1186 エースの特命出張
ジェフリー・ウェズローは王太子府伝令部のエースだ。
その立場に相応しい仕事をしている。
今回の特命は王太子府内ではない。王宮内でも王都内でもなければ、最悪王太子領まで行かなくてはならない。
愛する妻と娘と生まれてくる赤子のためにも、ジェフリーは最速で遠方視察団に追いつき、戻って来るつもりだった。
ジェフリーの実家であるウェズローは運送業をしているため、物流と輸送に関わることには強い。
ジェフリーは可能な限り馬を飛ばし、ウェズローの運送拠点を目指した。
そして、ウェズロー拠点からは夜間運送を担う隊に、寝ている自分と馬の両方を一緒に運ばせ、寝ている間も移動した。
一日中馬を飛ばしても追いつけないからこそ、夜間運送を活用することによってまさに毎日二十四時間移動できるような方法にした。
遠方視察団は高貴な者や多くの子供達がいるため、一日の移動距離は多くない。
移動は日中のみで、夜間は途中にある町に宿泊する。
日中は馬を激走させ、夜間は馬車で運搬されなら移動するジェフリーはすぐに第四王子の一団に追いついた。
用件をパスカルに伝え、ヴェリオール大公妃の一団に追いつき、戻る際にも合流することを伝えた。
「それまでに第四王子に手紙を書かせて。王太子殿下宛だ。僕が届ける」
「わかりました」
ジェフリーはすぐにまた馬に乗り、ヴェリオール大公妃の一団がいる場所を目指した。
ヴェリオール大公妃の一団に追いつくと、用件をメイベルに伝えた。
「ヴェリオール大公妃の手紙がすぐに欲しい」
「朝になります」
夜に起こして手紙を書けとは言えない。
そうメイベルは判断した。
「夜明けに起こして書かせて。王太子殿下が病気になったら大変だ。ヴェリオール大公妃の手紙があれば、それを防げる!」
「どう考えても、ジェフリーが早く帰りたいからに決まっているわね」
メイベルは呆れたが、王太子のために了承した。
それまでは休憩。
ジェフリーは馬を激走させるため、すぐに寝ることにした。
早朝、床の上で寝ていたジェフリーをメイベルが起こした。
「起きて。リーナ様に謁見です」
メイベルが手紙をくれると思ったジェフリーは自分の装いを見た。
「この格好でいいの?」
「構いません」
ジェフリーはリーナと謁見した。
「おはようございます。このような時間と装いであることを心からお詫び申し上げます。特命ですので、何卒お許しいただきたくお願い申し上げます」
「おはようございます!」
夜明けに起こされたリーナは元々早起きする習慣があるせいで元気だった。
「クオン様へのお手紙ということでしたが、他の方にも手紙を書いたので、一緒に届けてくれますか?」
「かしこまりました」
ジェフリーはそう答えたが、メイベルから渡された封筒の数に驚いた。
多い。なぜかな?
「後発の一団に合流して、セイフリード様の手紙を回収すると聞きました。なので、お兄様に届けて欲しいのですが、セイフリード様宛の手紙も入っています。すぐに開封するようお兄様にもセイフリード様にも伝えてください」
表向きはパスカル宛だが、中には王族用の手紙も含まれているということがわかった。
「わかりました」
「それから、レイチェル、カミーラとベルへの手紙も書きました。心配しないで大丈夫だということと、王宮や後宮の仕事関係のことも書きました」
完全に私的な内容ではなく、仕事の内容も含まれた手紙ということ。
「それから、ウェズロー子爵夫人にもあります」
「アリシアにも?」
「途中で立ち寄った町で、綺麗な刺繍が施されたリボンを沢山買いました。思い出にもお土産にもなります。手荷物にもなりにくいと言われて」
宿泊のために立ち寄る町で、リーナはできるだけ買い物をしてお金を落とすよう言われていた。
その一環で子供達や同行者へ配るものを購入していたが、留守番役への土産用にも買い込み、別発送をしていることをリーナは伝えた。
「私自身が使おうと思っていたリボンは手元にあったので、それを封筒に入れました。特命出張への配慮です。デイジーへのお土産にしてください」
リーナは王都から特命で来たジェフリーへの配慮も忘れなかった。
特命の急使は大変だ。
一刻一秒でも速くということを考えれば、家族への土産を買う暇はない。
菓子などにすると手荷物になりそうだとリーナは考え、手紙と一緒に封筒へ入れることができるリボンにした。
「ありがとうございます。光栄です!」
ジェフリーは嬉しくなった。
来て良かった……。
正直に言えば、遠方出張の特命は嫌だった。
だが、それをこなしたおかげで、特別な土産を貰えた。
娘のために。
アリシアも感激するだろうとジェフリーは思った。
「留守番役への配布は秘密にしてください。まだ、王都に届いていないと思います。デイジー用にしにくければ、ぬいぐるみや人形につけてもいいと思います。じゃあ、気を付けてくださいね!」
「はい。失礼いたします」
ジェフリーは封筒を受け取ると、戻るために馬を疾走させた。
第四王子の一団に再度合流して、パスカルに会う。
手紙を渡し、すぐに開封するよう伝えた。
「謁見が必要です。来たら呼べと言われていました」
「この格好でいいの?」
「構いません」
ジェフリーは第四王子に会うことになった。
「リーナはどうだ? 元気にしているか?」
セイフリードがジェフリーと会うことにしたのは、先行しているリーナのことを尋ねるためだった。
「非常にお元気そうでした。レーベルオード子爵宛の封筒の中には、セイフリード王子殿下宛の手紙を入れたとおっしゃられていました。もしかすると、そちらに近況などが書かれているのかもしれません」
「こちらです」
すかさずパスカルが手紙を渡した。
「リーナらしい」
手紙に目を通したセイフリードは呟いた。
「パスカル。リングを持って来い。ジェフリーには娘がいただろう?」
「はい」
まさか指輪? デイジーに? 婚約者候補にするためならいらないよ!
