1223 王太子領バカンス
いつもお読みいただきありがとうございます!
今週は書籍の発売日があるのに、この方の出番……。
でも、サブタイトルや作中の季節は珍しくリアルにあっています!
お楽しみ(?)いただければと思います。
バーベルナは王太子領の領都グランドールにいた。
ヴェリオール大公妃であるリーナが滞在中ということで、領都には国内外から来た人々で溢れかえっていた。
元々、王太子領は夏のバカンス先として人気で、デーウェンを始めとした海沿いの国々へ向かう人々が立ち寄る場所にもなっている。他国人がいること自体は珍しくない。
厳戒警備のために身分証などを提示する機会が多くあったが、ザーグハルド大使館が発行した証明書は偽名でも本物。
何の問題もなくバーベルナ達は検問を通過することができていた。
「さすが王太子領の領都ね。田舎じゃないわ」
バーベルナが王太子領に向かうために偽名で予約したのは農業見学をする旅行プランだったが、あくまでもカモフラージュ。
王太子領に入ってからは、農業見学をする田舎方面に向かわず、領都グランドールに直行した。
「古い場所が多いと聞いたけれど、それほどでもないわね?」
「新市街の方は古くありません。旧市街の方だけのようです」
観光本で知識を集めたアデレードが答えた。
「宿泊するのはどっちなの?」
「どちらでもありません。倉庫街なので」
バーベルナ達は馬車泊に対応した旅行仕様の馬車で移動していた。
途中で立ち寄った町でもホテルなどの宿泊施設は極力使用せず、自分たちの居場所を調べられないようにしていた。
「倉庫街に馬車を停めるの?」
「そうです。倉庫街には多くの駐車場があります。馬車旅行を楽しむ人々が最も多く利用している場所だと思われます」
「施設は綺麗なの?」
「領営の駐車場は簡素ですが、清潔感はあるという情報です。当然ですが、一般人と共用です」
「一般人のふりをするのも大変だわ」
憧れの王太子領に行くためだと思うからこそ、王都を出てからのバーベルナはずっと我慢していた。
頭の中で安全第一、暗殺防止、特別視察だと連呼していたともいう。
だが、王太子領の領都グランドールに到着してしまったからこそ、我慢の限界を感じていた。
「ホテルはどこも満室です。キャンセル待ちの予約もすごいのであてにはできません」
「わかっているわ」
「すぐに物件を決めれば、普通の家に滞在できます」
バーベルナがずっと一般人のふりをしてバカンスを楽しむことができないことは想定済みだった。
そこで王太子領の領都ですぐに住めそうな物件を購入して滞在する予定だった。
「普通の家ねえ」
「王太子領には貴族もいます。王都とは比べ物にならないかもしれませんが、そこそこの物件はあるはずです。内覧の予約もしておりますので」
領都の不動産は多くある。
バーベルナ達が王太子領に向かう間に、アスターが領都内の物件の内覧を手配してくれていた。
「すぐに決めるわ」
バーベルナ一行は不動産業者との待ち合わせ場所に向かった。
「ご紹介する物件はこちらです」
一件目の物件は旧市街の方にあったため、見た目が相当古かった。
「領都の事情を知らない方ですと、古い見た目に驚かれます。ですが、内装は綺麗です」
「そうなのね」
「領都は地価が高いのもありまして、庭付きの家はほとんどありません。また、キッチンや浴室などの設備も、高級物件でなければついていません」
「ここはあるの?」
「こちらはすべてございます。領都民にとっては憧れの住居です」
「一般庶民の憧れ程度では期待できないわ」
「取りあえず、ご見学ください」
玄関ホールを見た瞬間、バーベルナはやはり駄目だと思った。
「内装は綺麗だと言ったわよね? このホールが綺麗だと言うの?」
強固な石造りの部屋で、窓には鉄格子がある。
まるで牢獄のようだとバーベルナは思った。
「こちらは強盗が入らないように厳重な造りになっております。警備員が常駐するための部屋で、門の部屋と呼ばれています。次の部屋をご覧ください」
次の扉を開けた先にあるのは、真っ赤な絨毯が敷き詰められた豪華絢爛なホールだった。
