1242 未来志向の新案
「聞いてください」
リーナは会議室に呼び出した領首相、宮殿長、軍総長を順番に見つめた。
「私はもう少し王太子領に滞在することになりました。すでに実施していることについては担当者に任せ、私自身は別のことを手掛けたいと思います」
領首相、宮殿長、軍総長は緊張した。
ヴェリオール大公妃リーナは領主代理に相応しい判断と対応を次々と打ち出している。
それは心から賞賛すべきことではあるが、新しいことをするというのは、王太子領に改善すべき点があることと同じ。
何を見逃していたのか、不十分なこととは、どのような改善だろうかと思っていた。
「軍総長」
真っ先に声をかけられた軍総長は思わず体をびくりとさせた。
「はっ、どのようなことでも遠慮なくおっしゃってください。覚悟はできております!」
「警備状況や治安活動については何か問題があるでしょうか?」
「現状においては問題ありません」
「そうですか。実は数人の協力者がほしいのです。大丈夫ですか?」
「数人程度であれば問題なさそうですが、どのような任務かにもよります。人選の都合もありますので、できるだけ具体的に教えていただきたいのですが?」
「王太子宮の庭園をなくしたらどうかという話が出た時に、王太子軍が馬場の拡充を求めていると聞きました」
リーナは庭園管理長と庭師長が話していた内容について、覚えていることをノートに書いていた。
その中に、王太子軍が馬場の拡充を求めているというメモがあった。
「王太子軍の馬場が不足しているのですよね?」
「馬場だけでなく、領都の都市化が進んでいる影響で、馬を調教する場所も年々減っています」
十年ほど前までは空き地や広い区画の場所が多くあり、王太子軍が所有する土地や広大な馬場があった。
だが、王太子による改革によって、公的組織が所有している土地が道路、住居移動対象者用の代替地、公共施設の新設地になってしまった。
領都が大きくなるほど警備隊や消防隊の規模も必要地も増大。そのせいで、王太子軍の所有地が次々と減ってしまっていた。
「王太子宮の側にある本部の敷地については、王太子宮の敷地が守られることから絶対になくなることはありません。ですが、それ以外については領都や他の組織との調整でなくなってしまい、訓練や調教場所が減少したしわ寄せがきつくなっているのです」
通常訓練の縮小化をしなければならず、郊外の馬場に移動して訓練することによってかかる予算や負担が増えていることを軍総長は説明した。
「王太子宮の庭園は何物にも代えられない価値があります。なくすわけにはいかないのも承知しております。ですが、その影響で王太子軍の訓練や予算に影響が出ていることは知っておいていただきたいです」
「そういうことでしたか」
リーナは納得したというように頷いた。
「軍本部の側にある馬場だけだと、順番に訓練するのが大変なのだと思っていました」
「その通りです。王太子宮の警備についている者は、郊外の方で訓練するのが難しいので」
王太子宮の側に馬場が増えれば、訓練をしやすくなる。
王太子宮の警備についている者が、郊外に行って訓練しなくてもよくなる。
そのような観点から、王太子宮の庭園を縮小して、馬場を増やせないかという声が上がっていた。
「実は、王太子宮の敷地内に馬場を作ろうと思います」
軍総長だけでなく、領首相も宮殿長も驚いた。
「馬場を?」
「王太子宮の敷地内にですか?」
「庭園を縮小されるということですか?」
「縮小するのは庭園ではありません。森林の部分です」
王太子宮の敷地はかなり広い。
それは王太子宮がある丘の上だけでなく、丘の下にある土地までも含まれているからで、かなりの部分が森林や人工林になっていた。
「人工林の方はしっかりと管理されているのですが、森林の方は見回るのが大変なので、薪作りの時に作業をするだけのようです」
森林の方は人工林のように若木との入れ替えを行わず、伐採数も最低限。
そのせいで老木や細木が多く、このまま放置していると天然資源を無駄にしてしまうばかりか、病気等の被害が起きても大規模にならないとわからないということが庭師長の報告でわかった。
「領都内の自然は貴重です。森林の部分を末永く存続させるためにも、人工林ほどではないにせよ、ある程度は管理を強化していくべきだと思うのです」
しかし、庭師を増やして管理する方法では経費がかさんでしまう。
そこで森林の場所をいくつかの区画に分け、順番に見回ることができるようなルートを作ろうとリーナは考えた。
「管理をするには道があった方が便利です。木材を運搬するための馬車が通れるようにもしたいので、道幅もそれなりにあるものを考えています」
「王太子軍が道路工事をするということでしょうか?」
「庭師と民間業者の方で道を作るつもりですが、警備を担当する王太子軍との連携と協力は不可欠です。薪作りをする季節になれば、現在の人口増加に伴う警備体制も見直されているはずですよね?」
「そうですね。その頃であれば、協力しやすいと思われます」
