124 王太子と王子
エゼルバードは兄に会う理由があることを嬉しく思いながら、王太子の執務室に向かった。
「兄上、後宮の件で重要な書類を持ってきました。急ぐので、時間を取っていただけませんか?」
「ヘンデルの同席は可能か?」
「いいえ」
ヘンデルは無言で一礼すると部屋から退出した。
クオンは手渡された書類――後宮華の会の予定表に目を通した。
「朝八時から開始か」
後宮の歓迎式典で開幕。
それが終わると、側妃候補のアピールが始まる。
採点や検討時間の調整として途中に休憩時間が入る。
昼食の時間もあり、午後にも側妃候補のアピールが行われる。
側妃候補付きの侍女及び侍女見習いの能力を審査する出し物もある。
夕方に結果発表、閉幕。
「一日で終わるのはいい。だが、側妃候補の数は多い。夕方に終わるのか?」
「終わらせるのです」
エゼルバードはにっこりと微笑んだ。
「王太子は激務で多忙。後宮や側妃候補のために一日の時間を確保するだけでもかなりのことです。一日で終わらせなくてはいけません」
「それはそうだが」
「兄上は側妃候補の中から側妃を選ぶ気があるのですか?」
「全くない」
クオンは断言した。
「でしたら、真面目に選考する必要はありません。別のことを考えていればいいでしょう。いつの間にか時間が過ぎて終わります」
真面目に選考するつもりはないようだとクオンは思った。
「側妃候補によるアピール時間ですが、一人につき五分です」
交代や用意の時間も含めると、約十分。一時間で六人を選考する。
「午前中に十八名、午後に九名。合計二十七人がアピールをします」
クオンは眉をひそめた。
「王太子の側妃候補は三十名だと聞いた。減ったのか?」
「いいえ。三十名です。そして、第二王子の側妃候補が十二名。合わせると四十二名です」
「十五名の差がある」
「事前の書類選考で十五名を落とします」
エゼルバードは王太子の側妃候補から十三名、第二王子の側妃候補から二名を先に落とすつもりだった。
「侍女と侍女見習いによる出し物がある。これをなくせばいい。側妃候補の全員がアピールできる。公平だ」
「兄上ならそう言うと思いました。ですが、それはしません」
「理由があるのか?」
「ご説明します」
エゼルバードはにっこりと微笑んだ。
「今回の選考会では側妃候補として残れる者を選びます。側妃を選んでほしい国王や後宮にとっては嬉しくありません。本当は気になる女性を見つけてほしいのです」
「無理だ。気になる者などいない」
クオンはきっぱりと答えた。
「わかっています。ですので、側妃候補からではなく、後宮の侍女や侍女見習いの中から気になる女性を見つけてください」
クオンは一瞬理解ができなかった。
「何を言っている?」
「侍女と侍女見習いの能力を審査する出し物は気になる女性、つまりは新しい側妃候補を見つけるためなのです。一応は全員が貴族出自ですので、最低条件は満たしています。侍女や侍女見習いには知らされていませんが、そのような趣旨が密かに盛り込まれています」
「馬鹿な! 呆れるしかない!」
クオンは不機嫌さを全開にした。
「よく思われないのはわかっています。ですが、これは重要な布石なのです」
「重要な布石?」
「侍女と侍女見習いの出し物における順位は、各側妃候補の評価に加点されるのです」
「加点だと?」
それでは側妃候補のアピール評価だけでは決まらない。別の評価に左右されることになってしまうとクオンは感じた。
「選考では側妃候補のアピールについて優劣をつけなければなりません。ですが、兄上は全く興味がありません。全員の評価をゼロにしてしまうと、優劣がつけられません。同点にしないための何かが必要なのです」
「なるほど」
「そして、これは側妃候補やその実家の名誉への配慮になります。退宮したあとの悪影響を抑えるために必要です」
側妃候補は素晴らしいアピールをした。
だが、侍女や侍女見習いによる加点要素のせいで、最終的に惜しくも落ちたと思わせる。
側妃候補は自身のアピールのせいだけで落ちたわけではないと言い訳ができるようになる。
選考が不当なものだったと騒がれないように、側妃候補とは別の要素をあえて付け加えておくことにすることをエゼルバードは説明した。
「……さすがエゼルバードだ」
褒められたエゼルバードは嬉しさを心からの笑みであらわした。
「側妃候補が減れば、側妃候補付きの侍女や侍女見習いも減らせます。側妃候補が選考で落とされたのは、加点になる出し物で役立てなかったからです。連帯責任で解雇できます」
「よく考えている」
「実はまだあるのです」
エゼルバードは得意気だった。
「側妃候補の素顔を確かめ、美醜を確認することもできます」
クオンは眉をひそめた。
「それは重要なのか?」
「私の美意識が高いのはご存知のはず。化粧をした姿が美しいだけでは美人とは言えません。素顔もまた美しくなければ嫌です。美しくない側妃候補は選考で落とします」
エゼルバードらしい……。
クオンはエゼルバードの好きにさせることにした。
幼い頃からエゼルバードの美意識が高いのは知っている。
美醜で判断すべきではないと言っても、個人的な嗜好と感覚だけに意味はない。
むしろ、美醜を理由にして側妃候補の数が減るなら簡単だとクオンは思った。
「開始を七時からにする。午前中にある休憩時間も削る。終了時間も延ばす。そうすれば、側妃候補の全員がアピールできる」
どうせ一日かけるのであれば、側妃候補全員を参加させ、アピールする機会を与える。
選考に参加できることについては公正であるべきだとクオンは思った。
「しかし、無駄な時間を使う者や選考の邪魔をするような者は減点だ。酷い場合は処罰対象にする。父上に事情を話して側妃候補の資格を剥奪して貰う。どうだ?」
「さすが兄上です。素晴らしい案だと思います」
クオンは再び書類を見た。
「歓迎式典をなくせないか? 時間の無駄だ」
「あくまでも後宮華の会としての開催です。選考会や能力審査だけでは、華やかとは言えません。開幕ぐらいはいいではありませんか。結局は一日かかります」
仕方がないとクオンは思った。
「ようやく側妃候補を減らせます。楽しみですね」
「そうだな。側妃候補が減るのは嬉しい」
私には別の楽しみもあります。リーナがいることに気づいたら、兄上はどうするのでしょうね? 新しい側妃候補に選ぶこともできるのですよ?
エゼルバードは兄の反応が気になって仕方がなかった。