妄想で慌てたジェフリーは心の中で叫んだ。
しばらくすると、パスカルが箱を持って来た。
「これは留守番役への土産用に買ったリングです。塗り物なので高価ではありません。王都とは違う細工なのが特徴です。サイズや色も多くあります」
セイフリードは特命を務めるジェフリーへの配慮として、娘用に土産品を一つ与えるという判断をした。
「御令嬢の分を選んでください。特命を務めた褒賞であり、御令嬢への土産にもなるでしょう」
「もしかして、ヴェリオール大公妃が関係している?」
パスカルは微笑んだ。
「配慮をして欲しいとありました。どのような配慮かは書いてありません。土産にしたのはセイフリード王子殿下の判断です」
「深い意味はない。土産としてばら撒くものだからな。指輪でもスカーフリングでも好きに選べ」
「じゃあ」
ジェフリーは自分の小指のサイズのものにした。
ポケットにしまうよりも、自分の指につけておいた方が落とさないと判断した。
セイフリードからのものではなく、自分からの土産にしたいというのもある。
「アリシアも貰えるもの?」
「留守番組への配分が決まってからになるでしょう。職場の方で受け取ってください」
「わかった」
「これは別発送します。途中の町に経済的な恩恵を与えるというのは第四王子の威光を示すためにも重要ですので、経費で落とします。ただ、ヴェリオール大公妃と全く同じ品にならないようにしたいとは思っています」
「リボンを買っていたよ。デイジーのために一つくれた」
「そうでしたか。心に留めておきます」
「さっさと帰って兄上に手紙を渡せ」
「はい! お預かりいたします!」
ジェフリーは最速で王都へ戻った。
特命らしいヨレヨレ姿で王宮に到着した。
「おかえり!」
ジェフリーを出迎えたのはヘンデルだった。
「謁見なのにその格好か。特命がバレバレじゃん!」
「あれ? 極秘?」
「一応はそうだけど、俺の頑張りを示すには丁度良いか」
「ちょっと待って! 頑張ったのは僕だよね?」
「エースのジェフリーを手配したのは俺だし?」
ジェフリーは王太子と謁見した。
ジェフリーが持って帰って来た手紙をクオンは確認すると、ホッとするように一息ついた。
「ご苦労だった。大変だっただろう」
クオンはジェフリーのヨレヨレ姿を見て察した。
妻子を愛するジェフリーは出張を拒否する。しかも、今回は遠方出張の特命だ。受けたというだけで、ジェフリーの努力と忠義は相当だった。
「思ったより、ひげが伸びていないな?」
急使は無精ひげを剃る暇もない。特命なら余計に。
「夜間輸送隊に僕と馬の輸送を頼みました。その時に身なりは整えるようにしました。あまりにも見た目が悪いと貴族と思われず、警備隊などに職務質問をされてしまいます」
「そうか。工夫している。エースと呼ばれるだけある」
クオンは納得したというように頷いた。
「今日と明日はゆっくり休め」
「はい! ありがとうございます!」
王太子からの配慮は休日。
土産もあるし、今回の特命は受けて正解だった!
ジェフリーは浮いた足取りで愛妻と愛娘が待つウェズロー伯爵邸に帰った。
「おかえりなさい」
「パパ!」
綺麗さっぱり身支度を整え直してからジェフリーは愛妻と愛娘に再会した。
「ただいま!」
心からの愛を込めて口づけすると、特命だからこその配慮があったことをジェフリーは説明した。
「明日は休み」
「私は出勤するわよ?」
「えー!」
「デイジーと遊んであげて。リボンをうまく結べるよう練習中なの」
「お土産があるよ」
ジェフリーはデイジーへのお土産としてリボンとリングがあることを話しながら見せた。
「ヴェリオール大公妃だけでなくセイフリード王子殿下にも配慮いただけるなんて光栄だわ!」
アリシアは感激した。
「リボン!」
「デイジーのよ。リングを使ったスカーフのアレンジを教えてあげるわ」
「さすがアリシア。詳しそうだよね」
「女性としての心得だけど、可愛い娘を持つ素敵な父親なら、スカーフのアレンジにも詳しいでしょうね」
「僕にも教えて!」
ジェフリーは久しぶりに家族揃って過ごす時間がいかに素晴らしいものであるかを実感した。
何日も家族と離れていたからこそ、より強く深く味わえる。
特別な仕事を無事終え、褒め言葉と特別な配慮という褒賞も貰った。
充実感。妻も娘も大喜び。
王太子殿下とヴェリオール大公妃のおかげだ!
ジェフリーは幸せを堪能した。
 





