1217 緊急特使
王太子宮にいたセイフリードに国王からの緊急特使が来た。
最高機密の書類に書かれていたのは、ザーグハルド皇帝家との縁談についてだった。
ザーグハルド皇帝から皇女バーベルナと王太子クルヴェリオンの婚姻を望む親書が届いており、他の国々の推薦状がついている。
国際的にも情報が知られている正式な縁談の申し出だった。
王太子には側妃が一人いるが、正妃はいない。
ザーグハルド皇帝は不仲だった皇女夫婦を勅命で離婚させ、皇女をエルグラード王太子の正妃の座に据えれば丁度良いと考えた。
王太子は当然のごとく縁談を拒否した。
その場合は他の王子でもいいとザーグハルド側は言っているため、成人している王子に対して本人の意思確認をしている。すぐに返事が欲しい。
そして、全員参加の王族会議を開くためにも、セイフリードだけは王都に戻って欲しいという内容が記されていた。
「パスカル」
セイフリードは書簡を差し出した。
「読んでいい。許可する」
パスカルは素早く黙読した。
「僕は王都に戻る。お前はリーナにつけ。遠方視察の大任で失敗するわけにはいかない」
「オグデンと相談します」
「これは命令だ。ヴェリオール大公妃付きの側近だろう? 王族会議で兄上達と相談するだけだ。お前が心配する必要はない」
「今回、私はできる限り第四王子付き側近として動くことになっています。だからこそ、リーナにはオグデンがついているのです。一緒に戻ります」
セイフリードはため息をついた。
「先に縁談の返事をしないといけない。検討すると伝えておけ」
パスカルは一瞬、言葉が出なかった。
「……検討されるのですか?」
「僕は王子だ。政略結婚をする想定は常にある。どうせエゼルバードもレイフィールも拒否する。僕も拒否すれば、兄上以外の王子との縁談でかわすという方法が取れないだろう? だったら僕が検討することにする」
「成立すれば、婚姻することになりますが?」
「成立するかわからない」
セイフリードは冷静そのものといった口調で答えた。
「兄上達が反対する。父上も同じだ。必死に断る算段を考えるだろう」
「検討しなくても断る方向で考えると思いますが?」
「僕が検討しなければ、完全拒否という形で断る。そうなればザーグハルドだけでなく他の国々からも非難される。大同盟を妄想する輩も同じだ。面倒なことになる」
パスカルは否定しなかった。
「僕が検討すると言うだけで、時間稼ぎができる。ザーグハルド皇帝は僕との縁談に不満だろう。成人したばかりで学生の第四王子では役に立たない。内務、外務、軍務で強い権限が正式に与えられている王子達との差は歴然だ。馬鹿にされたと思って向こうから断って来るかもしれない」
「ザーグハルドでは権力争いが激化しています。宰相親子の力を削ぐための離婚と再婚話であることは明白です。エルグラード王子であれば誰でもいいと思うからこそ、王太子ではなくてもいいと言って来たのでは?」
バーベルナが離婚しただけでは、元夫で皇太子の父親であるシュテファンを牽制しにくい。
バーベルナとの婚姻をエサにして皇帝を強く支える外戚を新たに作る手もあるが、皇弟ルエーグ大公や宰相親子に太刀打ちできる者を国内で探すのは難しい。
だからこそ、ザーグハルド皇帝はエルグラード王子との縁談を考えた。
地理的に離れているからこそ、エルグラード王子はザーグハルドのことへ口を出さない。婿になっても、皇太子の実父ではないために強い力を持てない。
皇帝の力が健在のうちに皇太子の周囲にいる宰相親子とその一派を排除。
エルグラードにいるバーベルナとその婿に支援させてザーグハルドの経済を建て直せば国民は皇帝を支持する。
貴族達は敗者であるルエーグ大公や宰相親子を見捨てるというのがザーグハルド皇帝の目算ではないかとパスカルは推測した。
「学生であることを理由にして婚約だけで手を打つのはどうだ? 大学院を卒業するまでは猶予ができる。その間にエゼルバードが経済同盟を盤石にすれば断りやすくなる。そうでなくても時機を見て婚約破棄をするが」
「東の経済同盟がまとまって力をつけるかもしれません。そうなると逆に婚約を解消するのが難しくなります」
「関係ない。あの女だって僕との縁談は嫌だろう。エゼルバードやレイフィールであっても問題外だ。兄上しか眼中にない」
「それはわかっています。ですので、私も王都に戻ります。皇女の情報を集めなければなりません。皇女の協力が得られる可能性もあります」
「手を組むのはやめておけ」
セイフリードは賛成できなかった。
「あの女は狡猾で打算的だ。協力の見返りを要求する。レーベルオード子爵夫人の座を望むかもしれないぞ?」
「皇女は生粋の身分主義者です。伯爵家は婚姻対象外。エルグラードの筆頭公爵家であっても満足されるかわかりません」
「ウェストランドは闇が深すぎる。あの女は嫌がるだろう」
「ここで話しても仕方がない気がします。まずは王都に戻り、王族会議で話し合うべきではないかと」
「その通りだ。但し、先に縁談の返事はしなければならない。それが国王の指示だ」
「戻ってから話すということでいいのでは?」
「僕が早く戻れないことを見越している。馬を飛ばせないからな」
「私が飛ばします」
パスカルが答えた。
「殿下は私の後ろで寝ていてください」
「二人乗りする気か?」
「最も速い移動方法です」
それはセイフリードにもわかっていた。
しかし。
「僕は成人した。子供でもないのにお前と二人で乗るのは嫌だ」
「仕方がありません。緊急です」
「信じられないほど飛ばすに決まっている。耐えられない」
「体調に合わせて調整します」
「僕が無理をして移動する必要はない。先に使者を出せばいいだけだ。お前が連絡をしないならオグデンに連絡させる。どうする?」
「私は反対です。縁談を検討するなどありえません」
「わかった。オグデンを呼べ。これは命令だ。拒否するなら、僕の権限で第四王子の側近から外す。兄上とリーナの側近の座だけで十分だろう?」
狡い命令だ。
パスカルはそう思った。
だが、セイフリードは成人王族になった。その権利と命令を守らなければならない。
「オグデンを呼びます」
「それでいい」
パスカルは一礼すると急いで部屋を出て行った。
オグデンと直接話し合い、味方に取り込む気なのは明白だった。
「オグデンはどちらにつくか」
セイフリードとパスカルと。
オグデンは王太子至上主義。そして、リーナのことも支持している。
遠方視察の同行側近に選ばれたことで、ますますリーナの評価と支持を強めている。
王太子夫妻の邪魔になるものを排除したいからこそ、セイフリードの判断は悪くないと感じる。
オグデンは王太子が成人の時から側近を務めているだけに、パスカルも実績のある先輩に対して強気になりにくい。
しかも、オグデンの担当管轄である王太子領にいる状況だ。
セイフリードに有利なはずだった。
「勝てるだろう」
セイフリードの予想は当たった。
オグデンは成人王族であるセイフリードの命令に従い、国王への使者を先に出すことに加え、パスカルと一緒に王太子領でリーナを支えることを了承した。





