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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第八章 側妃編
1201/1357

1201 朝から相談



 リーナは日中と夜に行った孤児院の視察がどうだったのかを朝食の場でセイフリードに説明しようと思っていた。


「おはようございます。ヴェリオール大公妃」

「ぜひとも視察がどうだったのかをお伺いしたく」

「何かお力になれることがないかと思いまして」


 朝食には同席を希望した領首相、宮殿長、福祉大臣が加わった。


 給仕以外にも総侍従長と総侍女長が控えている。


 リーナが王太子領の孤児院を見てどう思ったのかを知りたがっているのは明らかだった。


 やがて、早起きが苦手なセイフリードが不機嫌そうな表情をしながらパスカルとオグデンの二人を伴ってやって来た。


「セイフリード様、おはようございます」

「おはようございます」


 リーナの挨拶に続いて、食堂にいた全員が声を合わせて挨拶をした。


「おはよう。僕は大学の視察予定がある。孤児院について話せ。本気で改善したいのであれば遠慮はするな」


 リーナはしっかりと朝食を食べる方だけに、先に話をしようと思った。


「王太子領であっても孤児院はやっぱり孤児院でした。とても古くてうす汚れた感じがする暗い雰囲気の場所です。王太子領の制度は凄くても、孤児院自体は他領と変わらない気がしました」

「やはりそうか」


 セイフリードは答えた。


「制度の充実を強調する説明ばかりだった。孤児院の建物や設備、居心地については誇れる部分がないからだろうと思っていた」

「さすがセイフリード様です。現場に行かなくてもお見通しですね」


 セイフリードの頭脳が極めて優れており、情報だけで様々なことを推理することをリーナは知っている。


 期待しないように言われたことで、リーナは酷い状態だったとしても冷静に視察するための心構えができていた。


「孤児院の建物は壊れている部分はないのですが、相当な古さが伝わって来ました。豊かな王太子領においてはかなり下の住宅ではないでしょうか? でも、そのことを誰も何とも思っていないようです。孤児は貧しい環境でも当然だと思われているようで、とても悲しくなりました」


 王太子領側の役職者達は黙ったままうなだれた。


「子供達の部屋にはベッド、木箱、枕と毛布しかありませんでした。必要最低限しかないというのがよくわかりました」

「身の回りの品はどうだった?」

「衣装はたっぷりありました」


 夜の視察の際、子供達に頼んで木箱の中身を見せて貰った。


 木箱は子供達の私物入れで、中身の多くは衣類になっていた。


「日中の視察の時は見せられなかったのですが、衣装部屋がありました。そこにクリーニングされた衣装が山のように置いてあるのです。早い者勝ちで自分の木箱に入れるそうです」

 

 孤児院では洗濯もしていない。


 入浴施設に行くついでに洗濯物をクリーニング店に出していることも夜の視察でわかった。


「学用品は学習室と言われている場所に棚があって、教科書やノート、文具が揃っています。でも、それ以外の小物がほとんどありません。びっくりしました」


 孤児院のどの部屋を見ても小物がほとんどない。


 談話室あった少量の本とおもちゃは孤児院の備品ではなかった。


 子供達が友人から貰って来たものを共用で使うために置いているだけだった。


「孤児院に籠っているよりも外に出て人と関わった方がいいと思われています。そのせいで子供達は孤児院で過ごす時間がほとんどありません。孤児院は寝るベッドと必要最低限の持ち物を置く場所を提供するだけです」


 病気や怪我でなければ、子供達はとにかく孤児院の外で過ごす。


 友人を作って友人宅に遊びに行くのが最もいい。


 普通の家で過ごせる。お菓子やジュースが出てくることもある。


 一人で静かに過ごしたい場合は図書館に行っていることをリーナは伝えた。


「子供達は年齢以上に賢いです。とても大人びていますし、世慣れしている感じがします。でも、これは手放しで喜べることではありません。子供達が安心して頼ったり甘えたりできる大人がいない証拠です」


 子供は精神的に大人にならざるを得ない環境にある。


 リーナは孤児院の職員と子供達の様子を見ていたが、親しいわけではないということがすぐにわかった。


 互いに視線を向けようとしていない。同じ場所に集まっているだけ。


 同じ孤児院にいる者とは思えないよそよそしさがあった。


「子供達はとても親切で、色々なことを話してくれました」


 ここにいても仕方がない。十八歳になったらさっさと出て行きたい。そのために勉強する。外出する。なりたい職種を考える。将来のために努力していることをアピールしていた。


