1243 戻って来た皇女
豪華絢爛な馬車が到着すると、警備だけでなく多くの着飾った男女の視線も集まった。
その視線を跳ね返すほどの堂々とした姿を見せたのは、赤いドレスに身を包んだバーベルナ。
エスコートを務めるのはデュシエル伯爵だが、皇女という身分を持つバーベルナの手を取る許可は出ておらず、あくまでも先導役。
そして、その先で待っていたのは、デュシエル公爵家と同じ身分主義者として名を馳せているリンドバーグ公爵だった。
「ザーグハルド皇女殿下にご挨拶申し上げます」
リンドバーグ公爵が恭しく頭を下げて挨拶をした。
「本日はリンドバーグ公爵が所有するボックスになります」
デュシエル伯爵もまた恭しく伝えた。
「眺めが良いといいけれど」
バーベルナはいかにも皇女らしい尊大かつ見下したような視線を投げつけたが、それを喜ぶ者がいることをよく知っていた。
「ロイヤルボックスからの眺めばかりでは飽きてしまうかもしれませぬ。さまざまな角度から眺めることによる楽しみもございます」
「そうね。案内して」
「かしこまりました」
秋の社交シーズンが始まった。
その中で最も注目を浴び、賞賛されている女性はバーベルナだった。
ザーグハルドや皇帝家の色は黒。
皇女としての正装は黒い衣装になるため、バーベルナが社交場で着用するのは黒いドレスばかりだった。
ところが、九月になって社交場に顔を出したバーベルナが着用したドレスは赤だった。
黒ではないこと、またエルグラードの国や王家を表す色ということで、縁談や大同盟の話もあることから大いに注目を浴びた。
バーベルナは縁談や大同盟については本国にいる皇帝が決定権を持つこと、勅命で離婚ということになったため、勅命で婚姻する可能性もあると答えた。
全ては皇帝の決定次第であり、バーベルナは皇女の務めを果たすだけ。女性であることから政治に関わる話とは一線を置くと宣言した。
父親である皇帝に従い皇女の務めを果たすことや政治とは距離をおくことは、男性優位であるエルグラードの保守派貴族に賞賛され、エルグラード王太子妃に相応しいという声が上がった。
バーベルナが赤い衣装ばかりを着用するようになったせいで、エルグラード王太子とバーベルナとの婚姻がより現実味を帯びて来たと感じる雰囲気も生まれていた。
幕間の時間は社交の時間になる。
人々は観劇の話題よりもバーベルナの社交に注目していた。
「ザーグハルド皇女殿下にご挨拶申し上げます」
「皇女殿下にお会いできて光栄です」
「素晴らしいご衣裳です。さすがザーグハルドの皇女ですわ」
「見事な宝飾品だ。身分と同じく、格が違うとはこのことだ」
多くの賞賛を浴びたバーベルナは当然だと言わんばかりの表情を浮かべた。
「ですが、なぜ赤いご衣装なのでしょうか?」
「赤と言えば、エルグラードの色ですわ」
「王家の色でもある」
「縁談の方で何か進展があったのでしょうか?」
王家が公式発表をしないせいで、多くの人々が情報に飢えている。
ほんの少しでもいい。最新の情報を入手したい。
そのような状況であるからこそ、バーベルナの着用するドレスの色が変化したことに、人々の注目が集まるのは必然だった。
もちろん、バーベルナ自身もそのことをわかっている。
九月からは季節が変わるのもあり、赤いドレスを着用することにした。
黒いドレスが流行っていたのは知っているが、ずっと黒では飽きられてしまう。次の流行色を自ら示すことで影響力を持続できるとバーベルナはわかっていた。
「私にとってとても重要な色であるのは確かよ」
バーベルナは思わせぶりな発言と笑みを披露した。
「ザーグハルドの皇女として黒い衣装を着るのは当然だったけれど、世界は多くの色があるわ。赤を着るのが当然になったとしても、着こなせる自信があるわ」
それはもしかして?
王太子妃になった時のことを言っているのか?
王家の一員として赤を着用することか?
バーベルナの言葉は多くの推測を生み出していく。
「私は生まれながらの皇女。エルグラードには生まれながらの王子もいるけれど、最も称賛すべきは生まれながらの王太子ね。クオンほど素晴らしい男性はこの世界に存在しないわ。その類まれなる才能は王立学校時代から際立っていたし、同級生だった私もそれを感じずにはいられなかったわ」
バーベルナがエルグラードの王太子を賞賛することもエルグラード貴族にとっては非常に好ましいことだった。
さりげなくバーベルナ自身が自分のことをアピールする言葉を添えていたとしても気にならない。
「お兄様のことがなければ、王立大学を卒業できたわ。王妃様も私の実力を理解してくださっていたし、素晴らしい相手との最高の縁談があったはずよ。でも、神は何が正しいのかをご存知だわ。エルグラードを繁栄に導き、大陸を統べるに等しい大同盟を実現できるのであれば、これほど素晴らしいことはないわ。エルグラードの威信は強まるばかりでしょう!」
拍手が起きた。
それがきっかけで次々と拍手が巻き起こり、会場中を包み込んだ。
その夜、バーベルナは王立歌劇場において最も輝く女性といっても過言ではなかった。





