1252 リーナの決意
午後。
パスカルとユーウェインはリーナの部屋へ向かった。
応接間にはオグデン、領首相、宮殿長、軍総長、ヘンリエッタ、ヴィクトリア、真珠の間の侍女たち、デナンや護衛騎士たちがいた。
ラグネス、メイベル、リリー、ロビンはいない。リーナの側にいるようだった。
「全員集合といった感じだ」
「二つに分けるそうだ」
オグデンが答えた。
「分ける?」
総侍従長と総侍女長が一緒に来た。
「失礼いたします」
「遅くなりまして申し訳ありません」
サイラスがリストを見てチェックを始めた。
「これから二つに分けます。名前を呼ばれた者は先に居間の方へ入ることになりますので、ドアの方に来てください。呼ばれなかった者は応接間でお待ちください」
ハリソンが通達した。
「あとはピックか」
「遅くなって申し訳ありません!」
ピックが部屋に駆け込んで来た。
「では、先に居間に入る者を呼ぶ。レーベルオード子爵、ユーウェイン、デナン、ピック」
真っ先に呼ばれたのはパスカルで、続くのはパスカル付きのユーウェイン、補佐をしている従騎士だった。
「領首相、宮殿長、軍総長、以上」
パスカルとオグデンは互いに顔を見合わせた。
「一緒ではないのか?」
「私もそう思いました」
特使の話であれば、パスカルとオグデンを一緒に呼ぶのが普通だというのに、別にしていた。
王都から同行した者と王太子領の者とで分けているのでもなく、単に人数を半分にしているわけでもない。
「では、名前を呼ばれた者は居間に移動を」
デナンがドアを開けた。
サイラスが真っ先に移動し、そのあとにパスカルとユーウェインが続いた。
居間にいるのはラグネス、ロビン、メイベル。
常にリーナの側にいるよう指示されているリリーがいなかった。
最後に入ったデナンがドアを閉めて内鍵をかけた。
徹底した情報管理をするためなのは明らかで、領首相たちは困惑するような表情を浮かべた。
「メイベル殿」
ラグネスが声をかけた。
「はい。リーナ様がお見えになられます」
メイベルが寝室につながるドアを開けると、リーナとリリーが姿をあらわす。
それを見たパスカルは驚きに目を見張った。
「極めて重要な話をします。ヴェリオール大公妃、そして王太子領の領主代理として、最上級の守秘義務を課します」
リーナは部屋にいる全員を順番に見回した。
「クオン様の使者としてユーウェインが戻って来ました。でも、わからないことがあります。個人的に納得できないこともありました。ですので、私は極秘で王都へ戻ります」
リーナはズボン姿の旅装だった。
一方、リリーはリーナのドレスを着用しており、髪型もリーナと同じようにしていた。
それを見れば、リーナは極秘に王太子宮を出発して王都に向かい、リリーはそのことが外部にわからないよう身代わりを務める気であることが明らかだった。
「お兄様とリリーを特使、護衛をユーウェインに任命します。でも、リリーというのは変装した私のことです。お兄様がこの決定を拒むのであれば、特使は私とユーウェインにして、護衛をロビンに変更します。お兄様、私を王都へ連れていってくれますか?」
パスカルはすぐに答えることができなかった。
そういうことか……。
パスカルは部屋に入る者を分けた理由を理解した。
それはリーナが王都に戻ることに反対する側近の二人を分けるため。
まずはパスカルを呼び出し、特使にすることを条件にして王都に連れて行くことを交渉することにした。
そして、領首相、宮殿長、軍総長を同席させ、王都行きを反対しにくくするための工夫ではないかとパスカルは推測した。
「不安なのはわかる。でも、王都までは遠い。かなり馬を飛ばす気でいる。必ず情報を持ち帰るから、王太子領で待っていてくれないかな?」
「それでいいなら、このような姿をしていません」
リーナはきっぱりと答えた。
「お兄様であっても、私の決意を変えることはできません。延長につぐ延長は明らかに変です。絶対に王都へ行ってクオン様に会います!」
「パスカル様」
口を開いたのはリリーだった。
「リーナ様はとても強い方です。側近の方々に反対されること覚悟の上で決めています。変更はありません!」
