1221 大報道
至る所でエルグラード王家の婚姻や大同盟の話題が話し合われていた。
誰もがエルグラード王家からの公式発表を待っていたが、何の発表もないまま日数だけが過ぎている状態だった。
報道関係者が日々王宮やザーグハルト大使館周辺に張り付き、コネと金を駆使した取材合戦が過熱していく。
縁談相手は王太子殿下!
王太子殿下が断った場合は弟の王子殿下との縁談に!
エルグラード王家とザーグハルド皇帝家との婚姻が整えば、世界で最も巨大な大同盟が誕生する!
大同盟によって守られた経済圏は史上最高の繁栄を享受する!
エルグラードが議長国になるのは間違いなし!
エルグラードが世界を支配する大帝国になる未来が待っている!
大繁栄時代の到来は目前だ!
報道機関は人々の目を引きそうなタイトルを掲げ、新聞や雑誌、号外等の大増刷によってエルグラード中に情報をばら撒いた。
その記事を読んだ人々は一喜一憂しながら、エルグラード王家の公式発表を待つしかないと思っていた。
「新聞社は大儲けだな」
王族会議が開かれ、セイフリードが口火を切った。
「真の報道は自己利益を追求することではない。真実を伝えること、人々に問題を提起し、冷静に考えることの大切さを問うべきだというのに」
「セイフリードの言う通りだ」
レイフィールもエルグラードの報道機関に不満を抱いていた。
「公式発表があるまでこの話題だけを報道する気か? 記事の内容は国民の不安と期待を無駄に煽るようなものばかりだ。有害な媒体にしかならない」
「その通りです」
エゼルバードも日々加熱する報道合戦の状況を把握しており、呆れるばかりだった。
「外務省に問い合わせをする者は何もわかっていません。これはエルグラード王家の私的な問題です」
「王宮省に問い合わせをする者だっているだろう?」
レイフィールが口を開いた。
「いる。だが、答える必要はない」
セイフリードが答えた。
「国民は事実を知る権利があるとほざく者もいる。王家の縁談に興味があるのはわかるが、プライベートなことを公表しろと言うのは無礼だ!」
「見せしめが必要では? 不敬罪です」
「営業停止ぐらいは問題ないだろうな」
レイフィールがそう言うと、
「その程度では見せしめになりません。最低でも事業解散です!」
「エゼルバードの意見は正しい。これは言論の弾圧ではない。妄想と煽動を抑止する国防対策だ!」
エゼルバードとセイフリードは猛烈な勢いで発言した。
「エゼルバードとセイフリードの関係改善は嬉しい。だが、発言が物騒だ。家族しかいないということで、言いたい放題なのもどうかと思う」
国王は深いため息をついた。
「それで、いつまでこの状態だ? 王都警備隊が何度も国軍に協力要請をしてくる」
レイフィールが尋ねた。
「王宮警備隊と王宮地区警備隊の負担も重そうだ」
「貴族も情報を得ようと必死になっています」
「裏の方の動きも活発になっていそうだ」
セイフリードとエゼルバードも国王を見つめるというよりは睨んだ。
「クルヴェリオン、どうする?」
一度は縁談を拒否した王太子が再検討をしていることを国王は側近たちに伝えていた。
王太子は縁談を完全に拒絶すると思っていた国王の側近達は驚愕したが、すぐに冷静になった。
検討するというのは考えるということ。縁談を受けることではない。
王太子が縁談を拒否すれば弟王子との縁談を検討することになってしまう。
国際情勢がエルグラードを強く非難する方向へ向かうのもわかっているだけに、慎重に熟考する期間が欲しいのだと理解した。
だが、何も公表しないままの状態が続くとは誰もが予想外。
一方で、何の発表もないからこそ、縁談や大同盟に賛成の人々が声高々に話し合っている状況が続いており、王宮内は不穏な雰囲気に包まれていた。
「経済同盟の方はどうだ? 進んでいるか?」
クオンは状況を確認した。
「全速力で進めています。詳細が決定次第報告します」
「レイフィールの方はどうだ?」
「調整している。突発的なものについても対応している」
「バーベルナの方はどうなった?」
「わからない。大使館の方は安全面を考慮して教えられないの一点張りだ」
バーベルナは王妃宛に手紙を届けていた。
自分は何も聞いていない。新聞を見て知って驚いた。父親が勝手に決めたことで、クオンにもエルグラード王家にも申し訳なく思っている。安全のために大使館に移るが、夏のバカンスに行く予定を立てていた。可能であればバカンスに向かい、王都を離れたいという内容だった。
実際、バーベルナは親しくしている友人たちにも同様の手紙を送り、借りていた屋敷を引き払って大使館に移っていた。
しかし、そのあとが不明の状態。
バーベルナがバカンスに出発した様子はない。
ザーグハルドの大使館の周囲には報道機関の関係者が多く張り込んでおり、問題が起きないよう王都警備隊の方からも特別任務の者が派遣されている。
外に出れば報道関係者に追いかけられ、取材申し込みが殺到するのはわかっている。
バカンスに行きたくても無理なのではないかと思われていた。
「大使館に居座っているのかどうかもわからないのですか?」
「デーウェンに行きたがっているという情報は掴んでいるが、未確認だ。デーウェンに問い合わせをするか?」
「デーウェンに入国すれば、アイギスが連絡してきそうではある」
「国境を越えているのであれば、エルグラードには関係ありません。出国先から戻らないように、入国拒否を通達してもいいですか?」
「無意味だ」
セイフリードが答えた。
「あの女はエルグラードに入国する際、偽名を使用している。出国も同じだろう。大使館が偽名の証明書を発行すればいいだけだからな」
「それもそうですね。偽名の証明書を発行させるために、大使館へ移ったのかもしれません」
「こちらで把握していない偽名の証明書を使っているとなると、現在地を調べるのはかなり難しいな」
レイフィールは考え込んだ。
「密かに大使館を出発しているようであれば、日数が経っている。宿泊施設や乗船記録をしらみつぶしに調べるだけでも時間がかかる」
「無理に調べる必要はない。出国者リストでザーグハルド国籍の者だけ確認しておけ。どんな偽名を使ったとしても、国籍はザーグハルドだ。性別も誤魔化せない」
「わかった。該当しそうな者が出国しているかどうかを確認してみる」
「帰国するのであれば、フローレンかデーウェンからにするだろう。両方調べろ」
「わかった」
「銀行口座の動きも注視した方がいい。偽名で口座を持っていなければ、あの女の口座の金が動くはずだ」
セイフリードが意見を出した。
「それは私の方で監視している。すでに複数の銀行から相当な額を引き出していた。バカンス用の資金だろう。引っ越し代は大使館の方で支払っていた」
クオンが答えた。
「王太子の熟考は始まったばかりだ。雑音が多くなるかもしれないが、気にするな。リーナには遠方視察の延長と夏の大夜会の欠席を許可した。王都に戻るよりも、王太子領でやりたいことをやらせた方がいい」
「わかりました」
「わかった」
「そうなるだろうと思った」
「クルヴェリオンに任せることにしたからな。それでいいが、体調にはくれぐれも気を付けて欲しい。やはり仕事中毒から抜けられないという噂が強まっていると聞いたぞ?」
結婚によって良い方へ変わったはずの王太子が結婚前の状態に戻ったと感じている者は多い。
国王も父親としてかなりの心配を感じていた。
「このような状況で忙しくないわけがない」
やがて、王族会議が終わった。
クオンは執務室ではなく応接間へと向かった。





