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パスカルに残された手段はリーナを味方につけることだった。
それがわかっているからこそ、セイフリードはリーナと二人きりで話すことにした。
「国王からの緊急招集だ。王族会議に出席するために僕だけ王都に戻る。何かあるか?」
「孤児院の改善について相談できなくなってしまいます」
孤児院の建物に対する改善はこれからも行う。
最初に視察に行った孤児院ほどの状況はないが、各孤児院の事情に合わせて改善が必要かもしれない。
その場合はセイフリードに相談したいとリーナは思っていた。
「セイフリード様は建築を専門にしていますが、私にはさっぱりです。どのような変更をすれば効果が高いのかわかりません」
「側近たちに相談すればいい。王太子領にも建築の専門家がいる。他には?」
「すぐには思いつきにくいといいますか……」
「パスカルを王太子領に残す。何でも相談できるだろう? 僕としてもその方が安心して王都に戻れる」
「配慮していただけるのは嬉しいのですが、お兄様はセイフリード様の側近です。王都に戻るのであれば同行した方がいいのでは?」
「来た道を急いで戻るだけだ。護衛騎士だけの方がいい。王都には兄上がいる。大丈夫だ」
セイフリードはリーナを説得することで、パスカルを置いて行く決定を確実にしたかった。
「リーナが王都に戻るのはゆっくりでいい。王太子領にはお前がすべきことも、力を必要としている人々もいる。大事にしろ」
「王族会議と言いましたが、ザーグハルドに関わることでしょうか?」
ザーグハルドが経済同盟を作ったことやエルグラード王家との縁談を望んでいることは王太子領の新聞でも報じられていた。
リーナは王都で発行される主要な新聞も読んでいるため、セイフリードが王都に戻るのはそのことに関係していそうだと思っていた。
「最高機密だが、パスカルには手紙を見せた。リーナにも僕個人の判断で話す。ザーグハルド皇帝から正式に縁談の話が来た。兄上とバーベルナの婚姻だ」
リーナは目を見張った。
「クオン様とバーベルナ様ですか?」
「驚くのは無理もない。独身の王子が三人もいるというのに、わざわざ新婚の王太子との縁談を望むなど非常識だ」
「でも、バーベルナ様は結婚されていますよね? 他の方と結婚できるのでしょうか?」
「皇帝の勅命で離婚したようだ。夫とは不仲だったからな」
バーベルナはエルグラードに滞在している。
ザーグハルト皇帝としてはバーベルナがエルグラードに留まり、エルグラードの有力者と再婚してザーグハルドを支援してくれた方がいい。
東の経済同盟がうまくいかないため、エルグラード王家との婚姻ですべてを解決するつもりだろうとセイフリードは話した。
「兄上は縁談を拒否した。その場合は他の王子との縁談でもいいということになっていたらしい。そのことについて話し合うための王族会議だ」
リーナは表情に不安を宿した。
「でも、誰も縁談を受けないですよね。どうなるのでしょうか?」
「僕が縁談を検討する。父上にもそう返事を出した」
リーナはひっくり返りそうになった。
「えっ? セ、セイフリード様が縁談を?」
「あり得ないか?」
「一番あり得ないです!」
独身だが、成人したばかり。相手とは年齢差がある。学生でもある。性格的に合いそうもなければ、結婚願望があるかどうかも怪しい。
さまざまな考えが一気にリーナの頭の中で流れた。
「ただの時間稼ぎだ。すぐに縁談を断ると、ザーグハルドだけでなく他の国々からも非難されてしまう」
「東の経済同盟国や経済同盟に参加したい国々からですか?」
「その通りだ」
西の経済同盟と東の経済同盟、国際情勢については新聞に載ったこともあって、セイフリードからリーナに解説していた。
「縁談も大同盟案も荒唐無稽だ。だが、ザーグハルドだけでなく他国にもエルグラードにも妄想をする人々がいる」
エルグラードの国際的飛躍と大繁栄。非友好的な国々の掌握と支配力強化。
それらを考える人々にとって、ザーグハルドの掲げる妄想は魅力的だった。
「エゼルバードは西の経済同盟を崩さない。メリットがないからだ」
エルグラードとしては信用のおける国々との取引を優先したい。
純白の舞踏会で信用を損ね、エルグラードからの恩恵に無償ですがりたい国々に配慮する気もない。
「エルグラードへの不満を口にしながら食べ物を安く売れという国よりも、エルグラードと親しくしたいと言い、高くてもいいから食べ物を沢山売って欲しいという国と取引したい。当然のことだろう?」
「そうですね」
「軍事同盟の影響もある」
エルグラードはフローレンやデーウェンと軍事同盟を結んでいる。
フローレンは北方の国々との貿易を強化したがっており、デーウェンは東方の国々との海上貿易を強化したがっている。
そのために必要なのは魅力的な交易品だ。
エルグラードが生産する食料はフローレンやデーウェンの食料事情を支えるだけでなく、貿易を拡大するためにも必須な交易品だった。
エルグラードは軍事同盟を結んでいる国と緊密な関係を維持したい。北方や東方の国々から入って来る品にも興味がある。
食料生産量には上限があるだけに、どこかを増やすにはどこかを減らす必要が出てくる。
西の経済同盟はそのための正当な理由になれる。
「理由は多くある。要点としては、西の経済同盟を結んだ国々との利害は一致しており、今後も強い関係を維持していく必要がある。他の国々には同じようにするだけの価値がない。自らの立場をわきまえない行動をしたせいで余計にそうなった。自業自得だ」
純白の舞踏会のことについては多くの国々から謝罪があったが、それで終わりにはならなかった。
セイフリードの成人式が大成功しても、元通りにはならない。
むしろ、国ごとに明確な差がつけられた。
リーナは責任を感じてため息をついた。
「気を落とすな。エルグラードへの不満は昔からのものだ。いつ噴き出すかが問題だった。純白の舞踏会の件ではお前に感謝している者が多くいる」
「問題が起きたのに感謝ですか?」
リーナは驚いた。
「信頼できない国々を正々堂々と非難して切り捨てる理由ができた。エゼルバードも内心では使える状況だと感じていたはずだ」
「お役に立てたのであれば嬉しいですけれど、複雑です」
「政治の世界は厳しい。時には心が傷ついてしまうこともあるだろう。関わらせたくないが、王太子領のことではうまくやっていけそうだ」
リーナを遠方視察に行かせた兄の判断は適切だったとセイフリードは思っていた。
王太子領をよりよくできる。多くの人々を幸せへ導ける。
そして、王都の喧騒からリーナを離すことができる。
「王太子領は豊かだが、心の豊かさはこれからだ。お前の考え方を人々に教えてやれ。王太子領はより素晴らしくなれる」
「頑張ります!」
リーナは気合を入れた。
「何かあれば手紙を出せ。兄上でも僕でもいい。いつでも相談に乗る」
「わかりました。そうします」
「だが、すぐには出すな。僕よりも早く王都に着いてしまう」
リーナは笑みを浮かべた。
「セイフリード様は冗談を言うのがうまくなりましたよね」
「事実を言ったまでだ」
そう答えたセイフリードも笑みを浮かばせていた。
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