1174 なだめ役
お休みが長くなってしまってすみません。
体調不良に加え、十二月ということで何かと忙しく……。
毎日更新で寝不足と疲労が溜まってしまったことに反省しました。
まだしばらくは忙しいので、今後の更新はゆっくりめにしたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。
クオンはエゼルバードの執務室に向かった。
案の定、エゼルバードはセイフリードと一緒にいた。
側近を同席させていないということは、それだけ重要な話をしているということでもある。
恐らくはバーベルナの話だったに違いないとクオンは思った。
「どうなりましたか?」
エゼルバードが尋ねたのは勿論バーベルナのこと。
「帰国日は未定だそうだ」
「まだ居座るのですか?」
「厚顔無恥だ」
エゼルバードとセイフリードは鋭い視線をクオンに向けた。
だが、クオンは動じない。
弟達が睨んでいるのはクオンではなく、まだ帰国日を確定させていないバーベルナに対してであることをわかっていた。
「バーベルナがいつ帰国するかは自由だ。強制退去命令が出ているわけではない」
「承認していただければ、いつでも追い出せるのですが?」
エゼルバードは外務統括としての強権を持っており、その権限の中にはエルグラードへの入国拒否もある。
バーベルナはすでに入国しているが、適当な理由と国王あるいは王太子の承認があれば、エルグラードから出国するよう通達することができる。
「まずは聞いて欲しい」
クオンはバーベルナとの会見の内容を話した。
新聞の件はバーベルナも全く知らず、バーベルナを見張っていた記者がスクープしたか、孤児院が情報を流したかだと思われること。
再度厳重に警告したこともクオンは伝えた。
「さすがに三度目はないだろう。退去通達が出るのは不名誉だけに、バーベルナも避けたいはずだ」
クオンだけでなく国王もバーベルナへの対応は慎重で、よほどのことがない限り国外退去の通達は出したくない。
国境を接していないとはいえ、ザーグハルド帝国は広大な領地を誇る大国の一つであり、政情や経済に不安定さはあるものの、周辺国への影響は強い。
エルグラードは新同盟によって国境を接し合う国々と同盟を築いたため、それがザーグハルド帝国を刺激することもわかっている。
バーベルナを国外退去にしたことがきっかけで、ザーグハルド帝国との関係が悪い方向へ傾くのを懸念していた。
一方、エゼルバードやセイフリードが強硬な姿勢を打ち出すのは、エルグラードや新同盟の結束を重視するからでもある。
バーベルナは皇女だが、ザーグハルド帝国内での扱いは軽視されており、婿やいとこの王族の方がよほど人望も高く重用されている。
バーベルナやザーグハルド皇帝が悪感情を抱いても、宰相親子やルエーグ大公家の方に働きかければ、ザーグハルド帝国との話し合いはスムーズに行くと推測しているからだった。
「兄上もご存知とは思いますが、同盟国の懸念が高まっています。公式発表後も王都の情勢が上向きになっていません。注目度も投資意欲もあるというのに、関連事業や商人達の動きが鈍いという報告が上がっています」
「好都合だ」
クオンの答えにエゼルバードとセイフリードは揃って眉を上げた。
「なぜです?」
「理由が知りたい」
「物価の上昇を抑えることができる」
エルグラードは広大な領土を活かした食糧生産大国。
同盟国が最も欲しがっているのが農産品及びその加工物だった。
新同盟によって関税が引き下げられれば、同盟国への輸出が増える。
多くの商人達が一斉に大量買い付けを行うと、相場が変動してしまい、国民の関心が最も高い食品の価格が上がってしまう恐れがある。
より長期的かつ安定的な取引を見込むための新同盟が、かえって国民の不満や国内経済の悪影響を引き起こしてしまうのでは逆効果だった。
「商人達の動きが慎重なのは悪いことではない。今はまだ準備期間と捉えている者も多いだろう」
大事業を営むグループは取引量が拡大していくことを見込み、生産や物流体制を見直したり強化したりしているという情報をクオンは聞いていた。
エルグラードの農業は領営による大規模経営が多く、新技術の導入も順調に普及している。
生産体制も供給網も整っており、市場価格も安定している。
だというのに、人為的な要因で取引価格を上げるのは、商人にとっても国民にとっても損でしかない。
「今のうちに人員を増やす。新規採用もする」
王宮全体、国軍、王都などの地方行政、国境付近においてもクオンは増員を指示することにした。
経済同盟によって国境を行き来する人と物が増えるほど、関連する公的機関の仕事量も増大する。
そうなる前に公的機関での採用を増やし、失業率も下げていく。
