122 有用な存在
エゼルバードはジェイルから提出された書類を読み終わった。
「なぜです?」
リリーナ・エーメルがロザンナの不興を買い、解雇願いが出ている。
どうするかを判断してほしいという内容だった。
「化粧について何度も注意を受けた。改善されたが、別件で何かあると困る。解雇してもっと優秀な者を担当にしてほしいと言っているらしい」
「化粧?」
エゼルバードは、召使いだったリーナが全く化粧をしていなかったことを思い出した。
「侍女見習いになってからも、化粧を全くしていなかったのですか?」
「口紅だけだった。もっと化粧をしろと注意され、改善するまでに時間がかかったとジェイルが言っていた」
「その程度で解雇願いを? 馬鹿馬鹿しいとしか言いようがありません!」
エゼルバードは呆れるような表情になった。
「リーナは貧しいせいで化粧をする余裕がなかったのです。ノースランドで勉強させなかったのですか?」
「知らない。だが、化粧は侍女や召使いがしていたのではないか? ノースランドではそれが常識だ」
「私がリーナを解雇するわけがありません。兄上に配慮するよう言われたのですよ?」
「不許可にすればいい」
「ジェイルを呼びなさい」
すぐにジェイルが駆け付けた。
「今回の報告書について確認します。もう一度、リーナがロザンナの不興を買った理由について説明しなさい」
ジェイルが説明すると、エゼルバードは盛大なため息をついた。
「リーナの化粧を注意したのはジェイルで、あとからロザンナがそのことを知ったわけですね?」
「外部への情報漏洩だと伝え、筆頭侍女に警告した。処罰するかどうかを判断してほしい。二枚目の書類にある通りだ」
「一枚目しか見ていません」
ジェイルは眉をひそめた。
エゼルバードが一枚目を見てすぐにジェイルを呼んだのであれば、それだけ一枚目の内容を重要視したことになる。
しかし、ジェイルにとってリーナのことは重要でも急ぐようなことでもない。
情報漏洩が起きた原因だったため、一枚目にしただけだった。
「他の側妃候補に関しても、同じような情報漏洩が多くあるのですか?」
「今のところはない。ただ、担当の侍女が気に入らないと言われることは普通にある。配置変更については私の権限で判断できるが、解雇の判断はできない。それで報告書を出した」
「絶対に解雇してはいけません。側妃候補の思い通りになると勘違いさせる原因になりそうです。処罰も必要ありません」
「わかった」
「他に伝えていないことはありますか?」
「報告書に書いたこと以外にはない」
エゼルバードは二枚目以降の書類にも目を通した。
「三枚目の件ですが、ロザンナの素顔は醜いということですか?」
美人と名高いロザンナの侍女イブリンの化粧技術は非常に優れている。
そのイブリンが化粧を担当するロザンナは美人ではなく、化粧美人である可能性があるという報告だった。
「ロザンナの素顔を見ていない。わからない」
「なぜ、このような報告を? 主人に付き従う侍女の化粧技能が優れているのは当然では?」
「実際にその技能を検分した結果だ。側妃候補の弱みや悪い部分を探せと言っていただろう?」
エゼルバードは側妃候補を追い払うために利用できそうな情報を側近に探らせ、報告するよう指示していた。
「イブリンという侍女が化粧を施すところを見たのですか?」
「そうだ。リーナで試した。衣装を変えれば、別人に仕立てることもできそうな気がした」
「相当な腕前だったというわけですね?」
「特殊技能のレベルだと判断した」
ロザンナの化粧と髪型については全てイブリンが担当する。
その間、後宮の侍女たちは部屋から出て行くよう言われてしまうため、ロザンナの素顔を見たことがないこともジェイルは話した。
「後宮の侍女たちに身支度を見られないようにしている側妃候補がいる。素顔や体型に自信がなく、実家から連れて来た侍女に手伝わせて誤魔化している可能性がある」
「醜い候補はいりません」
エゼルバードは美意識が強い。
容姿は重要な要素だった。
そのことについては国王もわかっているだけに、エゼルバードの側妃候補は容姿に優れていると評判の者ばかりが選ばれた。
