1248 負の連鎖
九月末。
大規模な慈善パーティーが開かれた。
主催は慈善活動家としても新しい社交界の華としても有名なザーグハルドの皇女バーベルナ。
イーストランド公爵家、デュシエル公爵家、リンドバーグ公爵家など多くの高位貴族が協賛や協力した結果、九月において最大の催しになった。
「それでは、ザーグハルド皇女バーベルナ様よりお言葉をいただきます」
広大な敷地を誇る屋敷を貸し切ってのパーティーの招待者は約五千人。
王立歌劇場の最大収容数に匹敵するほどだった。
豪華なドレスに身を包んだバーベルナ、そして可愛らしい衣装を着用したプラチナブロンドと空色の瞳を持つ美しい子どもたちが特設された壇上に上がった。
「多くの人々が集まってくれたことを嬉しく思います」
バーベルナは悠然と微笑んだ。
「ここにいる皆に改めて伝えたいことがあります。私たちの高貴な身分は何のためにあるのでしょうか? それは強者が弱者を支配するためです。だからこそ、私たちは高貴な身分に相応しい使命を果たさなくてはいけません。美しい子どもたちを貧しさから救い、尊い色を守りましょう。エルグラードの色を守ることは、エルグラードを守ることなのです!」
司会者が拍手すると、招待客からも大きな拍手が上がった。
「ザーグハルド皇女のお言葉に大変感銘を受けました。その慈悲深さはエルグラードの美しい子どもたちに届くことでしょう」
より大きな拍手が響き渡っていく。
バーベルナは招待客を見渡しながら、満足の笑みを披露した。
バーベルナが主催した大規模な慈善パーティーの記事が新聞に載った。
それはバーベルナの知名度が上がっていたせいでもあるが、エルグラードの高位貴族や知名度のある慈善活動家が出席したからでもあった。
「どういうことです?」
エゼルバードは冷たい表情で側近たちに尋ねた。
「なぜ、バーベルナが新聞の一面に載っているのですか?」
「根回しとコネと金だ」
ロジャーが答えた。
「慈善パーティーには高位の身分者だけでなく、多くの報道関係者も招待されていた。慈善活動について人々に興味を持ってもらうためだと説明されたらしい」
慈善活動は善行。社会貢献。
報道関係者は美談としての記事を書き、新聞に載せた。
「高位貴族の独占インタビューも最初から予定されていた。大手の報道機関ほど大物を割り当てられた。報道しないわけにはいかないだろう」
セブンが補足した。
「あの女は王立歌劇場に乗り込んで来たのですよ? 私の管轄する場所だというのに!」
バーベルナは秋の社交シーズンが始まると、年間ボックスを所有している貴族たちと共に何度も王立歌劇場へ足を運び、観劇を楽しんでいた。
その時に慈善パーティーの招待には応じようと思っていることを伝えたため、貴族たちの邸宅で慈善目的のパーティーが次々と開かれた。
その結果、一ギールも寄付していないにも関わらず、バーベルナは慈善活動家としての名声を手に入れた。
「王太子妃候補と報道した新聞社は潰しなさい。許されない誤報です!」
バーベルナの行動は慈善活動のせいで印象が良く、縁談の話が出ていることもあって、王太子との婚姻に向けての活動、すでに王太子妃に内定の話が出ているのではないかという噂まで広まっていた。
「新聞社を潰したところで無駄だ。別の新聞社が代わりに報道するだけだろう」
ロジャーは冷静だった。
「それよりもやるべきことがある」
「経済同盟のことだ」
「ローワガルンとゴルドーランのせいです!」
西の経済同盟の細かい条項設定はほぼできている。
フローレン、デーウェン、ミレニアスのインヴァネスは早急にまとめるために全ての条項を了承しているが、ローワガルンとゴルドーランについては本国に問い合わせ中だった。
エゼルバードとしてはローワガルン大公世子のハルヴァーとゴルドーラン王太子のリアムを会議に参加させてすぐに承認させたかったが、二人は春に行われたセイフリードの成人式に来たために国内政務で忙しい。
地理的に距離があるのもあって、エルグラードに再訪するための長期日程を確保できなかった。
そのせいで特使が会議に参加しており、何を決めるにも本国に確認を取らなければならず、やり取りも非常に遅い。
夏が終わってしまったこともあって、早くから承認していたフローレンとデーウェンはかなり苛立っている。
インヴァネス大公は縁談の件もあって極秘で来訪し、直接猛抗議をしてきたほどだった。
「早く進めたいのはこちらも同じだというのに」
エルグラードは議長国だけに、うまくいかなければ率先して解決するための対応をしなくてはならない。
ローワガルンとゴルドーランのやり取りがあまりにも遅い、エルグラードの方からもっと強く言えとフローレンとデーウェンの要求は強まるばかり。
だが、ローワガルンとゴルドーランの特使は最速で急がせているのは本当で、本国にいる国王や側近の判断が慎重で遅いだけ。
今後のことを考えると、西の経済同盟の参加国同士の関係が悪化するような催促をするわけにもいかなかった。
