1225 一般人ではない観光客
書籍発売を記念して、もう一話更新します。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
王都ヴェリオールから南東方面にある王太子領はエルグラードの重要拠点の一つ。
地方の交通事情における要所でもあるだけに、多くの人と物資が集まり、観光客も非常に多い。
観光客の中には一般人ではない者も多く、お忍びで訪れる高貴な者たちも多くいた。
「すごい人ですね」
特別仕様の馬車の車窓から景色を眺めているのは、観光目的でありつつも一般人ではない子どもだった。
「これだけ混雑していると、さすがに姉上は外出できないでしょうね。残念です」
「うるさい。聞き飽きた」
向かい側に座っているのは不機嫌そうな表情を隠そうともしない青年。
「リーナに会う予定はない。仕事の邪魔をすれば、ミレニアスの印象が悪くなる」
「わかっています。でも、どこかで偶然会うかもしれません」
「偶然に期待するな」
「偶然は希望であり、幸運でもあります」
会話を繰り広げているのはミレニアスの王族。
インヴァネス大公子フェリックスとミレニアス王太子フレデリックだった。
「夏休み中も子どものお守りをすることになるとは……」
「それこそ聞き飽きました」
フェリックスはエルグラードに留学することへの許可は貰えたが、年齢があまりにも低いこととミレニアスで飛び級ばかりだったことが原因で、王立大学院に入ることができなかった。
エルグラードにおける客観的な成績評価が必要ということでしぶしぶ私立の中学校に入学したが、王立大学の方に編入することにした友人のルーシェとは別行動になってしまった。
そこで、エルグラードにしょっちゅう入り浸っているいとこのフレデリックが保護者役を務めることになった。
「ミレニアスに帰省すればいいものを」
「その言葉も聞き飽きました」
「学校に入学したのは同世代の友人を作るためだろう? 夏休みも一緒に過ごせばいいというのに」
「同級生は子どもばかりです。話の内容があまりにもつまらなくて」
「お前も子どもだ!」
「見た目だけです」
「リーナのためにも若者らしい縁を作っておくべきだぞ?」
「ミレニアスのためにと言わないだけの知性はあるようです」
「お前は最高に生意気な子どもだな」
馬車が止まった。
ドアがノックされると、私服の護衛騎士が姿を見せた。
「ここから徒歩観光になります」
「行きたくない。フェリックスだけ行けばいい」
「護衛を半々にするのは得策ではありません。保護者として同行してください」
「面倒だな」
「肩車をするよりましでは?」
「それは絶対に断る。体格のいい護衛騎士に頼め」
二人の年齢差はかなりのものだが、その言動は対等。
それはミレニアス王族ということもあるが、二人の庇護者がインヴァネス大公だからだった。
「叔父上に借りがあるとはいえ、面倒なことを押し付けられたとしかいいようがない」
「行きます」
フェリックスとフレデリックは馬車を降りた。
二人が観光しに来たのは旧市街。
そこではヴェリオール大公妃が新設した緑の騎士団が主催する『緑の通り道』というイベントとコンテストが行われていた。
初開催かつ期間限定イベントということで、領都に住む人々が旧市街の様子を見学しに来ていた。
「面白い趣向です」
フェリックスはすぐにこのイベントの素晴らしさを感じた。
観光客が多すぎると領民の生活にも支障が出るのはわかっている。
人々の外出先を分散させるためのイベントだと思っていたが、それだけではなかった。
「古く重厚な石造りの街並みは重々しい印象になってしまいます。ですが、植物が飾られていることによって自然の息吹を感じられ、古き良き街並みという印象になっています」
「まったく興味がなかったが、意外と力が入っているようだ」
一般庶民のイベントだと思って軽視していたフレデリックも、予想以上に多くの植物が飾られていることに驚いていた。
「植木鉢が並んでいるだけと思ったが、全然違った」
「僕もその程度だと思っていましたが、オブジェも設置していますね」
二人は周囲にいる人々の会話から、人気の高い場所が複数あることを知った。
「動物のトピアリーを見に行くか?」