「では、その前に担当者を数人選び、馬場コースについての案を出してください。一応、私とお兄様と護衛騎士たちの方でも考えてみました」
「こちらを見てください」
パスカルが地図を広げた。
「これが王太子宮の敷地図です。丘の周囲を取り囲むように森林がありますので、その中に管理用の道を作ります。南側の平地を通って東西を結ぶような半楕円のルートです」
新しく作られる道は庭師による森林管理や木材運搬路だけでなく、王太子軍による騎馬訓練にも利用できるようにする。
広場で行うような訓練は既存の馬場で行い、走行訓練や馬の調整は森林で行うようにすればいいという説明が行われた。
「これまでは放置状態でしたので、発育が悪い木も多くあるとのことです。健常かつ木材としての活用ができるような森林状態に移行させるための間伐も行います。それを利用して区分けした場所には細い道や作業用の小さな広場も作ります。小規模な訓練に使うこともできると思いますが、いかがですか?」
「ぜひ、お願いいたします!」
軍総長は感激していた。
「馬場不足の問題は頭の痛い問題でした。郊外に行くしかないと思っていましたが、まさか森林を切り開いてくださるとは思ってもみませんでした!」
「切り開くのは必要最低限です。王太子軍の都合に合わせて道路や作業場所を広げることはできません。あくまでも自然保護のための管理が優先になります。それを理解してもらえますか?」
「もちろんです!」
軍総長は力強く頷いた。
「ですが、本当によろしいのでしょうか? ヴェリオール大公妃は自然保護を打ち出しています。王太子宮の敷地内とはいえ、森林を切り開くのは、真逆の行為だと思われてしまう気がしてなりません」
「そうかもしれません。ですが、自然を放置することが自然を守ることになるとは限りません」
大自然における森林と、都市部における森林では環境が違う。
人に配慮するほど自然への環境負荷は強まり、自然に配慮するほど人の生活負担が増えてしまう場合もある。
それらをうまく調整しながら共存させるための取り組みは重要であり、積極的に行っていくべきだとリーナは思った。
「人が活動するには、活動するための準備が必要です」
森林の中で迷ってしまわないためにも、道があった方がいい。
木が過密状態の場所については間伐を行った方がいい。
さまざまな意見が庭師たちからも出されており、リーナはそれについても耳を傾けた。
「自然環境のバランスが崩れないように庭師たちが考えてくれています。長年、敷地内の自然を守ってきただけに、信頼して任せようと思っています。そして、切り開いた分の自然を別の場所に増やすため、森林公園を作ろうと思います」
「そちらの計画については、こちらの地図を見てください」
パスカルは新しい地図を広げた。
「これは領都及び付近の地図です。領都の範囲は年々少しずつ増えており、人口も増加傾向にあります。このままですと、領都外になっている場所もすぐに開発されてしまうでしょう。そこで、平地部分に大規模な森林公園を整備。現在の領都付近の自然が著しく損なわれないようにします」
現在の領都内の空き地は少なく、それらを強制的にまとめるのも活用するのも難しい。
だからこそ、未来志向型の自然保護活動として、領都に取り込まれそうな場所に人工森林や大規模な公園を作るという案だった。
「領都内にピクニックができるような公園がありません。新しく整備される公園は、一般市民が自然を感じながらくつろぎ、ピクニックをすることができるようなものにします。王太子領では男女共に馬術をたしなむ者が多いので、馬術コースを併設する案も出ています。いかがですか?」
「大賛成です!」
軍総長は猛烈な勢いで拍手した。
「森林公園を作るのであれば、王太子宮の敷地内にある森林部分を整備しても、問題なさそうに思います!」
「そうですな。王太子宮の庭園は常に開放できる場所ではありません。一般市民がいつでもピクニックを楽しめるような公園がある方がいいと思われます」
「森林公園によって、より多くの自然保護と資源活用ができそうです」
宮殿長も領首相も素晴らしい案だと思った。
「一案だけでは難しいこともあります。でも、複数の案を組み合わせることで、補い合いながら調整していくことができます。この計画は大掛かりになるでしょう」
平地に人工的な森林を作るため、植栽活動もしなければならない。
ある程度育っている若木を王太子宮の敷地内にある森林から植え代えるにしても、木々が成長するまでには年月がかかる。
「私が王都に戻ったあとは、三人で力を合わせてください。領都付近の自然保護、人々が心身を癒せる場所の設置、公共的な活用を主軸に進めようと思います」
「ヴェリオール大公妃の大英断に、王太子領民を代表して感謝申し上げます!」
「全力を尽くして、ヴェリオール大公妃の新案を実現させます!」
「王太子領はますます素晴らしくなるでしょう!」
またしても、ヴェリオール大公妃は驚くべき新案を生み出した。
王太子による滞在延長の判断は最善かつ適切としか言いようがないと、領首相たちは確信していた。