「化粧と偽装は違います。醜いことを偽っているのであれば、すぐに候補から外さなければなりません。私の美意識やその評価が傷つくようなことがあってはなりませんからね。側妃候補のせいで予算が減ることについても許せないというのに!」
王太子を早く結婚させたい国王は次々と王太子の側妃候補を後宮に入れた。
そのせいで国王と王太子の関係が悪化してしまったため、エゼルバードが側妃候補の一部を自分の候補として引き取ることを提案した。
すると国王は第二王子や第三王子の側妃候補選びも解禁にしてしまい、側妃候補が増える度に各王子予算の一部を強制的に減らすようになった。
「私だけで何かをするよりも、兄上と一緒にした方がいいでしょう。兄上も側妃候補を減らしたがっていますからね」
「王太子と一緒に?」
「何か思いついたのだろうか?」
「特別に教えてあげましょう」
エゼルバードは黒い笑みを浮かべた。
「後宮の上層部は、王太子が後宮に興味がないことをなんとかしなければなりません。でなければ、新国王の御世に後宮は消えてなくなります。莫大な赤字運営を続けた後宮の関係者は責任を問われ、厳しく処罰されるでしょう。現役ではなくても、過去に遡って罪を問われます。兄上は容赦しません」
このままでは後宮の行く末は危うい。後宮の運営に携わった者の命運も危うい。
多くの人々が痛切に感じているからこそ、現国王の退位をなんとしてでも引き延ばそうと考えている人々もまた多かった。
「後宮は王太子の機嫌を取る催しをすることにしました。ですが、執務に忙しい王太子は出席しません。そこで、華やかな催しを好む第二王子と一緒に招待することにしました。王太子にとって第二王子は特別な存在、一番大切な弟です。兄弟で仲良く過ごせる時間にすれば来るだろうというわけです」
一番迷惑をかけている弟といった方が適切だ。
後宮の件にかこつけて、王太子と遊ぶ時間を確保したいだけだ。
ロジャーとジェイルはそう思いつつも黙っていた。
「後宮も正念場です。予算の都合から考えても、側妃候補の人数を絞るのは重要です。このままでは後宮の負担が増える一方で、将来的な罪状も重くなってしまいます」
「そうだな」
「そうだろう」
ロジャーとジェイルは同意した。
「催しの内容は、側妃候補による自己アピールです。アピールの評価が低い側妃候補は王太子と第二王子の連名で退宮させるよう国王に進言します」
「側妃候補を減らすための選考会にするわけか」
「それなら王太子も参加しそうだ」
「後宮の催しでは不手際がいくつも発覚します。後宮は処罰対象、側妃候補の一部も退宮。それに応じた人員削減も実行されます。多額の予算が浮くので、私と兄上の予算に付け替えます。全額かどうかはわかりませんが、側妃候補のせいで減額されてきた分を取り返せるでしょう」
「非常に有益な結果になりそうだ」
「素晴らしい。エゼルバードは天才だ」
二人の側近はエゼルバードのシナリオを絶賛した。
「後宮の方に手を回しなさい。催しの開催を誘導するのです」
「招待するのは王太子と第二王子だけか? 第三王子は関係なしか?」
ロジャーが確認した。
「レイフィールは軍事演習や地方視察で不在がちです。こちらの都合に合わせて日程を決め、来るかどうかはレイフィール次第にしておきましょう」
「わかった」
「それからジェイル、リーナのことで注意があります。私とロジャーがリーナの推薦状を発行しました。だというのに、解雇するわけがありません。そんなこともわからないのですか?」
「……すまない。忘れていた」
「また何かあった場合はうまく握り潰しなさい。そのために後宮担当の側近がいるのですからね」
「わかった」
「まだあります」
エゼルバードの視線に怒りが宿った。
「リーナが周囲の注意を引くのは困ります。ジェイルのせいで面倒が起きました。余計なことをしましたね?」
ジェイルは不味いと感じた。
「リーナに特別な配慮をする必要はありません。後宮で普通に無難に働いていればいいのです。但し、身の安全については確保しなさい。リーナは役立ちます。私と兄上が関わるきっかけになってくれるのですからね」
エゼルバードは敬愛してやまない兄と一緒に過ごす時間がほしい。
リーナはエゼルバードの望みを叶えるために有用な存在だった。





