1224 グランドール観光
ついに書籍の発売日になりました。
この日を迎えることができたのは読者様のおかげです。
本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いいたします!
バーベルナは偽名を使い、一般人観光客としてのバカンスを楽しんでいた。
領都に引っ越して来たばかりということで現地ガイドを雇い、観光客に人気のコースと領都で生活しているための説明コースを馬車で巡った。
どこもかしこも大混雑状態。
しかし、領都の道路は広く、東西南北の方角に合わせてきっちりと整備されている。
歩道は渋滞でも車道の交通渋滞は比較的少なく、そのような道路自体が観光名所になっていた。
「ここが勝利へ続く道と呼ばれる道路でございます」
「とても有名な道路がいくつもあるというのは知っていたわ」
「古き時代、エルグラード中から集まった兵士や物資がこの道を通って当時は要塞だった王太子宮へ向かいました。現在は片側五車線ずつの十車線という巨大な道路になっておりまして、領都最大幅の道路として多くの馬車が行き交っております」
「色分けしてあるのね?」
車のためだけではなく、舗装に使われている石材の色自体が違う車道もあった。
「なぜ、三番目の車線が赤いの?」
「特別な車両の専用路だからです」
王太子による十年前の改革で道路に車線が引かれ、馬車一台当たりの幅がどの程度なのかが設定された。
それによって馬車が適当に道を走ることがなくなり、無駄なく道路を使うようになったことで渋滞が起きにくくなった。
また、車線をはみ出ないように馬車はスピードを落として走行するため、馬車の事故が激減した。
左右に曲がりにくい真ん中の車線は特別な車両の専用路に指定され、緊急車両や緊急伝令が通りやすくなった。
王太子はインフラの普及だけでなく、既存のインフラを改善することで利便性や安全性を向上させたことをガイドが説明した。
「道路が広ければいいということではありません。ルールを定め、適切に使うことで便利かつ安全になるのです。王太子殿下のおかげで人々の生活と利便性が守られ、多くの命が救われております」
「素晴らしいわ!」
さすがクオンだとバーベルナは思った。
「あちらはグランドール大図書館です!」
ガイドが叫んだ。
「領都には古い時代から大図書館があったのですが、建物の老朽化が進んでいました。蔵書が劣化しやすい環境になっていたため、王太子殿下が大図書館を増改築されました」
敷地面積は三倍に拡大された。
元々あった建物は大改装されて古文書館になり、造設された部分は新文書館になった。
広い中庭には本をテーマにしたカフェがあることをガイドは説明した。
「王太子領で最大の図書館です。本好きの方には特にお勧めの観光名所です。上流の方々は中庭のカフェで知的な話題に花を咲かせております」
「一般人ではなく上流の者が利用しているの? 図書館のカフェを?」
「領都には自然を感じられる場所が少ないので、中庭が貴重なのです。最も貴重なのは三階にある金と銀の間になります」
金の髪と銀の瞳を持つ王太子が大図書館を増改築したことを記念した部屋であり、子供の頃の王太子の肖像画が特別に飾られている。
その肖像画は王宮にあったもので、王太子が不在の間にも人々を見守り続けることができるようにという意味を込め、特別に飾る許可が出たものだった。
「王立学校の初等部に入学した頃の王太子殿下の姿を拝むことができます。しかも、その手に持っているのは軍学書と王太子領を学ぶための本なのです。王太子領に縁の本を持っているということで、王太子領民はそのお姿を拝見する度に感動しております」
初等部の頃のクオン……。
バーベルナは中等部からの留学だけに、初等部の頃のクオンを知らない。
どうしても肖像画が見たくなった。
「肖像画を見たいわ。見学できないの?」
「大変申し訳ございません。公開日が決まっております。再度、図書館のカフェ利用と合わせてご予約いただければ見学可能です」
「申し込むわ!」
バーベルナは鼻息を荒くしながら叫んだ。
「かしこまりました。では、それはまた別の日にご案内するということで」
ガイドはメモ帳を出すと、予約の依頼を書き込んだ。
「次は……あちらです! 王太子領のシンボルである王太子宮があります!」
バーベルナはすぐに窓から覗き込んだが、見えるのは切り立った崖だった。
「見えないわ」
「王太子宮自体は見えません」
王太子宮は丘の上にあるが、奥まった場所にあった。
「要塞だった時代は高い塔があったのですが、宮殿になったせいで高い塔がなくなってしまいました。ですが、旗台だけは見えます」
「王太子領の旗なの?」
「何種類かございます。旗は常にあるわけではなく、特別な日だけ掲げられています」
国の重要な行事や祝日、王太子宮に王太子がいる時は赤い旗が掲げられる。
王太子領の重要な行事、祝日等に合わせて掲げられるのは緑の旗と決まっていた。
「現在はヴェリオール大公妃が滞在中ということで、赤と緑の旗の両方が掲げられています。これは極めて珍しいことになります」
「二つも掲げる必要があるの?」
「ヴェリオール大公妃は領主代理に任命されております。王太子殿下の代わりであることを示すために赤い旗、遠方視察は王太子領にとって重要な行事ということで緑の旗なのです」
「代理がいたって仕方がないわ! 元平民の孤児なのよ? 王太子とは比べ物にならないわ!」
バーベルナは苛立った。
この女性は王太子殿下を尊敬されているが、ヴェリオール大公妃のことは好きではなさそうだ……。
ガイドはバーベルナの反応を見てそう思っていた。
客によって考え方や嗜好に差があるのは当然のこと。
王太子を熱烈に信奉するからこそ、その妻であるヴェリオール大公妃を良く思わない者がいることをガイドはわかっていた。
「王太子殿下が改革を行ったのは約十年前と言われていますが、正確にはもっと前です。事前の調査期間を含めると、未成年時代からということになるのです。成人と同時に王太子領の正式な領主になるので、かなりの勉強と事前調査を行われていたとのことです」
元々王太子領は豊かな領地だったが、領民全員が豊かだったわけではない。
裕福な者もいれば貧しい者もいる。それが当たり前の光景、社会的な常識でもあった。
ところが、王太子の改革は王太子領の豊かさをより多くの人々に届け、手厚く領民を支えるものだった。
王太子領は変わったが、それ以上に領民の生活が変わった。
路上生活者はいなくなった。貧富に関係なく誰もが家に住み、毎日食事ができるようになった。
必ず職にありつける。失業してもすぐに再就職できる。
これまでと同じように生活するだけで貯金が貯まる。それを好きなことに使える余裕ができた。
年月が経つほど、低所得者が収入と貯蓄を増やして中間所得層に格上げされていった。
王太子領の豊かさはいかに金持ちが多いかではなく、いかに貧乏人がいないかにあるといっても過言ではなかった。
「王太子領民は王太子殿下のおかげで生きる喜びを感じ、人生を楽しんでおります。それが王太子領の繁栄をあらわす紛れもない証拠なのです」
ガイドは誇らしげだった。
王太子領が繁栄しているのは間違いない。そして、領民は心底クオンを崇めている。
クオンはまさに生まれながらの王太子、真の統治者なのだとバーベルナは実感した。
「王太子にちなんだ場所が見たいわ。改革の成果が感じられるような場所もね。そのために王太子領に来たのよ」
「お任せください!」
ガイドは自信満々に答えた。
「王太子殿下の偉大さと王太子領の素晴らしさを感じる場所にご案内いたします!」
「楽しみだわ」
バーベルナはグランドール滞在を心から楽しむつもりだった。
*活動報告について
更新作業中に書くと9日付になるので、本日中(10日付)に書こうと思います。
よろしくお願いいたします。





