1247 昔馴染み
バーベルナは積極的にエルグラード貴族との顔合わせを行った。
ザーグハルド皇帝にとって唯一生存している娘であり、生まれながらの皇女であるバーベルナは誰もが認める高貴な女性。
息子は皇太子だけに、未来においてはザーグハルドの皇太后。
エルグラードにおいてもその知名度が増しており、王太子妃や王妃になる可能性もあるとなれば、そのことを軽視するわけにはいかない。
多くの貴族たちがバーベルナとの縁をつなごうとしたため、バーベルナは慈善活動の支援を条件にして貴族達の招待を受けた。
エルグラード貴族の大掛かりな催しについては新聞に載りやすく、慈善活動目的の場合は社会的に貢献していると思われ、好意的かつ賞賛されやすい。
慈善パーティーの特別なゲストとして何度も名前が載ったバーベルナは、慈善活動家としての名声を短期間で上げることに成功した。
また、贅を尽くした素晴らしいドレスや宝飾品を身につけ、財力があることを見せつけるのと同時にファッションに強い関心を持つ女性たちの注目も集めた。
社交界において、バーベルナは非公式の王太子妃候補と噂されるようになった。
そのことを示すかのように、四大公爵家の一つイーストランド公爵家にバーベルナは招待され、宿泊することになった。
「ようやく会えたわね」
バーベルナにそう言われたララーザ・イーストランドは不機嫌な表情を隠そうとしなかった。
「会いたいと言われるとは思いませんでした」
バーベルナとララーザは、夜の店で新聞配達の美少年アーシェの指名争いを繰り広げたライバル同士だった。
「私の知らない間に有名になったようね?」
「イーストランドです。元々有名ですが?」
「王都の夜の店で遊んでいたのも有名よね」
「それはお互い様です」
とはいえ、偽名で遊んでいただけに、本名は無傷。
醜聞回避のための常套手段だった。
「私が帰国して喜んでいたのでしょう?」
「誤魔化しても無駄だと思うので、否定はしません」
「狡いわね。アーシェに新聞を届けさせて楽しんでいたのでしょう?」
「アーシェは辞めてしまいました。皇女殿下が帰国されたあと、指名料とチップの相場が一気に下がったのです」
バーベルナはアーシェの指名をする指名料を一気に上げた。
そのせいでかなりの客が指名争いから脱落したが、残ったのは財力も独占心も強い者ばかり。
アーシェの指名料は毎回上がっているような状態で、常軌を逸した争いになっているのは明らかだったが、店も周囲も煽る方だった。
だからこそ、バーベルナがいなくなったのは高くなりすぎた相場を下げる絶好の機会だと思った者が複数いた。
そこでアーシェの指名相場を下げるための画策をした結果、アーシェは新聞配達を辞めてしまった。
「アーシェがいなくなると、店の雰囲気も悪くなり、顧客も離れてしまいました」
そして、誰もが思い知った。
この店がどこよりも華やかで楽しく魅力的だったのは、アーシェがいたからだったのだと。
「そうなのね」
「あの店が一番輝いていた時期は皇女殿下が出入りしていた時です。そのあとの見苦しさを知らない方が幸せでしょう」
それはララーザの本音。
ライバルだったバーベルナだからこそ、ララーザの気持ちを理解することができた。
「今はほとんど領地にいるようね?」
「領地の方が自由なので。あの頃をもう一度味わいたくて、似たような店を作らせました。でも、ダメでした。店の内装や雰囲気はともかく、人についてはどうしようもありません。アーシェほどの存在は見つかりません」
「当たり前だわ。私が認めるほどなのよ?」
「相変わらずの自信ですね」
「そっちもね。昔馴染みの一種だから、座ってもいいわよ」
「感謝します」
棒読みでそう言うと、ララーザはソファに座った。
「それで、昔話をするために呼ばれたのですか?」
「それもあるわ。エルグラードで過ごした学生時代は一生の宝ものなの。アーシェのこともね。また戻って来れたし、楽しみたいのよ」
「昔のように?」
「昔を超えたいわ」
「無理です」
ララーザは即答した。
「そんなことはないわ。過去はあれ以上になりようがないもの。だけど、未来は違うわ。より高みを目指せるのよ。自分次第だけど」
「正直に言います。皇女殿下を無謀だと思うこともありますが、手に入る限りものを求めようとする強欲さはある意味純粋です」
「褒めているように見せかけて悪口を盛り込むのは悪くないわ。だけど、私に対して言うのは不敬だわ。ザーグハルドの皇女なのよ?」
「エルグラードではただの他国人です」
「その他国人の評価がどうなっているのか知らないほど領地に引き籠っているの?」
「知っています。ですが、東には問題が多くあります」
「イーストランドの領地も東でしょうに」
「だからこそ、より東の方がわかるのです。私は領地にいましたので、ザーグハルドのことも何かと耳にします」
ララーザはバーベルナをじっと見つめた。
「まさかとは思いますが、協力しろという話ですか?」
「察しがいいわね。実はそうなの」
「お断わりします」
「いいの? イーストランドは乗り気だけど」
ララーザは鼻で笑った。
「私にとって重要なのは身分でも血統でもなく美しさです。芸術こそ無限の世界です」
「慈善パーティーの招待を受けて、エルグラードではどんな感じなのかを調べたわ。今度は自分で慈善パーティーを主催したいのよ」
「慈善活動には興味ありません」
「想定内の答えだわ。仕方がないわね」
バーベルナはため息をついた。
「アデレード、交代しなさい」
「はい」
部屋の中に控えていたアデレードは寝室のドアを開けた。
交代する侍女が寝室で待機しているということ?
ララーザがそう思った時だった。
アデレードと入れ替わるように入って来たのは黒髪の美青年。
ララーザは驚きのあまり呆然とした。
「旧知の集まりよ。発言を許すわ」
アスターは片膝をついた。
「ララーザ様にはご健勝のようで何より」
「まさか……アーシェなの?」
「はい」
ララーザは視線をアスターからバーベルナに移した。
「帰って来たのは皇女殿下だけではなかったのですね」
「そうよ」
バーベルナは微笑んだ。
「仲良くできそうでしょう? できないわけがないわ。私たちは最も輝いていた時代を知っているのだから!」
ララーザの心は激しく揺れ動いていた。
「昔のように別々にアーシェを呼び出す必要はないわ。一緒に呼べば、一緒に楽しめるでしょう? アーシェもそう思うわよね?」
「ララーザ様」
アスターは魅惑的な空色の瞳をララーザに向けた。
ぞくぞくとするような衝撃がララーザの中を駆け抜けていく。
「美しくても貧しければ生きていけません。かつての私のような子どもたちに、お慈悲をいただけないでしょうか?」
アーシェは……子どもたちのために膝を折ったのね。
圧倒的な美しさと尊さを感じたララーザの瞳から、再会と感動の涙がこぼれ落ちた。
「アーシェのような子どもたちを救うための慈善パーティーよ」
夜の店で貢ぐだけでは、美しい者を救えない。
夜遊びをしているとわかれば、評判を落とすことにもなる。
しかし、慈善パーティーなら違う。
美しい者を救うことも、名声を手に入れることもできる。
関係者としてアーシェにも会えることをバーベルナは説明した。
「協力して。アーシェのためならいいでしょう?」
ララーザの答えは決まっていた。
「わかりました。アーシェのためなら仕方がありません」
「決まりね」
バーベルナは満足の笑みを浮かべた。





