1228 偶然の遭遇
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電子書籍や書き下ろしSS等についてですので、ご確認いただけたらと思います。
よろしくお願いいたします!
箱を持った女性たちの姿を見て、バーベルナは眉をひそめた。
「あっ!」
階段を上って来た一団の中にリーナがいた。
「奇遇ね。名前は言わないで頂戴。お忍びなのよ」
「どうしてこちらに?」
リーナが尋ねた。
その間にも素早くリーナを庇うような位置にリリーが移動する。
リーナに同行していた護衛騎士たちも同じ。
全員がバーベルナと護衛の二人を威圧するような気配を漂わせていた。
「夏のバカンスよ。南に向かう途中で立ち寄ったの。いろいろな取り組みをしているようね?」
「王太子領の人々に喜んでもらおうと思いまして」
リーナはこんなところでバーベルナに会うとは思ってもみなかった。
「もしかして、緑の守護団に興味を持ってくださったのですか?」
「偶然よ。このデパートは閉店したと聞いたのに、女性が多く出入りしているから見にきたの」
「そうでしたか」
リーナは気を取り直すように微笑んだ。
「現在、町中ピクニックというイベントが行われていまして、閉店した店舗を活用できないかと話したら、買って欲しいと言われました。でも、私の予算だけでは買えません。お金がないので無理だと言ったら、特別価格で貸して貰えることになりました」
「ヴェリオール大公妃なのにお金がないなんて……恥ずかしくないの?」
「ここはグランドールの一等地だけにびっくりするほど不動産が高いのです。私には買えません」
不名誉なのに堂々と……馬鹿正直としか言いようがないわね。
バーベルナは呆れるしかないと思った。
「ですので、お兄様が王都に問い合わせをしてくれています」
「クオンに買わせる気?」
「レーベルオードで購入を検討してくれるそうです。それでいいかどうか、お父様とクオン様に確認することになりました」
グランドールの一等地にある大型物件の価格は相当なもの。
パスカル・レーベルオードがリーナに相当な配慮をしている証であり、レーベルオードの資金力が尋常ではないことを示していた。
「ここを本部にする気なの?」
「できれば。多くの人々が利用しやすい場所ですし、広いスペースがあるので催事も可能です。一階は誰でも利用できる飲食物関連のお店にして、その収益を緑の守護団の活動資金にしたいと思っています」
「バラのパンが売っていたわね」
「大人気なのです!」
リーナは嬉しそうに答えた。
「元々は後宮のパン職人たちが作る飾りパンだったのですが、王太子宮の厨房部が工夫して別のバラのパンにしました。それを一般の方々にも提供できたらと思って、パン屋を作ることにしたのです。街中ピクニックに協賛して、お試しで販売中といいますか」
バーベルナは信じられないと思った。
「後宮や王太子宮の厨房で作られているパンをわざわざ一般人に提供する意味があるの? 特別さが失われてしまうわ!」
「見た目だけであれば、パン職人でも一般人でも真似できます。孤児院に持って行くお土産にしたり王太子宮のランチパーティーに出したことが新聞に載ったので、バラのパンがとても有名になりました。有名な時に売った方がいいと思ったのです」
「話題になっていることを活用しているのね」
なかなか利口じゃないの。
リーナの判断は王族妃としては問題外。だが、平民の商人としては優秀そうだとバーベルナは思った。
「他にもいろいろ売っています。カップケーキとか、パンケーキとか」
「どうしてパンしか持ち帰りができないの? 全部持ち帰りができるようにすれば、もっと売れるのではなくて?」
「この季節は気温が高いので、生クリームが傷みやすいのです。お腹を壊したら大変なので、持ち帰れるようにはしません」
「パンケーキの方は?」
「カトラリーが必要です。総合的に考え、すぐに袋や箱から出して食べることができるバラのパンだけをテイクアウトできるようにしました」
「なるほどね」
苦情や悪評の原因になりそうなものを排除しているのだとバーベルナは思った。
「でも、二階はほとんど何もないのね?」
「そうですね。椅子やテーブルを買う費用をかけたくないので、デパートの備品として残されていたものだけにしています」