「子ども扱いをしないでください」
「どう見ても子どもだろうが」
「ヴェリオール大公妃にちなんだ巨大なトピアリーが並んでいる場所が気になります」
「お前が評価しているのは巨大なトピアリーではなく、ヴェリオール大公妃にちなんで設置されたという部分だろう?」
「ヴェリオール大公妃に関することは何でも興味があります」
「だろうな」
「両親に報告すれば喜びます。フレディが身内らしい配慮をしてくれたと書き添えましょうか?」
「……見た目は母親似だが、交渉については父親似だな」
結局、二人はどちらも見に行った。
動物のトピアリーは実際の動物のサイズを意識しており、飛んだり寝そべったりと様々な状態までもが表現されていた。
巨大なトピアリーは重厚感のある通りの中に整然とたたずむ街路樹のようであり、見学者を出迎える特別な玄関口のようでもあった。
それ以外にも花々が咲き乱れるアーチがいくつも連なる通り、二階の高さまである巨大なパーゴラが設置されている通り、並べた植木鉢でメッセージを伝えている通りなど、参加者たちの創意工夫が伝わる飾りつけが施されていた。
「緑と灰色をテーマにした通りもいいですね」
「灰色がヴェリオール大公妃の色だからだろう?」
「フレディはどこが気に入りましたか?」
「パラソルが多くある通りが良かった」
「灰色のパラソルだったからですね?」
「暑いからだ。少しでも日影がいい」
大勢の人々で混雑する中、二人が割とスムーズに見学できたのは、私服に身を包んだ護衛騎士隊の懸命な努力の成果だった。
「さすがに疲れました。休憩がしたいですね」
「そうだな。だが、同じように考える者が多くいるだろう」
「住宅街だけにカフェやティーハウスはなさそうです」
「だからこそ、町中ピクニックだ」
リーナの発案により領政府が期間限定の特別イベントとして行っている町中ピクニックのことも、二人はしっかりと調べさせていた。
「屋台が並ぶ通りに行けば、飲食物を手に入れることができそうです。椅子席がどの程度あるのかわかりませんが」
「一般人なら平気で立ち食いするか道端に座るだろう。椅子席があっても満席だ」
「暑いので屋内で休憩したいです」
「空き家を開放している所に行くか」
「わかりました」
二人は空き家の所有者が町中ピクニックの場として開放している場所に向かった。
すると、通常の一軒家も町中ピクニックに協賛しており、有料の休憩場所になっていた。
「ここの利用料は混雑を避けるため、あえて一人につき五ギールです。飲食物を持ち込まれる方は一階のみの利用です。ミネラルウォーターを購入してくださる方には、二階も開放しています!」
「あの者は利口ですね」
町中ピクニックの利用料は一席あるいは一人につき五ギールが上限になっている。
だが、飲食物を別で販売すれば、その分の売り上げも入る。
「他よりも割高だが、混雑していない場所で休憩できるならいいと思ってしまう金持ち狙いだな」
「二階は眺めもいいですよ!」
宣伝人はにこやかに付け加えた。
「椅子席をたくさん用意しています。街中ピクニックのために椅子を購入したので、その費用を回収するために割高なのです。お許しください!」
「経費を賄うためですか」
「そう言われると、仕方がないと思ってしまう者もいるわけだ」
フレデリックは高額紙幣を取り出すと宣伝人に見せつけた。
「連れが多くいる。一時間ほど、どこかの部屋を貸し切りにしたい。貸し切りの部屋代についての上限は決められていない。交渉次第だろう?」
「ありがとうございます! そういう方がいるかもしれないと思い、貸し切り用のお部屋を用意しておきました!」
「ミネラルウォーターもほしいので、紙幣を追加してください。王太子領民が儲かるほど、ヴェリオール大公妃の名声も高まります」
フェリックスが付け加えた。
「もしかして、ヴェリオール大公妃を見るために王太子領へ?」
「大ファンなのです」
フェリックスはにっこりと微笑んだ。
「頭が良くて先見の明がある素晴らしいご子息ですね!」
フレデリックとフェリックスは黙っていた。
親子や兄弟に勘違いされるのは想定内。素性を隠すためにも、反論はしないことになっていた。
宣伝人は喜々として三階にあるプライベートルームに特別な客を案内した。





