117 再就職
リーナは後宮の侍女見習いとして就職した。
すでにリリーナという名前の侍女がいたことから、混同しないための通称名としてリーナを使うことになった。
また、第二王子とノースランド公爵家の推薦状があったことから、第二王子の側妃候補ロザンナ付きとして配属された。
「予想はしていましたけれど、天引きが多い……」
侍女見習いの給与は召使いよりも多いが、階級が上位になる。
そのせいで生活水準が高く、天引きされる生活費の固定額も多かった。
「しかも、この制服代は高過ぎる気が……」
侍女や侍女見習いの制服は担当する仕事によって分かれており、側妃候補付きの制服は外部の者に接することからデザイン重視の上質品で制服代が高かった。
半袖と長袖の制服が季節に関係なく支給され、その請求がすぐにある。
リーナの給与明細は赤字。またしても借金を抱えることになってしまった。
制服は長い目で見れば得。侍女になればより給与が上がるはずだった。
しかし、後宮の縮小化によって昇格規定が変更された。
以前は勤続年数が三年になれば自動的に侍女になれたが、その規定がなくなった。
代わりに追加されたのが、侍女見習いの勤続年数は最長五年までということ。
つまり、五年以内に侍女へ昇格できない侍女見習いは解雇されてしまうようになった。
「できるだけ早く侍女になるしか!」
リーナは一生懸命仕事を頑張ろうと思った。
「リーナ、急いでお茶の準備を手配しなさい。ジェイル様が来ます」
「はい!」
上司のヘンリエッタから命令されたリーナは、急いで配膳準備室へ向かった。
侍女見習いは伝令役を務めることが多く、さまざまな場所に急いで行かなければならない。
後宮は広いだけに移動時間がかかるが、廊下を走ってはいけないというルールがあるせいで早歩きまでしかできない。
リーナは精一杯早く歩くよう努め、配膳準備室の担当者にお茶の用意を急いでするよう伝えた。
そしてまたすぐに部屋へ戻り、お茶の準備させていることをヘンリエッタに伝えた。
「予定時間よりも早くジェイル様がお見えです。もう一度、急ぐよう催促しなさい。すぐにお茶のワゴンを応接室の方へ持っていくのです」
「はい!」
ロザンナの部屋から飲食物を手配するための配膳準備室までは遠い。
リーナはすでに第二王子の側近が来ていること、急ぐことを伝えた。
そして、ワゴンを押す上級召使いと一緒に応接間へ向かったが、到着した時に応接室のドアが開いた。
男性の姿が目に映る。
「あ……」
リーナと上級召使いはジェイルに遭遇してしまった。
後宮において、身分や階級が低い者は高位者の前に姿を見せてはいけないことになっている。
王宮から来る者に応対するのは侍女の役目で、侍女の許可がなければ侍女見習いのリーナや上級召使いが応対することはできない。
リーナと上級召使いは叱責されないよう祈りながら慌てて廊下の端により、顔が見えないよう深々と頭を下げた。
「そこの侍女見習い、顔を上げろ」
リーナは恐る恐る顔を上げた。
「化粧が足りない」
「申し訳ありません」
リーナはすぐに謝罪し、再び頭を下げた。
「名前は?」
「リーナです」
「次に会うまでに改善しておけ」
「はい」
ジェイルはすぐに行ってしまった。
リーナはホッとするが、それには早すぎた。
応接室から出て来たヘンリエッタが厳しい表情をしていた。
「前々から言おうと思っていましたが、リーナはもっと化粧をしなければなりません。就職する前に学ばなかったのですか?」
「学んだのは化粧品の種類や名称の知識だけでした」
ノースランド公爵家で行儀見習いをするのは高位貴族の令嬢ばかりで、身支度を自分だけでする必要がない。必ず侍女や召使いが手伝ってくれる。
ドレスを選ぶのも小物とコーディネートするのも、髪型を整えるのも、化粧をするのも任せておけばよく、全身のバランスを見て気になるところだけ指摘すればいい。
自分でしなければならないのは、ちょっとした手直しのみ。化粧についても同じで、せいぜい口紅の塗り直し程度だったことをリーナは説明した。
「そういうことでしたか」
高位の令嬢用の教育だったため、自分でするようには教えられていない。
このままではリーナのためにならないとヘンリエッタは思った。
「化粧は女性の身だしなみの一つです。侍女になると、高貴な方の身支度を整える役目も任されます。化粧ができないと、侍女としての仕事ができないということになってしまいます」
リーナはハッとした。
「化粧ができない侍女見習いは侍女に昇格できないということでしょうか?」
「正解です」
侍女見習いとして働くだけなら、化粧の技術はそれほど高くなくてもいい。
しかし、侍女への昇格を目指すのであれば、化粧がきちんとできなければならない。
「髪型を整えることについても同じです。ブラシで梳かし、一つにまとめるだけではいけません。さまざまな髪型にすることで能力があることを示した方がいいでしょう」
「ヘンリエッタ様、お化粧や髪型の整え方を勉強したいです。教えていただけないでしょうか?」
「化粧道具を持っていますか?」
「口紅しかありません」
「今すぐ購買部で買ってきなさい。道具がなければ教えようがありません」
リーナは購買部へ向かった。
そして、販売員に相談し、必要だと言われた化粧品や化粧道具を買ってきた。
「せっかくですので、他の者も一緒に学びましょう」
仕事の手が空いている者が控室に集まり、化粧と髪型に関する勉強会が行われた。





