1227 募る苛立ち
領都でバカンスを楽しむはずのバーベルナだったが、段々と居心地の悪さを感じ始めた。
その原因は新聞とリーナにある。
王都において社交活動に励んでいたバーベルナだったが、そのことが新聞に載ることはほとんどなかった。
だが、王太子領の新聞はヴェリオール大公妃の記事ばかり。
バーベルナから見れば、リーナはヴェリオール大公妃というだけで楽に知名度も評判も上げていた。
「王太子領の新聞は偏っているわ! リーナのことばかりだし、これでもかと言わんばかりに褒めちぎるなんて!」
「裏で手を回しているのかもしれません」
「そうね。側近や王太子領の重臣がお金をばら撒いて、リーナに都合の良い記事を掲載させているのよ。絶対にそうだわ!」
バーベルナは新聞を真っ二つに切り裂いてから放り投げた。
これまでは新聞を放り投げるだけだったため、よほど腹に据えかねているのだろうとアデレードは思った。
「私が王太子領に来たのはクオンの功績を自分の目で見るためよ。リーナがクオンの妻というだけでちやほやされているのを見るためではないわ!」
「その通りでございます」
「気分を変えるために出かけるわ。よさそうな場所はない?」
「観光ガイドに載っているような場所は見学されてしまったかと」
「領都は広いでしょう? 意外と観光する場所が少ないの?」
「領営施設の見学を好まれないので」
王太子領はとにかく領営施設が多い。
一般市民用ではあるが、他の領にはない施設がある。規模も大きくしっかりしているということで、観光客は見聞を広めるために領施設を見学しに行く。
だが、バーベルナは皇女。一般市民の生活にも施設にも興味がない。
王太子領の領都には貴族や高位者のための場所が少なく、そういった場所にしか行きたがらないバーベルナの嗜好に合わせると、観光場所が限られてしまっていた。
「最新の観光情報を御用聞きに尋ねたのですが、バーベルナ様が好まれるようなものがありませんでした」
「例えば?」
「孤児院巡りとか」
バーベルナには理解不能だった。
「孤児院を観光するの? どうして?」
「ヴェリオール大公妃が改善を手掛けているのです」
「綺麗に改装されている孤児院を見学するというの?」
「内部は見られません。ですが、外壁に絵が描かれているのです」
有志による共同制作もあれば、孤児院に住む子ども達が手掛けた絵もある。
各孤児院によって絵が違うため、それを見学するのが人気になっていることをアデレードが説明した。
「美術館における野外展示のようなものではないでしょうか? その影響で孤児院の印象が良くなり、ボランティア活動に興味を持つ者も増えているそうです」
「素人の絵を芸術的な絵画と一緒にしないで。一ギールの価値もない絵でしょうに」
「有望な若手の芸術家も参加しているようですが?」
「すでに高名な芸術家でなければ、話にならないわ。別の場所はないの?」
「町中ピクニックも人気です」
「便利な町中にいるのに、わざわざ臨時のスペースで軽食を取るなんて馬鹿馬鹿しいわ。最高級のレストランに行けばいいだけよ!」
高額な飲食代を気にしないバーベルナにとって、町中ピクニックは必要のないものだった。
「一般人が利用する飲食店が異常なまでに混雑してしまったのを改善する領政府のイベントです。緊急対応の現場を視察するようなものでは?」
「一般人のふりをしているのは確かだけれど、貧乏人に紛れるなんて嫌よ」
「そうおっしゃるのではないかと思いましたので、これまで黙っていました」
「アデレードの提案には惹かれないわ。護衛を呼びなさい」
バーベルナは護衛を呼び、退屈しのぎの案を出すように命じた。
「外出先の選定ですか?」
「護衛の任務とは違うのですが」
護衛たちは困った表情をした。
「剣以外は使えない能無しだと自ら宣言する気なの?」
「この間は有名な通りで食事をしました。別の店に行かれては?」
「絶対に嫌よ! 混雑した通りを歩かせるなんて、私を本気で守る気があるの? 大した店でもなかったじゃないの!」
「最高級デパートで買い物を楽しまれるのはどうでしょうか?」
「一般人に偽装中なのよ? 最高級のドレスを買っても意味がないわ!」
「店内を視察するだけでいいのでは? グランドールの流行を知ることができます。王都とは違うかもしれません」
バーベルナは考え込んだ。
「まあ、一日ぐらいならいいわ。デパートに行くわよ」
護衛の案が採用された。
領都で最も有名なデパートが立ち並ぶ商業区にバーベルナは来た。
「こちらがグランドールで一番だと言われているデパートですが、二番目が道を挟んだ隣にあります。向かい側が三番目です。切磋琢磨しながら競争しているそうです」
馬車から降りたバーベルナは広い十字路の角にある建物を順番に見つめた。
「あそこは?」
角に面した巨大な建物は四つある。