そして、問題は別にもあった。
「資材の確保の方はどうなったのですか?」
「急いでいる。だが、簡単ではない」
セブンが答えた。
「計画は順調だと言っていたはずです!」
「仕方がない。突発的な事件だ」
福祉特区に建設中の孤児院の工事は順調だった。
ところが、到着した資材数が不足。工事計画が遅延。
しかも、経済同盟の影響で資材が高騰したため、福祉特区全体の建設計画についても大幅な変更をしなければならなくなった。
更に、古い橋が積載物の重量に耐えきれず崩壊。
多くの資材を失っただけでなく、輸送路の変更までしなければならなくなった。
すでに納入されていた資材の一部も盗難被害にあった。
確保してあった木材の保管倉庫でボヤ騒ぎもあった。
何者かによる妨害工作が疑われるほど、負の連鎖が起きていた。
「不運が続くのはリーナがいないからです! リーナを王太子領から連れ戻しなさい! パスカルも!」
エゼルバードが叫ぶのを聞いて、ロジャーとセブンはため息をついた。
「王太子が滞在延長の指示を出している」
「特使が出発する前に言ってほしかった」
「もう一度送ればいいではありませんか!」
「可能ではあるが、王太子と相談しなければならない」
王太子からの指示と第二王子の指示が違えば、リーナやパスカルが困惑するに決まっていた。
そして、どちらを優先するかと言えば、王太子の指示だった。
「兄上は反対します。バーベルナが王都でのさばっている状態では、リーナが不安になるだけ、戻せないと言うに決まっているではありませんか!」
「そうだな」
「安全な場所にいてほしいだろう」
「やはり新聞社を潰しなさい! 全部です! その前に報道規制をしなさい!」
「国王の許可が必要だ」
「それは内務だ。王太子の許可も必要だ」
「宰相の了承もいる」
「内務省にも説明がいる」
エゼルバードは思いついた。
「セイフリードを呼びなさい」
セイフリードを抱き込み、国王と王太子と宰相の許可を取るつもりなのは明白だった。
「大学院だ」
「王太子領に行っていた分を取り返す必要がある」
セイフリードは大学院生。
リーナと一緒に長期に渡って王太子領に行っていたため、戻ったあとは学業を優先にしていた。
「レイフィールはいつ帰ってくるのです?」
レイフィールは軍を海沿いの国々との国境地帯に配置するために出張中だった。
「当分戻らないだろう」
「秋の大夜会にまでには帰れない可能性が高いと言っていた」
「このままでは十月もすぐに終わってしまいます!」
本当は夏が終わるまでに西の経済同盟の詳細条項を締結。
十月中旬までに孤児院の工事を終了させ、秋の大夜会以降はリーナが主導して孤児たちを転入させる予定だった。
しかし、その計画は完全に狂ってしまってた。
「秋の大夜会は中止です。遊んでいる暇などありません。兄上の誕生日までに遅れを取り戻さなくてはなりません」
そこで追いつけば、そのあとの予定は当初通りにすることができる。
「可能な手段は全て使うのです! いいですね?」
「国王と王太子に対しての可能な手段は限られてしまう」
「エゼルバードの担当だ」
「セイフリードを呼びなさい。それまでに考えておきます」
「わかった。もう一度予定を確認する」
「パスカルがいないせいで、第四王子付きの反応が非常に悪い」
パスカルはエゼルバードとセイフリードの関係改善を進めるための情報開示を率先して行っていた。
側近同士で密に連絡を取り合い、エゼルバードの要望にはすぐに対応していた。
ところが、他の側近たちは同じ対応をしないばかりか、真逆のことをしている。
警戒をあらわにして情報を渡さない。すぐに応えることもなく、必ず確認するといって時間をかけ、無理だったと言ってくる。
せっかく近づいていた距離が一気に離れたばかりか、分厚い壁ができたと感じるほどの差があった。
「パスカルがいないことでこれほどの差が出るとは思わなかった」
「筆頭代理のせいだ」
セイフリードはパスカルがいないため、自分が抜擢した者を側近にしたばかりか筆頭代理にも任命した。
そのせいでパスカルの選んだ側近たちは必ず筆頭代理に相談しなければならず、筆頭代理からセイフリードに伝えるという体制になっていた。
「筆頭代理を変えるように言いなさい!」
「すでに言った」
ロジャーが答えた。
「第四王子は激怒したらしい。自分の選んだ側近を軽視するなということだった」
「直接言わなかったのですか?」
エゼルバードはロジャーの対応に驚いた。
「第四王子がいつ部屋にいるかわからない。私は忙しい。帰るまで待てと言うのか?」
「セイフリードを連行してきなさい! 行きそうな場所に騎士を張り込ませるのです!」
無理に決まっている。
騎士同士がぶつかり合うことになる。
ロジャーとセブンは顔を見合わせ、ため息をついた。
何もかもがうまくいかない。
それが現在の状態だった。
 