「経費節減のためなのね」
「他のお店への配慮もあります。全てを飲食スペースとして開放してしまうと、付近にある飲食店の客が減ってしまう可能性があります」
「仕方がないわ。弱肉強食でしょう?」
「ちゃんとしたお店にした場合はそうかもしれません。でも、現在は町中ピクニックへの協賛です。飲食店の混雑を抑える程度でいいと考えています」
有名なのを活用して儲けれるだけ儲けた方がいいでしょうに。
リーナのやり方もクオンの妻であることも、バーベルナにとっては気にくわないことだった。
「物販もあると看板にあったけれど、何もないわね?」
「それは持って来ました! これです!」
リーナは自分が持っている箱を見せた。
「緑の守護団のバッジです。会費のようなものはないのですが、守護団の品が欲しい人は任意で購入してもらうことになりました。緑の守護団として活動する時につけるので、イベントの主催側になりたい人に買ってもらえたら嬉しいです」
緑色のバラの装飾があるバッジ。
名称にあっているデザインではあるが、安易でつまらないとバーベルナは思った。
「それはいくらなの?」
「十ギールです」
バーベルナはあまりの安さに驚いた。
「資金集めなのでしょう? 高くしないと意味がないわ!」
「これは違います。団員の証です。無償で配ると経費がかかってしまうので、申し訳ないのですが自己負担ということにしました」
「信じられないわ……」
王家の一員であるヴェリオール大公妃のグループに入るのは名誉なことだと考えることができる。その証のバッジであれば高額販売が可能だ。
たった十ギールで販売するなど愚行でしかない。自分で自分の立場や価値を低くするのと同じだとバーベルナは思った。
「リーナ様、お話の途中大変申し訳ありません」
リリーが強張った表情で口を開いた。
「下に多くの女性たちが並んで待っているのですが、いかがいたしましょうか?」
「そうでした!」
リーナは思い出した。
「バッジの販売をしたいので、お話はここまでということで」
「侍女にさせればいいでしょう?」
「いいえ。これはできるだけ私の方から渡したいのです!」
リーナはきっぱりと答えた。
「緑の守護団は私のグループなので!」
バッジを渡すことで自分をアピールする気だろうとバーベルナは思った。
「本当にすみません。外出時間については制限があるのです。遅くなるとお兄様が心配してしまいます」
子どもみたいな言い訳ね。
バーベルナが呆れる中、リーナはテーブルの所に行くと、小箱から出したバッジを綺麗に並べ始めた。
同行した侍女たちも同じ。持って来た箱からバッジを取り出し、並べ始めた。
護衛たちもリーナを守るような配置についた。
「ロビン、ゆっくりと階段を上がるように伝えてください」
「わかりました」
ロビンが下の階へリーナの指示を伝えに行くと、警備に止められていた女性たちがゆっくりと階段を上がって来た。
「緑の守護団のバッジ販売はこちらです!」
そう言いながらリーナがにっこりと微笑んだ。
「活動の際につけるものと協賛を示すためにつけるものがありまして、各十ギールになります」
「両方欲しいです」
先頭の女性は緊張した表情でそう言った。
「お金はリリーの方でいいですか?」
「大丈夫です。二十ギールご用意ください。現金のみになりますのでご了承ください」
「はい。新聞を読んで用意してきました!」
女性は二十ギールをリリーに渡すと、リーナの前に移動した。
「こんにちは。バッジはこちらです」
リーナが二つのバッジを女性に手渡した。
「ヴェリオール大公妃にお会いできて光栄です。緑の守護団の活動に真摯に励みたいと思っております」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね!」
「はい!」
リーナからバッジを渡された女性は嬉しそうに微笑んだ。
「次の方どうぞ!」
次々と女性たちは二十ギールを払い、二つのバッジを買った。
片方だけを買う者はいない。
結局は二十ギールじゃないの。それでも利益はほとんど出ないでしょうけれど。
そもそも安物のバッジを団員の証にするなどありえない。宝石がついた凝ったデザインのものにした方がいい。
バーベルナはそう思いながらリーナたちの様子を見ていた。