三つは有名なデパートということだったが、もう一つについての説明はなかった。
「あれは敗者です」
元々は四つのデパートがあり、それぞれが領都一を競い合っていた。
しかし、その一つが脱落。負債を抱えて閉店した。
地価が高く建物も立派で豪華なため、買い手がつかない状態らしいとアデレードが説明した。
「でも、人が出入りしているわ」
「新しいデパートになったのかもしれません。あるいは一部だけ間借りしている店があるとか?」
「女性ばかりね。服装を見ると裕福そうな感じだわ」
貴族や上流の女性たちかどうかは外見で判断しやすい。
外出着の丈がどの程度長いかと、飾り帽子を頭にかぶっているかどうか。同行者がいるかどうかでも判別できる。
「確かにそうですね」
「何があるのか確かめに行くわよ」
気になったバーベルナは元デパートだった建物の中を見に行くことにした。
元領都一を競っていたデパートだけあって、正面玄関口から入ったホールは豪華だった。
いかにも金持ちの客が利用しそうな場所だったが、商品の陳列はない。
多くの椅子とテーブル、ゴミ箱が置かれており、そこに座っている女性たちがおしゃべりを楽しんでいた。
「カフェ? それともレストラン?」
「そのように見えなくもないですが、椅子とテーブルがバラバラで揃っていません」
「看板があります」
護衛の指差した方向に大きな看板が設置されていた。
記載内容を読むと、一時的にヴェリオール大公妃が賃貸中であることがわかった。
一階は町中ピクニックに協賛している休憩スペース。
利用料は一ギールから五ギールまでを利用者自身で選ぶことができ、興味のある社会貢献別の募金箱に利用料を入れる方式だった。
飲食物の持ち込みも可能だが、奥の方に飲食物を販売するスペースや化粧室がある。
二階には緑の守護団の臨時掲示板が設置されており、緑の守護団の活動資金を集める物販も行われていることが記載されていた。
「町中ピクニックの話は聞いたけれど、元デパートを活用するとは思わなかったわ」
「そうですね」
「女性たちに人気があるようだし、少しだけ視察するわ」
バーベルナは奥の方にあるという飲食物の販売スペースに向かった。
飲食物を取るスペースは元カフェだった場所らしく、注文は店舗の入口付近にある特設カウンターで注文するようになっていた。
「学校の食堂と同じような感じね」
「セルフサービスですね」
「バラのパンだなんて……なかなかお洒落だわ」
メニューの看板があり、バラの形をしたパンを販売していた。
「野菜が入っているのも珍しいわね」
バラのパンは四種類。
緑がほうれん草、オレンジがニンジン、黄色がカボチャ、ピンクがトマト入りになっていた。
「テイクアウトよりもここで食べていく方が得ですね」
テイクアウトもできるが、箱や紙袋は別料金で有料だった。
「飲み物とセットで頼んだ方がより得のようね」
「カップケーキやパンケーキもあります」
隣のカウンターはカップケーキ、一番奥のカウンターはパンケーキのメニューが掲載された看板が設置されていた。
「白薔薇スペシャルに魅かれます」
カップケーキの上に生クリームを盛ってくれる。
「黒薔薇スペシャルの方がいいわ」
チョコレート味の生クリームを盛る方は、黒薔薇スペシャルという名称だった。
出入口から店舗を覗くと、ほとんどのテーブル席が埋まってしまっていた。
「ここの商品を食べるのであれば、近い席の方がいいわね」
「食器を返却するのに便利です。出入口の方は一ギール募金で休憩をするようなスペースで、飲食物を取る場合は奥にある席を利用しているのでは?」
「そのようね」
リーナがこの建物を間借りしているのはともかくとして、バーベルナは軽食メニューに魅かれていた。
「持ち帰りができるバラのパンを買ってきなさい。仕方がないから味見をしてあげるわ」
「かしこまりました」
「その間に二階を見に行くわよ」
一旦戻り、ホールの中央にある豪奢な大階段を上ると、極めてシンプルな掲示板があった。
緑の守護団の通達や募集等の張り紙がある。
それ以外にはテーブルがいくつかあるだけ。
閉店したままという感じがひしひしと伝わるようなスペースになっていた。
「ここを本部か支部にするつもりなのかしら?」
「そうかもしれません」
「現在は様々な通達を公示するだけの場所になっているようです」
護衛たちが答えた。
「二階には椅子やテーブルがないわね」
「そうですね」
「どうしてかしら?」
「さあ。一階だけでいいと思われたのでは?」
「物販があるということだったけれど、何もないわ」
「向こうにテーブルがいくつかあります」
護衛が指摘した。
「わかっているけれど、それだけじゃないの。販売品も人もいないわ」
「確かに」
その時だった。
一階から多くの人々の声が聞こえてきた。





