1220 縁談の相手
セイフリードが王都に戻って来ると、すぐに王族会議が開かれた。
「書簡は本物だ」
セイフリードは書簡を確認して答えた。
「そうか。では、縁談のことだが」
「検討する。エゼルバードとレイフィールは断固拒否する。僕しかいないはずだ」
まさかの答えに父親と兄達はショックを受けた。
「関係ない! 成人したばかりではないか!」
「無理をする必要はない。拒否権を行使して構わない」
「本当に受ける気だったのですか?」
「言葉遊びをしている状況ではないからな?」
「政略だ。相手が赤子だろうが老女だろうが関係ない」
淡々としたセイフリードの答えを聞き、国王は泣きたくなった。
「相手は大国の皇女というだけだ! 婚姻条件がすこぶる悪いではないか!」
「ザーグハルドの皇帝が自身や孫の立場と権力を守るための縁談だ。帝国を建て直すためにエルグラードを利用しようとしている。それに応える必要はない」
「大同盟は妄想です。協議国が多いほどまとめるのが難しいだけに、紛糾度が益々強まり大きくなるだけでしょう。国際情勢もより悪化してしまいます」
「セイフリードが犠牲になっても解決しない! エルグラードには何の益もない!」
大反対という理由が次々と列挙された。
「反対なのはわかった」
セイフリードは冷静だった。
「だったら、なぜ僕に聞いた?」
「父上が間違えただけだ。使者を送る必要はなかった」
クオンは苦々しい表情で父親を睨んだ。
「国王の側近や重臣たちのせいでもある。本人に確認すべきだと進言したのも間違いだ。成人したばかりの学生であることを考慮し、対象外だと判断すべきだった」
「一応聞いておくというだけだった。身代わり案にするつもりで聞いたわけではない。息子を無理やり婚姻させたくはない!」
「ミレニアスと密約を交わしていたというのによく言います」
エゼルバードの突き刺すような言葉に国王は胸を抑えた。
「王女を国外追放にした。あの責任は取った!」
「結果論だ。兄上がリーナと結婚していなかったらどうなっていたかわからない」
レイフィールも追撃した。
「リーナもミレニアス王族の娘ではないか」
正式には認められていないが、大公女。
ミレニアス王家の血を引く女性だと思えば、王女と大差ないと国王は思った。
「リーナの方がはるかに上の条件です」
ミレニアス王家の血筋の濃さでいえば、キフェラ王女の方が上のように思える。
だが、エルグラード王太子妃の座を対価にするほどの益がキフェラ王女にはない。
国境問題についてミレニアスが全面的に支援をするわけではなく、王女の夫としての立場を活用すればいいという内容。放任主義かつ非協力的だった。
一方、リーナの父親であるインヴァネス大公が味方になるのは相当な益がある。
インヴァネス大公は領地改革で観光業を立ち上げた。
成功の鍵はエルグラードの観光客を取り込めるかにかかっていたため、エルグラードとの関係を長年重視しており、国境地帯の治安悪化やエルグラード内でのミレニアスの評判が下がることも懸念していた。
リーナがミレニアス王家の一員として認められなかったのは不幸としかいいようがないが、そのせいでインヴァネス大公家はミレニアス王と距離を置き、エルグラード王家との距離を縮めることを決断した。
国境地帯に広がるユクロウの森と関係する領主たちをまとめ、密入国や犯罪の撲滅を目的とした取り締まりを強化した。
それこそがまさにエルグラードがミレニアスに求めていた協力だった。
エルグラード王家がリーナを大切にするほど、インヴァネス大公はエルグラードへの配慮を積極的に示してくれる。
経済同盟の加盟についても、エルグラードとのつながりが強いインヴァネス大公領との経済協力はミレニアスとの国境地域に対する経済協力と同じ。
同盟への参加が国ではなく局地的な領地でも有効かどうかを調べることもできる。
また、リーナの養女先で血のつながりのある兄がいるレーベルオード伯爵家は、国際的なコネと情報収集力を持っている。
王家の外戚にすることで、その力を公に活用できることも非常に有益だった。
