すでに問題が生じています。妻の私が言うのですから、間違いありません!」
リーナは断言した。
「私はバーベルナ様と王太子領で会いました。そして、はっきりとわかりました。バーベルナ様は私を嫌っています。元平民の孤児として蔑んでいることがわかる発言を、大勢の前で言ったからです」
これまでは互いにクオンの妻、クオンの友人としての立場を考えた言動をしているとリーナは思っていた。
だが、王太子領で会ったバーベルナは、はっきりとした言葉でリーナを口撃した。
王宮のリーナの部屋で会った時も、自分の考えを正当なものとして押し付けようとした。
結局、バーベルナが気にするのはクオンのみ。クオンがいる時だけ猫かぶりをしているに過ぎないことをリーナは悟った。
「クオン様の妻は私だけです。だからこそ、全力を尽くして頑張らなければならないと思っていました。でも、クオン様が同じように思っていないのであれば、独りよがりです。クオン様の気持ちを確認します。誰にも任せられません。夫婦のことですから!」
リーナの言葉には強い決意が宿っていた。
オグデンは勝てないと感じて白旗を上げた。
「わかりました。私は側近ですが、プライベート担当ではありません。夫婦問題は管轄外ですので、直接王太子殿下と話し合ってください」
「ありがとうございます!」
リーナは輝くような笑顔を見せた。
「遠方視察の最側近として、極秘作戦を成功させるために全力を尽くします。ですが、リーナ様の行動次第で極秘にできなくなってしまうかもしれません。くれぐれも慎重に。いいですね?」
「はい! 絶対に極秘にします!」
「パスカル、リーナ様を頼んだぞ」
「もちろんです。これで懸念事項はなくなりました。すぐに出発します」
オグデンはまたもや驚かされた。
「すぐに出発するのか?」
「リーナの姿を見ると準備万端のようです。午後になって特使に任命されたら出発できるようにしておきました。昨夜のうちに下準備も済ませています」
「やはり昨夜の外出はそのためか」
オグデンの予想通りだった。
「見送りはここで。行こうか」
「はい!」
リーナは嬉しそうにパスカルの側へ寄った。
「じゃあ、留守番をお願いします。行ってきます!」
「お気をつけて」
「いってらっしゃいませ」
リーナ、パスカル、ユーウェインの三人は王都へ向けて出発した。





