1245 猊下
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エルグラードの富裕層が住む住宅街の中にある白亜の豪邸には、その主人にふさわしい人物が住んでいた。
エルグラード守護神を祀る宗派の一つ、古王国派の枢機卿ヴァーレン。
古王国派はその名称通り、古王国時代におけるエルグラードの色と血筋を極めて重視していることで知られており、身分主義者や血統主義者の多くが古王国派を信仰している。
ヴァーレンは生まれた時からプラチナブロンドと空色の瞳を持っており、年齢を重ねても変化していない。
そのせいで信者はヴァーレンのことを神に選ばれし者と思っており、かなりの人気と強い支持を得ていた。
「手間をかけた」
ヴァーレンの面会相手はアスター・デュシエル。
古王国派の信者にはデュシエル公爵家も名を連ねていた。
「当日キャンセルはよくないと言われました」
「仕方がない」
ヴァーレンは自分の支持者である身分主義者や血統主義者がバーベルナを持ち上げ、積極的に関わろうとする状況を懸念していた。
このままではエルグラード王太子クルヴェリオンの怒りを買い、バーベルナを排除する動きにつながる。
それだけならまだしも、バーベルナを支持した者を排除するようであれば、古王国派やヴァーレンにも悪影響が出る可能性がある。
ヴァーレンはバーベルナをザーグハルド帝国へ帰国させるのが一番だと考え、暗殺の恐怖をより現実的に感じさせるための襲撃計画を立てた。
あくまでも帰国する気にさせるための脅し。バーベルナを暗殺するつもりもなければ、怪我をさせるつもりもなかった。
ところが、襲撃メンバーの中に別の依頼人からバーベルナの命を狙う依頼を受けた可能性がある者がいると判明。
このまま襲撃事件を実行してバーベルナが死ぬようなことがあれば、ヴァーレンがバーベルナの命を狙ったかのようになってしまう。
国際的な問題になるのは必至。
かえって自分の安全安心穏健な生活が脅かされると感じたヴァーレンは、襲撃計画を中止することにしたというのがことの顛末だった。
「アスターが余計な情報を仕入れてきたせいだ」
「では、余計な情報を伝えた責任を取り、この件の依頼料は請求しません」
「いいのか?」
「構いません。すぐに片付いたので」
最近はどの裏組織も情報収集力を強化するために人手不足、優秀な者は喉から手が出るほどほしいという事情もある。
元デュシエルの裏の者に声をかける機会になったのは丁度いいということで、アスターは益があったと考えていた。
「そうか。経費がかからないのはいい。別のことで金がかかっているからな」
ヴァーレンはザーグハルドに古王国派の支部を立ち上げ、自分に都合の良い活動拠点を作っている最中だった。
「戻るのが随分早かったようです。いいのですか?」
ヴァーレンは心から愛するエルグラードを離れ、しぶしぶザーグハルドに出張して戻ってきたところだった。
「影武者を置いてきた」
アスターは眉をひそめた。
「影武者で用件を済ませると?」
「ザーグハルドに長居したくなかった。私はエルグラードにいたい」
「やはりそれが理由だと思いました」
「まだある。ザーグハルドの件では、クオンだけでなく国王も弟王子も相当怒っているようだ」
「当然では?」
「だが、何も発表しない」
「西の経済同盟が揉めているからです」
「私には関係ない。全く。だが、バーベルナの活動が目に見えて王太子妃を見据えたかのようになってきている。クオンの耳にも入っているはずだ。動くかもしれない。出張どころではないだろう?」
「言い訳にしか聞こえません」
「嫌な予感がする」
ヴァーレンはこめかみをぐりぐりと揉んだ。
「私は平和主義者だ。心から愛するエルグラードで安全で安心で穏やかな日々を送りたいというのに、それを邪魔しようとする者がいる。バーベルナだ!」
アスターは否定しなかった。
「頭痛がする。胃痛もする。心痛もかなりだ。冷静になりたい。他のことをして気を紛らわせるしかない。チェスの相手をしろ」
「チェス盤は気に入りましたか?」
ヴァーレンは眉をひそめた。
「チェス盤?」
「いいえ。何でもありません」
アスターは察した。
「気になる。話せ」
「では、勝負を。私に勝ったら教えます。引き分けと負けた場合は教えません」
「やる気が出た。アスターは私の気分を上げるのがうまい」
「時間をかけたくないので早打ちです」
「狡い」
「では、帰ります」
「待て! やる! それでいい!」
ヴァーレンは背を向けたアスターを呼び止めた。
その時、ドアのノックが響き渡った。
姿を見せたのは枢機卿補佐官。
「何だ?」
「緊急会議があるとのことです」
「体調不良だ」
どう見ても体調不良ではないと補佐官は思った。
「考え事をする。しばらく部屋に入るな」
補佐官はアスターの方を見た。
有力な信者であり支持者でもあるデュシエル公爵家の伝令役。
そして、枢機卿のお気に入り。
だが、問題があった。
それはプラチナブロンドが本物ではないということ。
「アスター様のために言いますが、猊下がご寵愛されることをよく思わない者がいるようです。誰もが認める美貌と空色の瞳があるゆえに、あと一つ揃えばと思ってしまうのではないかと」
「わかっていない。私のような色を持つ者は極めて希少だ。だからこそ価値があり、尊ぶべきものとしてふさわしくもある」
ヴァーレンはため息をついた。
「大体、ここは私個人の邸宅だ。休養するためにいるというのに、会議に参加しろというのは横暴だ!」
「では、そのように伝えます」
「体調不良だ」
「かしこまりました」
補佐官は一礼して退出しようとしたが、
「待ってください」
アスターが呼び止めた。
「私の評判が悪くなるのは困ります。この件はまたの機会に」
「何だと!」
「急ぐ用件ではありません。会議のあとで問題ないかと」
ヴァーレンは少しだけ考えた。
「まあ、確かにそうだな。待っていろ。すぐに片付けてくる」
「それはできません。私も忙しいので別の日に。文句は他の枢機卿の方々にどうぞ」
アスターは一礼すると部屋を退出した。
「お前のせいだ」
ヴァーレンは補佐官を睨んだ。
「違います。アスター様がおっしゃったように他の枢機卿の方々のせいです。急遽会議をすることになったのは、どなたかの我儘ではないかと思われます」
「許さん!」
ヴァーレンは立ち上がった。
「文句を言いにいく!」
「かしこまりました」
いかに人気や支持があるヴァーレンであっても、会議の不参加が続けば何かとうるさくなる。
会議に参加させるためにアスターが身を引いたのは明らか。
さすがアスター様、猊下の寵愛を失うことを恐れることなく献身されています……。
補佐官はアスターへの尊敬を深めるばかりだった。





