1222 王太子と宝石商
いつもお読みいただきありがとうございます!
ついに8月ですね。猛暑すごい……そんな中、書籍の発売日も近づいてきました。
私にとって前書きや後書きは更新時におけるお知らせが多いです。
次の更新予定とか手の状態とか、活動報告とかぶるようなものは一部整理しました。
書籍化等の重要なお知らせは活動報告にありますので、ご安心くださいませ。
よろしくお願いいたします!
「待たせた」
「お会いできて光栄です」
応接間にいたのはクオンの同級生でもある宝石商のジョンだった。
「普通に話せばいい。二人だけだからな」
「わかった。夏の大夜会のテーマは決まっているのか?」
「セイフリードが成人しただろう? 水色になる」
「ヴェリオール大公妃は若い。大粒というだけでは品がないが、格を感じさせるデザインがいいだろう」
「格か」
「ヴェリオール大公妃は王妃に次ぐ序列だ。国王妃は一人を除いて素晴らしい装飾品を持っている。絶対に比べられるだろう」
「第三側妃のことも考えなければならない。セイフリードのためにも装いには注意しなくてはならない。良さそうなものを一緒に探してくれ」
「パリュールか?」
「ティアラもあるといい。成人した息子を母親として支えるよう伝えなければならない。私はセイフリードの兄だからな」
「わかった」
ジョンはテーブルの上に広げたカタログや資料を片付け始めた。
「ところで、バーベルナはどこへ行った?」
ジョンはニヤリとした。
「バカンスじゃないのか?」
「私に聞く方なのか?」
「予算を聞いていなかった。高くてもいいか?」
「構わない」
「王都にはいない。安全を考え、素性を隠して出発した」
「デーウェンに向かったのか?」
「特別料金がかかってもいいか?」
「構わない」
「南下した」
クオンは眉をひそめた。
「その程度で特別料金を取るつもりか?」
「船は使っていない」
「情報業を廃業して宝石業に専念するつもりか?」
「教えることはできるが、怒らないでくれるか?」
「怒るだと?」
「王太子領に向かった」
クオンは表情を変えた。
「冗談はよせ」
「冗談ではない。デーウェンに行く途中に王太子領があるだろう?」
クオンは信じられないと感じた。
「なぜだ? リーナに会いに行ったのか?」
「王都にいることが難しいのであれば、興味がある場所へ行くというだけだ。バーベルナは王太子領を自分の目で見たがっていた」
いつでも退出できるように、ジョンはカタログと資料を入れた封筒を持った。
「王太子領は広い。領都はヴェリオール大公妃が滞在中なだけに相当な賑わいだ。観光客として紛れ込みやすい。今の季節であれば多くの旅行プランもある。農業体験をすることで旅行代が安くなるプランもある」
「バーベルナが農業体験をするわけがない」
「そう思うからこそ、カモフラージュできる」
「農業体験をする旅行を予約して向かったのか?」
「見学するだけのプランもある。視察に変換すればいいだけだ」
「それは確かなのか? それとも推測か?」
「特別料金でいいと言ったな?」
「言った」
「見学の方を予約したのは知っている。だが、本当に現地入りをしているのかは知らない。カモフラージュかもしれないな。調べた方がいいか? それとも自分で調べるか?」
「私には縁談が来ている。バーベルナに興味を持っていると勘違いされたくない。内密に調べてくれるか?」
「わかった」
ジョンが立ち上がった。
「また来る」
「早い方がいい」
「わかった」
ジョンは部屋を出て行った。
それと交代するようにヘンデルが入って来た。
「ジョンと何を話していたのかなあ?」
「リーナの宝石について依頼した。第三側妃の宝飾品も考えることにした」
「俺はプライベートの担当だ。なんで呼ばないんだよ?」
「ヴェリオール大公の担当でもあるからだ。これ以上仕事を抱えると体を壊す」
「優しいなあ」
ヘンデルはそう言いながらソファに座った。
「でもさ、クオンが教えてくれないと心配で眠れなくなる。ストレスもたまっちゃうなあ」
「ついでにバーベルナの情報を聞いた」
「ジョンなら知っていそうだよね」
「王太子領に向かったらしい。農業見学をする旅行プランを予約したそうだ」
「へぇ」
「驚かないな? 知っていたのか?」
「デーウェンに行くなら、ついでに王太子領に寄る気はしていた。ずっと行きたいって言ってたじゃないか」
「昔のことだ」
「現在だって同じだよ。クオンの領地だよ? 気になるに決まっている。俺だって絶対に自分の目で確かめないとって思ったしね」
学生時代にクオンが公務として王太子領に行った際、ヘンデルは私的旅行として王太子領へ行った。
だが、バーベルナは安全を確保するための警備費が高額になってしまうせいで、王太子領行きを諦めた。
「まあ、リーナちゃんがいるから、領都内に宿を取るのは難しいと思うよ」
王太子領はヴェリオール大公妃の来訪で空前絶後の大盛況状態。
新婚旅行が中止になったことに相当がっかりした反動もあって、ヴェリオール大公妃を何が何でも見ようと思う人々が領都へ殺到していた。
「バーベルナは王太子領にコネを持っていない。田舎の方なら金を積んでなんとかなりそうだけど、長居するわけがないよ。贅沢に慣れっこだからさ」
「私が心配しているのは、宿泊する場所がないと言って王太子宮に乗り込んで来ることだ」
「バーベルナならありえる!」
ヘンデルは思わず叫んだ。
「ヤバい! リーナちゃんだと断りにくい!」
「セイフリードがいれば王族の権限で拒否していただろう。だが、王都に戻っている。パスカルとオグデンがどうするかわからない」
「パスカルは反対すると思う。でも、オグデンはわからないなあ」
下手に断ると国際問題になると考え、配慮する可能性があった。
一泊でも許してしまうと、バーベルナがリーナに延長を頼み込む可能性が高い。
優しいリーナは延長を断れず、バーベルナの長期滞在を許してしまうかもしれなかった。
「王太子領にいるのかどうかをジョンに調べさせる。それとは別に伝令を送れ。バーベルナが王太子領にいる可能性があることを伝えろ。王太子宮への宿泊も滞在も許可しない。その際、縁談を断るからだとは言えない。まだまだ時間稼ぎが必要だ。どこから情報が洩れるかわからないだけに沈黙を貫く」
「了解。すぐに伝令を送るよ!」
ヘンデルは立ち上がった。
「でも、ジェフリーはもう使えない。ぬいぐるみを残しておけば良かった!」
「エンゲルカームを送れ。メイベルが向こうにいる。丁度良い」
「そうしよう。勝手に馬を飛ばしてくれる!」
ヘンデルはミレニアスから戻っているエンゲルカーム子爵を、王太子領に派遣する通達を出しに向かった。





