1241 ゆっくりと
そして、そろそろ頃合いだと思ったフレデリックは本題に入ることにした。
「エルグラードの現状は極めて不愉快だ。ザーグハルドからの縁談に、叔父上は激怒している」
ミレニアスにもエルグラードとザーグハルドの縁談を気にしている者がいる。
その中に両親が含まれていることにリーナは気づいた。
「心配してくれるのは嬉しいのですが、エルグラードの問題ですので」
「個人的にお前のことを気にする権利は誰にでもある。クルヴェリオン王太子が別の女性を妻に迎えるかもしれないというのに、叔父上が黙っていられるわけがない」
「お父様が怒るのはわかります。もしかして、その件について何かしているのでしょうか? 西の経済同盟のことで話し合いもしているはずですよね?」
「西の経済同盟については俺が代理を務めていた。叔父上はエルグラード国王とクルヴェリオン王太子に密使を送って抗議したが、返事がなかった。そのせいでエルグラードに極秘で来訪中だ」
インヴァネス大公は西の経済同盟の会議に参加し、直接エルグラード王家に抗議することにした。
「エゼルバードによると、クルヴェリオン王太子は一度縁談を拒絶した。だが、弟たちとの縁談に挿げ替えるわけにはいかないといって、自らの縁談として再検討することにしたらしい」
自らの縁談として……。
リーナは表情を強張らせた。
「エルグラード王族は一夫多妻制だ。王太子として国益を考え、兄として弟を守ろうとするのはわかる。だが、リーナだけを妻にすると言っておいて、それに反することを検討しているのであれば、叔父上が怒るのは当然だろう?」
「エルグラード王家は、独身の王子たちの縁談として検討中だと発表すべきです」
フェリックスもエルグラード王家が公に何も発表しないことに不満だった。
「父上が暴走していないのは、母上が兄上やレーベルオードのことも心配しているからです」
「すみません。お父様やお母様がどう思われているかを考えていませんでした」
リーナは肩を落とした。
「でも、この件については冷静に見守ってほしいです。エルグラード人として生きていくことを選んだのは私です。苦しい時や悲しい時があっても、必ず乗り越えるので大丈夫です!」
「つまり、今は苦しくも悲しくもあるということだな?」
フレデリックの問いかけに、リーナは否定の言葉を発することができなかった。
「当然です。妻は一人だけだと言っていた夫が、別の女性との婚姻について検討しているのです。もしかすると、姉上なら何でも許してくれると思われているのではありませんか? だとすれば、絶対に許せません!」
「フェリックスも落ち着いてください。クオン様はエルグラードや王家のために熟考しているのです。最終的な判断が出るのを待ってください」
「最終的な判断次第だというのはこちらも同じだ。だが、黙って待つことが良い結果につながるとは限らない。だからこそ、叔父上は抗議した。リーナからは抗議しなくていいのか?」
フレデリックはリーナの優しさや謙虚さが裏目にでないかを懸念していた。
「夫婦に問題が起きた際、妻は実家に帰る。エルグラードの居心地が悪いのであれば、ミレニアスに帰ればいいだろう? 俺やフェリックスと一緒に国境を越えればいい。クルヴェリオン王太子とも話をつける」
「フレディの言う通りです。母上もエルグラードが嫌になり、ミレニアスに来ました。姉上だって同じです。いつでも家族の元に帰ることができます!」
「ありがとうございます」
リーナは微笑みながら答えた。
「でも、何かあった時に戻るのはレーベルオード伯爵家です。私は養女になりましたから」
今度はパスカルが微笑んだ。
「正解だ。リーナが戻る場所はレーベルオードだよ。これでわかったでしょうか? リーナの意志を尊重していただきたく思います」
「わかった。俺の方から、叔父上には冷静に様子を見るよう伝えておく」
フレデリックが答えた。
「フェリックスもわかったな? リーナの意志を尊重する」
「わかりました。でも、寂しいです。姉上は自立心が強すぎます。もっと家族に甘えてもいいと僕は思いますよ?」
「甘えていますよ? だからこそ、自分の選んだ人生を選択しました。きっとわかってくれると思ったのです。私にはまだまだやるべきことがあるので頑張ります。フェリックスも勉強を頑張ってください」
「もちろんです。エルグラードに留学する機会を存分に活用しない手はありません」
「俺たちは明日出発するが、強行日程ではない。何かあれば知らせてくれ」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、大丈夫だと思います」
パスカルは丁寧に答えた。
「問題は早く片付けたい。経済同盟のことも災厄女のことも。でなければ、俺のバカンスは一生無理だろう」
フレデリックがそう言うと、すぐにフェリックスが反応した。
「エルグラードにいることがすでにバカンスのようなものです。父上が資金を出しているのですから、それに見合うように働いてください」
「子守りの件もあった。苦労が多い」
「フェリックス、フレディ様はいとこですので仲良くしてくださいね。その方が私も安心できます。フレディ様は不機嫌そうに見えますけれど、優しい心を隠しているだけですから」
「不機嫌なのは不機嫌だからです」
フェリックスはあえてそう答えた。
「優しい心を隠す必要はありません。兄上のように、堂々と優しくすべきなのです」
「パスカルは狡い。優しいのは確かだが、優しさを利用しているのも確かだ」
「優しくしたいと思うからこそ、優しくしているだけです。自然なことだというのに、咎めるような口調は心外です」
「いかにも優しそうな見た目のせいで得をしている。俺が優しくしても見た目と合わない。疑わしく思われるだけだ」
「そんなことはないです。フレディ様が優しくしてくれるのはとても嬉しいですよ? 私は心から感謝しています!」
リーナがそう言うと、フレデリックは嬉しさを隠すために顔をしかめた。
「いかにフレディがひねくれているかがわかる反応です」
フェリックスは笑みを浮かべた。
「姉上の顔を立てるためにも、フレディとは仲良くします。少なくとも、帰りの馬車の中ではこちらへ来る時よりも配慮します」
「子どものくせに偉そうにするな」
「精神年齢はすでに大人です」
「関係ない。実年齢で判断する。子どもは子どもだ!」
「大人になるのはゆっくりで大丈夫です。大人になると何かと大変ですから。昔、お兄様にもそう言われました」
「そうだね。ゆっくり大人になればいいよ。急がなくてもその時が来る。ミレニアスの王族だけに、成人すると会いにくくなってしまうかもしれないからね」
「では、ゆっくり大人になります。未成年のうちはエルグラードに留学して、兄上と姉上に会えるだけ会いたいです」
「子守りから解放されるまで、長くかかりそうだ」
フレデリックがぼやいた。
「都合がいいのでは? エルグラードに滞在する理由ができるばかりか、インヴァネス大公からの支援も見込めます」
「まあ、実を言うとそうだったりする」
フレデリックがにやりとすると、次々と笑みの花が咲いた。
家族と親族による昼食会は、くつろいだ雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと進んでいった。





