1203 素敵な場所にしたくて(一)
リーナは再び最初に訪問した孤児院に来た。
「もう作業を開始しているのですか?」
孤児院の改善作業をするのは王太子宮・領政宮・軍本部において修理や補修を手掛けている担当部署の者や領営施設関連の仕事を手掛ける契約業者だった。
「下地の処理をした後に一度乾かす時間が必要なので」
改善作業の担当者達は一日で作業を終えるため、早朝に来て作業を開始していた。
「こちらが最終的な配色指定図です。変更がないのか確認していただけないでしょうか?」
「わかりました!」
リーナはペンキの配色指定図をじっくり見つめた。
「問題ないです。こちらの色で大丈夫です」
「わかりました。では、乾いた部分から作業に移ります」
「お願いします」
リーナは食堂に移動すると、持って来た荷物をテーブルの上へ置くように指示を出した。
そして、学校が休みで孤児院にいる子供達を呼び集めた。
「聞いてください。お宝を発見しました!」
食堂のテーブルに積み上げられた布地を見た子供達は驚いた。
「王太子宮の倉庫に眠っていたカーテンや布地です。皆に使って貰おうと思って持ってきました!」
「凄い!」
「立派そうだね!」
「高そう……」
「中古品や取り換え用の予備品で、布地の方は未使用品です。皆の好きな緑系のカーテンや布地も多くありますよ!」
子供達は目を輝かせて驚いた。
「絶対に緑がいい!」
「だよな!」
「王太子宮にいる気分になれそう!」
リーナの予想通り、緑が大人気。
とはいえ、様々な色や柄がある。
「この赤い薔薇模様のカーテンは王太子妃用の部屋で使用されていたものらしいです」
王太子夫妻が新婚旅行で来ることに合わせ、いくつかの部屋のカーテンは新品に交換されていた。
「最高級の生地を使用しているだけあって古さよりも上質さを感じられます。女子の部屋にどうですか?」
「王太子妃の部屋のカーテン!」
「これがいい!」
「絶対にこれしかないわ!」
「薄い紫のカーテンも王太子妃の部屋の一つで使用されていたものらしいです。王太子妃がいなくても複数の部屋が常に設定されているので、カーテンも複数あります」
リーナは落ち着いた色のカーテンを取り上げた。
「小花模様が可愛いですよね。少しくすんだ感じのピンクもカーテンもありますよ」
「どうする?」
「赤い薔薇がいいわ!」
「絶対にこれ!」
女子達は赤いバラ模様のカーテンに釘付けだった。
「すべての部屋の分はないので、他のカーテンも選んでくださいね。それに合わせて赤いバラの間、薄紫の花の間という呼び名にしてもいいかもしれません。気分が上がりませんか?」
「素敵!」
「まるでお城の部屋みたい!」
「そうするしかないわ!」
「ピンクもいいかも?」
「こっちも素敵!」
カーテンがないことを子供達はまったく気にしていなかったが、実際に様々な色や模様のカーテンを見た子供達の反応は全然違った。
「あの緑のカーテンも素敵よね」
「そうね。女子の部屋でもいいんじゃない?」
「これは俺達の部屋のカーテンだ!」
「女子は花柄にしろよ!」
「早い者勝ちだ!」
カーテンを確保するために男子達が叫んだ。
「そういうのに性別は関係ないでしょう!」
「勝手にルールを設定しないでよ!」
「ちょっと待ってください!」
すぐにリーナが間に入った。
「向こうのテーブルにある布地も確認してくれませんか? 緑や花柄があります。好きなものを選んで貰って枕カバーにしようと思います。個人用のもので緑や好きな柄を取り入れるというのもありますよ」
「同じような緑がこちらにあります!」
すかさずリリーがフォローに入り、緑色の布地を持ち上げた。
「カーテンの余り布もあります。それで枕カバーを作れますよ!」
「それがいい!」
「見せて!」
「カーテンとお揃いがいい!」
「カーテンは同じ部屋を使っている全員で話し合わないとです。なので、早い者勝ちではないですよ?」
「それもそうか」
「部屋ごとに集まらないと!」
「話し合うわよ!」
「こっちも集まれ!」
話し合う子供達の様子を見てリーナはホッとした。
そして、食堂の椅子に座ったまま動かない子供の所へ移動した。
「どうしましたか? 向こうで話し合いをしていますよ?」
「同じ部屋のやつが選んだカーテンでいい」
「枕カバーも選べます。今のままだと全員が白なので、好みの布地を選んでください。良い夢が見られるようになるかもしれませんよ?」
子供は皮肉気な表情を浮かべた。
「関係ない。寝てしまえば何色でも同じだ」
「緑色でなくてもいいのですか?」
「興味ない」
「じゃあ」
リーナはじっと子供の顔を見つめた。
「とても綺麗な青です。青い枕カバーはどうですか? 瞳とお揃いですので、自分のものって感じがしませんか?」
瞳の色と揃えるという選び方は子供にとって驚くべきものだった。
「……別に。何でもいい」
「じゃあ、ちょっとだけ待っていてくださいね。試しに青い布地を持って来ます!」
リーナはすぐにテーブルの方へ行くと、子供の瞳と同じような青い布地を探した。
「これが良さそうです!」
リーナは青い布地を持って戻ると、青い布地と子供の瞳の色を見比べた。
「瞳とお揃いって感じがします。どうですか?」
「これでいい」
子供は素っ気なく答えた。
「ヴェリオール大公妃が選んだ色なら」
「ヴェリオール大公妃で良かったです」
リーナは優しく微笑んだ。
「一緒に行きましょう。これを枕のサイズに切って貰わないといけません。縫製はあそこにいる侍女達がしてくれますので」
「自分でしなくていいのか」
リーナは驚いた。
「自分で縫う気だったのですか?」
「学校で裁縫を習う。枕カバーが欲しいなら、布をやるから自分で作れってことかと思った」
王太子領は何でも自分ですべきだという考え方がある。
普段から子供達は何をするにも自分でやれと言われていることがわかる言葉だとリーナは思った。
「王太子領では色々なことを自分でできるようになった方がいいと考えるようですね。でも、枕カバーの製作は侍女達に任せてください。裁縫が得意な者が担当するので、丈夫で綺麗に仕上げてくれますよ」
リーナは子供と一緒に布地を切り分ける担当者の所へ行き、枕カバーの仕立ても頼んだ。
「名前を教えてくれますか? 私物になるので、枕カバーに頭文字を刺繍します」
「クルオン。王太子殿下にあやかった名前だ」
「確かに似てますね!」
「王太子領は伝統的な名前が多い。でも、王太子殿下にあやかった名前も人気だ。加護があると思われている」
「クルヴェリオンを短くしてクルオンなのですね」
「ヴェリオール大公妃は王太子殿下のことをクオン様って言っているみたいだけど、同じ名前の子供が学校にいるよ。クルとかヴェリオって名前もある」
「王太子領らしいですね! 凄くそう思います」
リーナはまたもや王太子領の独特さを発見したと思った。
「ヴェリオンも多い。伝統的な名前だし、国王陛下の名前にも通じる」
「クルオンは博識ですね。凄いです」
「誰でも知っていることだ」
「私は知りませんでした。王都にいる者にも伝えたいです。教えてくれてありがとう」
優しく丁寧なリーナの言葉や態度はクルオンの心を動かした。
お礼を言われたクルオンは嬉しそうな表情を隠すことなく見せていた。





