1238 新聞のことで
「王宮でいつも読んでいる新聞は取り寄せています。縁談や大同盟の記事が多く載っていました」
「そうね」
ラブは慎重に答えようと思った。
「新聞は情報を得るのに役立つわ。でも、お金稼ぎのために発行されていることを忘れちゃダメよ。売れそうな記事や内容を選んでいるわけ。最近の新聞は無駄に騒ぎ過ぎだと思うわ」
「報道はあくまでも報道です。事実や真実ばかりとは限りません。噂や推測、一方的な意見も含まれています。惑わされないようにした方がいいと思います」
「私としては王都にある孤児院の状況が気になっています。でも、記事になっていません。何か情報を知りませんか?」
「ああ、そっちね」
ラブはリーナらしい着目点だと思った。
「確かに孤児院の記事はもう全然見かけないわね。でも、それは問題になっていない証拠じゃない? 関係者が対応していて、状況が落ち着いてきているというか」
「福祉特区の記事はありました。王太子殿下がヴェリオール大公として都政に指示を出したという内容でした」
メロディが答えた。
「そうそう。王太子殿下が孤児院のことに乗り出したから、みんな安心しているのよ。間違いなく問題は解決されるってね」
「福祉特区の構想も大絶賛されていました。大規模な孤児院を建設中ですので、それが完成すれば大丈夫では?」
リーナもそう思いたかった。
だが、王都の孤児院と孤児の数はエルグラードで最も多い。
緊急と判断された孤児院の子どもたちは保護したが、人数がどんどん多くなっていってしまっただけに、あとになるほど判断が厳しく慎重になった可能性がある。
緊急保護の対象になるかどうかの確認が終了したあとで、状況が悪化してしまった孤児院があるかもしれない。
大丈夫に見えて実は大丈夫ではない孤児院、助けを必要としている子どもたちがまだまだいるのではないかとリーナは心配していた。
「では、特に何も聞いていないということですね?」
「そうね。私も大学のことで何かと忙しくて。メロディはコンクールの予選もあったし」
「数年に一度しか開かれないコンクールがあるのですが、応募と予選は本選よりもずっと前にあるのです」
「ザーグハルド皇帝家との縁談と経済同盟のことについても聞きたいです」
ラブとメロディは身構えた。
「新聞によると、国民はザーグハルドとの縁談に賛成のようです」
「報道機関が実施した調査結果ではそうみたいね」
リーナは新聞を見ている。否定できないとラブは思った。
「でも、調査した人の中で、そういう意見が多かったというだけでしょう? 国民全員に聞いたわけじゃないわ。ほとんどの国民は政治や経済に興味を持たないし、王家に縁談の申込があったというだけで騒ぐわ。王家と皇帝家なら身分的に釣り合うと思って賛成している者も多いと思うわよ。ちゃんと考えれば、大迷惑な縁談なのにね!」
ラブはザーグハルドに対して憤慨していた。
「ただの縁談だったら、王家だってすぐに断っていたわよ。でも、大同盟の話が持ち上がっているでしょう? 大同盟に賛成な者は縁談にも賛成なわけ。断るとあちこちから不満や非難が噴出するから、情勢を見ているんじゃないかしらね」
「国内情勢でしょうか? それとも国際情勢でしょうか?」
「両方じゃない? でも、結局は断るに決まっているわ。王太子殿下にはリーナ様がいるもの!」
「でも、国益を考えれば、縁談を受けた方がいいみたいですね?」
多くの新聞が、縁談や大同盟が成立するとさまざまな恩恵が得られると伝えていた。
「エルグラードの王族男子だけが一夫多妻制なのは、王家の血筋を絶やさないためでもありますが、政略結婚をするためでもあります。力のある者や政略的に都合の良い相手と婚姻することによって、権力や立場を盤石にできます。縁談が成立すれば、ザーグハルドとの関係強化ができますし、この縁談を歓迎している他国との関係改善にもつながります」
新聞記事を読んで勉強しているのはいいけれど、今はかえって困るわ!
ラブは心の中で叫んだ。
「王家がすぐに公式発表をしないのは、縁談について検討しているからだと新聞には載っていました。クオン様との縁談がダメな場合は弟王子との縁談になるということでしたが、王家は何も発表していません。つまり、現状的にはクオン様が縁談を受けるかどうかを考えているというのが新聞における見解でした」
現在は女子会中。部屋には女性しかいない。
うまくフォローしてくれそうな兄やパスカルがいない状況を、ラブは恨めしく思った。
「……王太子殿下が縁談を受けないと、弟王子の方に話が行くというのは本当よ。でも、お兄様いわく、第二王子殿下も第三王子殿下もザーグハルド皇女が大っ嫌いなんですって」
年齢的にも見合いそうな第二王子と第三王子は絶対に縁談を受けない。
成人王族には拒否権があるため、それを覆すには国王の勅命が必要になる。
しかし、第二王子や第三王子の支援者たちの力は強く、強硬手段もやむを得ないと思うような者がひしめいているだけに、国王は勅命を出せない。
成人したばかりの第四王子はどう考えても対象外。
ただでさえ悪い条件の縁談だけに、第四王子を生贄にするような方法を王家が許すわけがないというのが大方の予想だとラブは伝えた。
「本来は既婚で真っ先に除外されるはずの王太子殿下が、唯一縁談を受けることができそうな可能性があるって思われているみたい」
王太子とザーグハルド皇女は友人関係にあり、親しくしている。
王太子の生母である王妃との関係も良好。婚姻後に正妃の務めを果たすための支援も期待できる。
王太子はヴェリオール大公妃を寵愛しているが、王族の政略結婚は当たり前。
エルグラードのためにザーグハルド皇女を王太子妃にすべき。
社交界では身分主義者や血統主義者が声高々にそう主張していることをラブは知っていた。
「エルグラード王族男子は一夫多妻制だから、縁談を断る必要がないって考える者がいるのは確かね。国王陛下にも四人の妻がいるわ。王族なら好きではない相手と結婚するのも責務、仕方がないって思われやすいのもあるわね。貴族の跡継ぎも似たようなことをよく言われるわ。貴族の世界において、政略結婚は普通のことだし」
王族や貴族はさまざまな特権を持っている。
その特権を守るために、政略結婚をする。
王族であれば国のために政略結婚をするのは普通だという考えがあり、一般論でもある。
「でも、大丈夫。子どもが生まれれば、リーナ様の立場は間違いなく安泰よ!」
子ども……。
リーナはそのことについても気になっていた。
王家の血筋を絶やさないためにも、子どもは早く多く欲しいはずだというのに、クオンの考えは違う。
周囲の事情や状況を見て、しばらくは子供を作らないつもりでいる。
熟考したからこその判断。王太子が婚姻したことによる影響は非常に大きいということも教えられた。
だが、他にも理由があるのではないかとリーナは思うようになった。
……私には言えないことがあるのかも?
新聞の中には、身分も血統も最高であるザーグハルド皇女に跡継ぎを産ませればいいという記事もあった。
元平民の孤児という出自に強い嫌悪感を示していた身分主義者や血統主義者も納得する。多くの人々が収まるべきところに収まったと感じる。
皇女が産んだ息子たちは父親違いの兄弟としてエルグラード王太子とザーグハルド皇太子になり、ゆくゆくはエルグラード国王とザーグハルド皇帝になることで、二つの大国は末永く結びつくことができる。
大陸に両国の威信を示し、平和と繁栄を享受する時代になるだろうと予想されていた。
クオン様は……誰よりもエルグラードのことを考えている。
リーナの胸は苦しさを感じずにはいられなかった。





