1209 イベント開始
王太子宮の敷地内における雇用者とその家族を対象にしたイベントが開始された。
最初に開催されたのはガイド付きの庭園見学会。
リーナがセイフリードや領首相達を案内したのと同じように、王太子宮の庭園を巡りながら様々なことを学び、特別な魅力や歴史的遺産としての価値を感じて貰うための催しだった。
「ようこそ王太子宮の庭園見学へ。主催者として歓迎します!」
雇用者を対象にした王太子宮の庭園見学会が行われたが、その参加者は千人。
参加申し込みをした者は一万人以上だけにかなり絞った方だった。
「今いる場所は芝生庭園です。王太子宮は緊急時の避難所に指定されていて、災害が起きた時は王太子宮に避難することができます。その際の集合場所がこの芝生庭園です」
リーナはそう言いながら参加者達を見渡した。
「本当に色々な人が参加してくれて嬉しいです。では、芝生の方を見てください。ここには千人ほどいるのですが、全員分のテントを張ってもまだまだ場所があります。それほど芝生庭園は広いのです」
参加者達は芝生庭園を見つめながらその広さを実感した。
「戦争が多くあった時代、芝生庭園には兵士や避難した人々が集まりました。相当な数の人々がこの芝生庭園にいたはずですが、しっかりと対応するための施設がありました。温室です」
通常の温室は植物を守るためにあるが、王太子宮の温室は人々を守るための施設として利用することも考えて作られている。
そのことを実感して貰うためにもぜひ見学して欲しいとリーナは伝えた。
「全員で温室へ行くと見学しにくいので、あらかじめ渡したチケットを見てください。番号でグループ分けをしています。王太子領の未来を担う子供達も参加していますので、配慮と協力をお願いします。グループの案内は王太子宮の庭師達が担当します」
「では、第一グループの方は一緒に来てください。温室へご案内します」
案内役の庭師が叫ぶと、赤子を連れて参加している家族が次々と移動を開始した。
「第二グループは菜園、第三グループは果樹園、第四グループは薬草園に案内します」
各グループによって案内する順番を変えていた。
「第五グループは十五分ほど芝生庭園をじっくり見学する時間になります。敷物を用意しているので、座ったり寝転んだりしてみてください。化粧室を利用したい人は待機している侍従か侍女に申し出てください。この時間だけ王太子宮内にある化粧室を利用できます。来賓用なので、広くて豪華ですよ!」
リーナがそう言うと、化粧室の利用希望者が侍従と侍女に殺到した。
もしかして、芝生庭園よりも王太子宮内にあるトイレ見学の方が人気……?
思わぬ結果にリーナは驚いていた。
ガイド付きの庭園見学会は大成功だった。
参加した人々は貴重な庭園を見ることができて喜んだ。
時代を越えて受け継がれて来た英知と尊き精神に感銘を受け、王太子領が誇る歴史的遺産として後世に残していきたいという王太子夫妻の意向に賛同の拍手を送った。
「まずは千人の人々に王太子宮の庭園のことを知って貰えて良かったです。見学会に参加したことを家族や友人、知り合いに話してくれると思うので、より多くの人々に王太子宮の庭園の素晴らしさや歴史的な価値があることを知って貰えるはずです」
リーナはガイド付きの庭園見学会の担当者や関係者を集めた慰労会を開いていた。
「私も見学者の一人になったつもりで第五グループに同行しましたが、庭師による説明も移動もスムーズでした。あっという間に時間が過ぎたように感じます。手入れの行き届いた庭園の風景、古き時代の名残り、大切に守られてきたものの貴重さを改めて実感することができました。本当にありがとう。皆のおかげです」
労いの言葉によって担当者や関係者の表情が変わっていく。
喜びや安堵。多くの笑顔が生まれた。
庭園見学会の成功をより強く実感することができた。
「次は温室を使ったランチパーティーの開催です。普通のパーティーではなく、王太子宮の庭園を知って貰うためのランチパーティーであることがポイントです」
ランチパーティーの主役は料理。
リーナが厨房部に行き、直接料理人達と話し合った。
ガーデンフルコースと名付けられたメニューは緑と野菜が中心になっている。
孤児院に土産として持っていったバラのパンや野菜入りのスイーツも採用された。
何百年も守られている庭園にちなみ、古き時代の料理を再現したもの、料理人達の英知と工夫が詰まった創作料理もある。
珍しくて美味しい。それでいて王太子宮の庭園の魅力を伝える料理と時間を味わえる特別なイベントだ。
「担当者も関係者も参加者も良い経験になると思いますので、よろしくお願いします!」
「はい!」
「頑張ります!」
「全力を尽くします!」
団結を感じられるような力強い答えが次々と返された。
「では、慰労会ですので、皆でちょっとした休憩をしましょう。厨房部がランチパーティーに提供する料理やスイーツの試食、新作も用意しています。興味がある小皿を選んで試食してみてください。飲み物もお茶やコーヒーを用意しています!」
割れんばかりの拍手が沸き起こった。
そして、宮殿長の指示に従って小皿を取るための列が作られた。
「この人数だと一人につき一皿だろうな」
「本音を言えば、どれも食べたい!」
「ランチパーティーに参加できる者が羨ましい」
「参加できなくても試食できるように配慮してくれたヴェリオール大公妃に感謝すべきよ」
「決めたわ。やっぱり緑よね」
「実は同じ」
「緑のスイーツがいいが、なければ、緑の料理がいい」
「恐らく、ほとんどの者はそう思っていることだろう」
「野菜が入っている感じがするわよね」
「きっと美容に良いわよね!」
「健康に良さそうだ」
「王太子領と言えば、緑だからな!」
見た目が緑色のスイーツが一番人気。二番目は緑色の料理。
ここでも緑は大人気だった。
温室でのランチパーティー、ガーデンピクニック、果物狩りの催しが次々と開催された。
通常の王太子宮では、王太子が王都にいるせいで私的な催しが開かれていない。
だからこそ、リーナが様々な催しを企画して実行することを人々は歓迎しており、新鮮で斬新、やりがいがあると感じていた。
しかも、その催しはヴェリオール大公妃が親しくしている者や高位者だけで楽しむものではない。
王太子宮の庭園にある魅力を披露することで知見を高め、王太子領を支えている多くの公職者の心がより豊かになることを促しながら、家族も一緒に交流を楽しめるものだった。
「ヴェリオール大公妃は本当に素晴らしい方だ!」
「とても誠実そうな方ね」
「優しさに溢れて出ている」
「我々に近いというか」
「親しみやすい」
「独創的でもある」
「これまでとは全然違う考え方で人々に喜びを与え、良い方へ導いてくださる」
「それがまさにこの取り組みにあらわれている」
「王太子殿下が選ばれただけある」
「まさにヴェリオール大公妃は王太子殿下を支える逸材だ!」
「王太子領をこれほどまでに大切にしてくれた王族妃はいないだろう」
「王太子領が誇る最高の王族妃だ!」
リーナに会った人々は賛美を惜しまなかった。
そして、イベントの開催時に募集された緑の守護団への参加を全員が申し込んだ。
緑の守護団の参加希望者は王太子宮の敷地雇用者及びその家族だけでも相当な数になり、更にその縁者を通して急速に増え続けていった。