「お兄様と一緒にユーウェインも命令を拒むなら、ロビンとデナンに頼みます。二人は了承済みです」
「どうか受け入れてください!」
ロビンは懇願した。
「王太子殿下からリーナ様を守るように言われています。その覚悟があるからこそ受け入れましたが、王都まで道を間違わずに行けるか不安です!」
「さすがに長距離なので」
デナンがリーナに呼び出されていたのは、極秘作戦の説明を受けるためだった。
「俺の方が地図には強いけれど、護衛力がないしなあ」
ピックが呟いた。
「私の方から護衛騎士には通達している。全員、ヴェリオール大公妃付きとしてリーナ様の命令に従う」
ラグネスが宣言した。
リーナが命令を出すのはよほどのことであり、熟考したからこその判断。
無事王都に着くためには、パスカルを説得するしかない。
そのために、ラグネスはあえてロビンたちが選ばれたことに反対しなかった。
「王都から同行しているヴィクトリア、ヘンリエッタ以下真珠の間の侍女たちも知っています。全員でリーナ様の不在を隠します」
メイベルも付け加えるようにそう言った。
「午前中に会議をしていましたよね? 私がオグデンにそうするよう伝えました。その間に会議の参加者以外には命令を出しました。私にとってもエルグラード王家にとっても緊急を要する重大事項ですので、すぐに了承してくれました」
リーナは午前中にオグデンだけを呼んでパスカルや領首相との会議を開かせ、その間に会議に出席していない者に命令を出して外堀を埋めていた。
「領首相、宮殿長、軍総長は会議に出席していたのでこれから伝えます。ヴェリオール大公妃兼領主代理である私の命令に従い、王都へ戻る極秘作戦に協力してください。いいですね?」
「わかりました」
「仰せのままに」
「御意」
リーナは数々の判断を的確にしてきた。
それを知っている領首相、宮殿長、軍総長は迷うことなくリーナの命令を受け入れた。
「お兄様、決めてください。特使を受けますか? 拒みますか? それによってユーウェインへの命令が変わります」
僕やオグデンを完全に出し抜いた……。
熟考すると言ったリーナがこのようなことをするのは、パスカルの想定外だった。
「王都に戻るということは、王太子殿下の指示に従わないことになる。処罰対象になる恐れもあることをわかっている?」
「わかっています」
リーナはそのことについても熟考していた。
「クオン様は正式な命令を出すことには慎重なので、指示や意向を多用します。完全な命令ではないという部分を考慮しました。そして、クオン様が他の女性と結婚するかどうかは、私にとっては人生の一大事です。重要度を考えれば、優先すべきは王都へ戻る方です!」
クオンの指示は王太子領の指揮を執ることだったが、リーナは自分がいない間も計画が進められるように考えている。
別のことで緊急案件があるのであれば、それを優先するのはおかしくないはずだとリーナは判断した。
「妻は私だけだとクオン様は言いました。それが守れるのか、守れないのか、私は知っておかなくてはなりません。私の持つ全ての力、正式な命令権を行使してでも王都に行きます!」
「わかった。そこまで言うなら連れていく。でも、途中でついていけないと言われても僕は王都へ向かう。その場合はユーウェインに面倒を見てもらうことになる。それでもいいかな?」
「はい!」
リーナはパスカルを説得できたことに喜んだ。
「かなりの速度を出すからね?」
「人台車のおかげでスピードに慣れました。怖くないと思います」
「リーナ様の人台車は異常に早いです」
ロビンが独り言のように呟いた。
「リーナは何気にたくましいからね。セイフリード王子を乗せるよりも、はるかに大丈夫そうだと思っているよ」
「その通りです!」
「ユーウェイン」
パスカルはユーウェインに顔を向けた。
「特使を受ける。護衛として同行するように。リーナのことはできるだけ僕の方で対応するけれど、いざという時は任せる。頼んだよ」
「わかりました」
「あと一人です。絶対に説得します!」
オグデンのことであるのは明白だった。