クオンにとって新同盟の発足はエルグラードの経済をより強くするためのものだ。
富裕層は国が支援しなくても、勝手に富を増やせる。
重要なのは中間層以下の底上げ。
国が率先して人を雇い、給与を上げ、その経費を新同盟の恩恵で富む人々から税金として徴収し、再配分をすることにあった。
「民間の努力を国が潰してはいけない。円滑に取引が増大していけるよう国が支援する体制を整え、国民の現状を良くすることにつなげたい」
「さすが兄上です」
エゼルバードもセイフリードも兄の判断は的確だと思った。
しかし。
「これからますます忙しくなる一方です。目につく者はさっさと帰国させるべきです」
「僕もそう思う。あの女は邪魔でしかない」
「ここだけの話だ。リカルドに連れて行くよう頼んだのだが、うまくいかなかった」
フローレンへ戻る際、バーベルナも一緒に連れていって欲しいとクオンはリカルドに話していた。
リカルドは自分と一緒に出国するなら護衛の分も含めて費用を負担し、ザーグハルドに最短で入国する手伝いをするとバーベルナに話した。
だが、断られてしまった。
「留学時代から置き去りになったままの個人資産を調べなければならないと言われたそうだ」
「金塊を処分してかなりの利益を上げていましたね」
「成人式の後に売れば、それを理由にできた」
バーベルナの行動にザーグハルドの政治的な気配があれば、エルグラードとしては見過ごせない。
金相場が急高騰した際に売れば、相場操作の嫌疑をかけることができる。
証拠不十分でも疑念が拭いきれないと判断し、出国を通達することができただろうとセイフリードは思っていた。
「私もそう思いました。セイフリードと二人で、株式や為替相場の方で不審な動きをしないかと話していたところです」
新同盟はまさに新規投資の好機。
かなりの利益が上がっているものについては利益確定のために処分して換金。今後より成長しそうな分野に投資するのが得だ。
バーベルナが資産を動かすことで、追い出す理由を作れるかもしれない。
エゼルバードやセイフリードがそう考えているのは明らかだった。
「エルグラードで儲けているのはバーベルナだけでない。相場を見て取引をするのは普通のことだ」
クオンの友人達は王族や有力貴族だけに情報収集力も分析力も高く、決断力もある。
自国では公的権限の乱用を疑われるためにできないことも、他国であるエルグラードであれば関係ない。
留学していただけにエルグラードの事情に詳しいことも活用し、積極的に個人資産を動かしていた。
「不正取引きを監視している者は大勢いる。重大な問題があれば必ず報告が来るだろう。普通のことをわざわざ問題にすることこそ不正だ。自身に任されている方の仕事をしろ」
エゼルバードとセイフリードは反論できない。
代わりに、不満であることが明らかな表情を浮かべた。
このまま解散すれば、側近達に氷雪や暴風が直撃するのは目に見えていた。
「ところで、夕食を一緒にとらないか?」
弟達をなだめる方法として、クオンは夕食に誘うことにした。
「孤児達のことで話し合うつもりだ。リーナは本当に素晴らしい案を思いつく。バーベルナに相談された時も、孤児院を支援する案を次々と出していた。最も驚いたのは水道利用料の支援だ」
エゼルバードとセイフリードは眉を上げた。
「水道?」
「利用料を無償にするということか?」
「全ての孤児院が水道を利用しているわけではないだろう。だが、水道の利用料が孤児院の負担になっている可能性がある」
孤児院には多くの子供達がいる。多くの水を使用する。水道利用料が高くなる。
「詳しく調べてみないとわからないが、孤児院のような福祉施設の負担が少なくなるよう、水道やそれ以外の公共利用料への支援を行うのはどうかと思った」
「なるほど」
「着実な支援だ」
補助金支給は不正受給や不正使用につながってしまうことがわかっている。
だが、公共料金の支援であれば、請求先と役所の方でやり取りをすればいい。
孤児院の運営負担を軽減させることもできる。
「可能であれば無償にしたいところだが、管理体制は厳重にしなければならない」
「そうですね」
「リーナから森林宮の状況や新設する孤児院についての案も聞きたいと思っている。食事をしながら、二人からも意見を出してくれると嬉しい」
「わかりました。私もリーナの意見を直接聞いておきたいです」
「僕も参加する。リーナがどんな話をするのか気になる」
「一旦解散だ。夕食時間については伝令を出す」
この場における話し合いは終了。
クオンはエゼルバードの公的執務室兼内密の会議室を退出した。
自分の所へ呼び寄せることなく出向いたのは、弟達が渋った場合に備えて。
部屋からの退出を促すよりも、自身が退出する方が迅速かつ確実だとわかっていた。