リーナは王太子にもエルグラード王家にも国にも幸運を運んでいる。
そのことをエゼルバードは誇らしげに説明した。
「話はわかった。だが、なぜエゼルバードが得意げなのかわからないのだが?」
国王は首をひねった。
「兄上とリーナを結び付けたのは私です」
エゼルバードは自信満々に答えた。
「違うだろう」
「エゼルバードはリーナを都合よく利用しようとしただけだ!」
レイフィールとセイフリードがすぐに反論した。
「私がリーナに目をつけなければ、兄上は何もしませんでした。その間に時間切れになり、ミレニアスとの密約の犠牲になっていたかもしれません」
エゼルバードは父親を睨んだ。
「勝手に三十歳という期限を設け、執務ばかりか婚姻相手まで押し付けようとしたわけだからな」
レイフィールも父親を睨んだ。
「国王としても父親としても最低最悪の判断だ。信頼を裏切る行為でもあった」
セイフリードも父親を睨んだ。
「密約のことはもう言うな。終わったことではないか……」
「話がそれている。元に戻せ」
クオンが冷静な口調で注意した。
「セイフリードの考えを聞く。バーベルナとの縁談を検討してもいいといったからには、理由があるだろう?」
「僕なりに考えた。今は国内外の状況が良くない。縁談を即座に断れば余計に悪くなる。冬まで時間稼ぎをすべきだと思った」
リーナは王太子領で功績級の仕事をしているが、王都で建設中の孤児院が完成すればその担当者としても活躍できる。
ヴェリオール大公妃の支持や価値が高まるほど、ザーグハルド皇女との縁談に対する反対者が増える。不必要な女性を王家に迎えなくていいという声を大きくできる。
エゼルバードの手掛ける西の経済同盟の方も、海上貿易が絡むフローレンとデーウェンが早くまとめたがっている。
レイフィールはミレニアス方面に配置していた軍を王都に戻しており、海沿いの国に向けて再配置することが可能だとセイフリードは説明した。
「海沿いの国々を牽制するために軍を配置するのか? 完全な国境封鎖を見越してのことか?」
レイフィールが尋ねた。
「冬になれば海が荒れる。海上貿易が激減する季節だからこそ、フローレンとデーウェンは同盟の条項設定を急いでいる。海沿いの国々も同じだ。海上貿易が激減すれば、陸上貿易に頼らざるを得ない。国軍が国境監視を強化して越境や不正取引を摘発、経済制裁の効力を守れば、海沿いの国々は物資不足を懸念する。エルグラードがいかに重要な存在かを痛感することになるだろう」
セイフリードの見立てに反対する者はいなかった。
「時間を稼ぎながら、やるべきことをやるだけだ。ザーグハルドのことなど放っておけばいい。国力でも武力でもザーグハルドが勝てる要素は一つもない。問題はないはずだ」
「問題はある」
クオンが言った。
「どのような問題ですか?」
セイフリードは自分が見落としていることがあるのだろうかと思った。
「時間稼ぎのためにセイフリードの縁談にすることだ。評決を取れば、反対多数で否決される」
エルグラードという大国にとって極めて重要な局面ではある。
しかし、成人したばかりで最年少のセイフリードを生贄にするような方法に賛成する家族はいなかった。
「ゆえに、セイフリードが縁談を検討する必要はない。私が再度検討する。そうすれば、弟たちとの縁談にはならない」
クオンは王太子の責務と弟たちを守るための決断をした。
お読みいただきありがとうございました!
ようやく執筆時間がとれるようになってきました。
この作品を古くからご存知の読者様ほどおわかりだと思うのですが、改稿なしで書籍化できる状態ではなかったので、大改稿作業という大大大試練が……。
それを乗り越えることができたのは、書籍化のタイミングできちんと書き直せると思ったことと、読者様の応援があったからです。
Web連載とは違い、一冊の本にするということに頭を抱えながら大改稿をした成果が、8月10日にお見せできると思うと嬉しくもありドキドキもしています。
これからも試練があると思いますが、頑張りたいと思います。
猛暑が続き、読者様も大変だと思います。どうかお体をご自愛くださいませ。