「まあまあね。思ったよりも明るいわ」
「中庭に面した窓や扉が大きいからです。プライベートな庭園を持てるということで、中庭付きの物件は極めて人気が高くなっております。しかも、こちらの中庭には噴水がございます。夏の時期には最適ですし、非常に珍しい貴重な設備です」
「噴水があれば、涼しい感じがするかもしれないわね」
「他の部屋もぜひご覧ください」
改装によって複数の部屋を一つにまとめており、一部屋が予想以上に広くなっていた。
「通りから見ると縦に細長い家だと感じるかもしれません。実際は中庭があるほど、かなりの奥行きがあります」
問題は馬小屋が狭いこと。二頭分しかない。
一頭立てや二頭立ての馬車であればいいが、四頭立ての馬車を引くために必要な馬を飼うスペースがなかった。
「二頭以上の馬を所有されている場合、中庭を活用するか業者に預けて飼育するかになると思います」
「この次に見る物件はどうなの?」
「車庫は二台分、馬小屋は四頭分のスペースがございます。ですが、内装や広さにつきましてはこちらが上ですし、中庭がありません。中庭があるのはこの物件だけです」
「この家具もついているの?」
「恐らくはここになるのではないかということで、仲介業者が手配して運び入れました。家財道具の分も不動産価格に含まれていますので、今日からお住みいただけます。いかがでしょうか?」
「ここにするわ」
バーベルナは決めた。
「馬小屋のスペースが狭いのですが、よろしいでしょうか?」
「馬のことなんてどうでもいいわ。小屋に詰め込むなり業者に預けるなりすればいいだけでしょう? 中庭が欲しいからここにするわ」
「一応、価格をご確認ください」
不動産業者は書類を見せた。
「状態の良い物件は競争率が高く価格も上です。中庭付きは一気に跳ね上がるのですが、よろしいでしょうか?」
「いいわ。支払いは?」
「前金は現金でお願いいたします。残りは小切手で構いません」
「払って」
「庭がない物件を見てから決めた方がいいのでは?」
護衛としては狭い馬小屋のことが気になった。
「中庭が欲しいの。領都内にはほとんど自然がないと聞いたわ。石造りの建物ばかりを見るのは飽きるでしょう?」
「わかりました。では、全額現金で」
一般人に扮した騎士が鞄を開けた、
その中にあるのは札束。
不動産業者は目を見張った。
「申し訳ありません。価格からいって現金払いとは思いませんでした。大変申し訳ないのですが、銀行の方でお支払いいただけないでしょうか?」
「高額紙幣が多いと偽札かどうか不安よね。銀行で証明してから払ってあげなさい」
「わかりました」
「私は疲れたから、ここで休憩しているわ。買うのだから問題ないわよね?」
「はい。このままご滞在ください。正式な書類は銀行の支払いと同時になりますので、サインをいただきに戻ってまいります」
「わかったわ。手続きをしてきて」
「では、行ってまいります」
支払いについては騎士に任せ、バーベルナは応接間でくつろぐことにした。
「飲み物が欲しいわ」
「買い出しに行かないと食料がありません」
アデレードが答えた。
「行って来て」
「銀行へ行くのに馬車を使用中です」
「この付近にあるのは住宅だけなの? 歩いていける店は?」
アデレードと残った騎士は不動産業者が置いて行った付近の資料を確認した。
「ここは高級住宅地なので、普通の店はないようです。ただ、徒歩圏内に御用聞きの店があります」
「それはなに?」
「執事のような仲介業者です」
金持ちの家が必要とするものを手配してくれる業者だった。
「手数料が取られるので割り高になってしまいますが、基本的には何でも手配してくれるようです」
「それでいいわ。四人しかいないのだから、お金で解決できることはそうしなさい」
「かしこまりました。では、手配しに行ってまいります」
アデレードは歩いて御用聞きの店に向かうことになった。
「さすがアスターの手配ね。噴水があるなんて素敵だわ!」
バーベルナは中庭の眺めと涼やかな噴水の風景を楽しんだ。