「自立心が非常に高く逆境に負けない心を持った凄い子供達が沢山います。でも、ずっと黙っている子供もいたのが気になりました。内気というよりは、視線が冷たく鋭い印象でした」


 無表情。子供らしい感情をあらわす気配がまったくない。


 そのような子供が心の中でどう思っているのかを、リーナは察することができた。


 本当の自分を抑えて隠している。心が冷めてしまっている。疑い深い。


「クオン様がなぜ私に遠方視察の話を持ち掛けたのか、孤児院を見てわかりました。孤児院は大きな問題を抱えています。孤児院も行政も子供達の心をいかに支えるかということについて考えていません」


 孤児院の職員は住み込みではなく日勤と夜勤に分かれた通勤者で、その業務は孤児院の施設や金銭を管理することにある。


 孤児院の職員は孤児の保護者ではない。孤児の保護者は孤児院や行政の方であって、職員は単に孤児院で働いている赤の他人という感覚だ。


 孤児の保護者が孤児院や行政という考え方自体はおかしくないが、孤児院や行政は組織であって人間と同じではない。


「立派な組織や制度があっても、子供達の心に寄り添う者がいないのは問題です。人とのつながりは孤児院でも学べるはずなのに、孤児院の職員は挨拶さえろくにしていません。お金を渡すので外で出会った人から学べばいいというわけです。そのようなやり方はおかしいと思います。完全な放任主義のようで無責任では?」

「そうだな」


 セイフリードは同意した。


「だが、職員や行政の者は所詮赤の他人だ。家族のような対応はしにくい。お前のように親身になって子供達のことを考える者ばかりでもないだろう。挨拶をする規則を作ったとしても、優しさからの行動ではない。規則に従っているだけだ」

「子供達にもっと優しくしてくださいっていうのも……曖昧ですよね」

「王太子領の孤児院は福祉制度や外部施設に依存している。その長所が短所にもなっていそうだ」


 王太子領の孤児院は孤児達にとって成人するまでいる場所であり、生きていくために必要なものを提供してくれる。


 だが、何でも外部委託で済ませようとする。人の温かみもなければ愛情もない。淡々と子供達を受け入れ、外へ出している。


 このようなやり方は厳しくも効率的で、子供の目を外の世界に向けさせることにはなるかもしれないが、孤児院が子供を保護する安心安全な場所になっているとは言えない。


 孤児院が担う重大な責務が果たされていないということだ。


「どうするつもりだ?」

「とても難しいです」


 リーナはため息をついた。


「孤児院の職員と子供達は割り切った関係で成立してしまっています。規則によって改善できるのは一部だけでしかありません。そもそも挨拶は常識的にするものですよね?」

「無視したい場合はしない」

「そのような理由だとしたら余計に心配です。このままにはできません!」

「そろそろ食事にしろ。今日も視察だろう? 視察の途中で腹が鳴ったらヴェリオール大公妃の威厳にかかわる」

「セイフリード様も食べておかないとですよ?」

「わかっている」


 リーナはサラダを食べ始めた。


 朝食のサラダはなしというリクエストをしていたセイフリードは運ばれてきたスープをじっと見つめた。


 緑色のクリームスープはどう見ても野菜入りの証拠だった。


「ブロッコリーのスープでしょうか?」

「ほうれん草でございます」


 総侍従長が答えた。


「レーベルオード子爵より、サラダの代わりになるようなスープというリクエストが出ていました」


 リーナとセイフリードはずっと黙っていたパスカルの方へ視線を向けた。


「野菜不足は体調不良の原因になります。サラダをつけないのであれば、スープで補えばいいかと」

「スープもいらないと言ったらどうする?」

「パンに練り込ませます」

「パンもいらないと言ったら?」

「クッキーに混ぜます」

「クッキーもいらないと言ったら?」

「チョコレートに混ぜます。野菜入りは珍しいと思うので、王都で流行るかもしれません」

「さすがお兄様です。チョコレートに野菜を混ぜるなんて斬新なアイディアです!」


 リーナも驚いたが、セイフリードも同じ。


 軽い気持ちで言ったつもりが、思わぬ案が出たと感じた。


「王都に戻ったら厨房部に作らせてみよう。美味であれば、購買部で扱ってもいい。本当に流行るかもしれない」

「スープを飲んでください。別のものを作らせる時間はありません。私のサラダと交換いたしますか? まだ、手を付けていません」


 サラダを食べたくないセイフリードはほうれん草のスープを飲み始めた。



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