1162 保護開始
クオンは王都の領主ヴェリオール大公としての命令を出した。
王都では社会的混乱及び人々に不安が発生。一部においては人命にかかわる事態も起きている。
災害のようなものと判断し、多大なる影響と被害を受けている孤児院に査察官あるいは同等の判断力がある者を派遣。
孤児の生活状況及び運営状況の確認を行い、一定の条件以下である場合は窮乏状態とみなし、速やかに一時保護するよう命令が出た。
各地区を所轄する警備隊だけでなく、国軍も支援として出動。
必要に応じて孤児院の職員の身柄も保護。早急に事態の収拾を目指すことになった。
早朝からリーナはお忍びで外出した。
その理由は緊急度が高いと報告が上がっている孤児院の現況確認。
孤児院をよく知る者であり、その判断力と信用度を見込まれてこその抜擢だった。
「おはようございます!」
最初に到着したのは王都外れにある孤児院だった。
「廃院の手続きをしたと思うのですが、院長はいらっしゃいますか?」
「……福祉省の方でしょうか?」
孤児院の職員はリーナを見た後、同行している者達に視線を移した。
人数が多く身なりもしっかりしていることから、王都ではなく国の役人ではないかと感じていた。
「いいえ。私はヴェリオール大公妃です!」
職員はポカンとした。
「え? ヴェリオール? タイコウヒですか?」
「そうです。でも、わかりませんよね?」
「すみません」
職員は申し訳なさそうに謝った。
「いえいえ。全然大丈夫です。昔は私も孤児院にいたのですが、上の方の人達が使っている名称がよくわかりませんでした」
「そうですよね! 急に言われてもわかりませんよね!」
目の前の女性が孤児院にいたと聞き、職員は話が通じそうだと思った。
「実はですね、王都の孤児院はどこもイメージが悪くなってしまっています。ですので、閉鎖や廃院手続きを要望する孤児院が多くて国も役所も大変な状態です」
「でしょうね。役所に相談したら、そう言われました」
職員は深いため息をついた。
「このままではいけないということで、ヴェリオール大公でもある王太子殿下が困窮状態にある孤児については保護するよう命令しました。わかりますか?」
「……偉い人の命令ということでしょうか?」
「エルグラードで二番目に偉い人です。国王の息子です」
「王子様ですね!」
孤児院の職員は驚きながらも理解した。
「廃院の手続きをするには時間がかかります。孤児院の状況によっては廃院しなくても」
「廃院します!」
職員はきっぱりと答えた。
「孤児院の運営は厳しく、それでも子供達のためだと思って頑張ってきました。でも、いわれのない誹謗中傷を受けて心が折れました。子供達には悪いと思うのですが、私達にも生きていく権利があります。豊かな生活になるよう努力したいですし、将来性のない職場にいたくありません。職員全員で話し合った結果、廃院を決めました。存続はあり得ません!」
リーナも同行する人々も窮乏する孤児院の本音を聞いた。
非常に悲しい。
もう少しだけでも頑張って貰えないだろうかと思う気持ちがないわけではないが、ここまで追い込まれるまでの苦労は並みならぬものだったに違いない。
誹謗中傷を受けながら孤児のために耐えている者を責めるべきではないことを全員がわかっていた。
「そうですか。とても言い辛いことでしたよね。すみません」
リーナは謝った。
「子供達をなんとか守ろうと頑張ってくださった職員の方々には心から感謝しています。でも、これ以上は無理だということなので、子供達は別の孤児院へ移すということでいいでしょうか?」
「はい。でも、受け入れ先が見つかりません。途方に暮れています」
「大丈夫です。私達が責任を持って必ず見つけます!」
リーナは力強く答えた。
「実はこのような混乱に乗じて、未成年者に不法行為や不法労働を勧める勧誘もあるという王都警備隊からの報告も上がっています。ですので、まずは一時的にヴェリオール大公である王太子……つまり、国王の息子である王子様が一時的に保護することを決めました」
王家の者であれば、無条件で子供を保護することができる。誘拐にもならない。国や王都が保護するのと同じであることをリーナは伝えた。
「貴方は王子様に仕える方ですか?」
「妻です」
職員は目を見開いた。
どう見ても目の前にいるのは平凡な顔立ちの女性だ。
身なりはしっかりしているが、王子の妻には見えなかった。
「ああ! 王子様に仕える方の奥様ですね!」
「えーっと……」
「リーナ様」
同行していたメリーネは顔をしかめた。
「最初の孤児院で時間をかけすぎますと、この後の予定に支障が出ます。私にお任せいただけないでしょうか?」
「すみません。じゃあ、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
メリーネはそう言うと、職員を真っすぐに見つめた。
「私は王太子殿下の妻ヴェリオール大公妃に仕える者です。この孤児院は廃院要望を出しているため、子供達を別の孤児院へ入れるために引き取ります。申請では二十一人ということでしたが、人数に変更はありませんか?」
職員はハッとした。
「……実はいなくなってしまった子供がいます。現在は十六名です」
「では、現在残っている十六名の名前を確認します。朝食はすんでいますか?」
「いいえ。これからです」
「すぐに朝食をとらせてください。そして、子供達に一時的な避難所へ行くことを伝えてください」
院長には福祉省と王都庁の者が来て説明する。
子供達は王都警備隊の馬車に乗り、一時的に避難する場所へ向かう。
乳幼児がいる場合は付き添いの職員も同行する。
後日、他の孤児院と受け入れの調整をして子供達を移動させる。
姿を消した孤児についても発見可能であれば声をかけ、王都警備隊の詰め所に行き、事情を話せば保護して貰える。
今後の長い人生を考えると絶対に保護して貰うのが得。状況次第では公的な職を紹介して貰える可能性もあると言って説得するようメリーネは伝えた。
「子供達が全員いなくなっても、すぐに廃院はできません。国からの補助金を申請しているので、福祉省の方で手続きが完了しなければ無理です。それまでは職員全員の所在がわかるようにしてください。孤児院の資金を持ち逃げした場合は重罪ですので、理解しておくように」
「資金なんてありません。見ればわかりますよね?」
孤児院の建物は古くてボロボロ。職員が着ている服も同じだった。
「本当になんとか、なんとかやってきた状態でした。補助金が頼みの綱だったというのに、問題があるといって減らされてしまいました。こんな王都外れで寄付金なんか集まるわけがないというのにどうしろというのか……」
「無理に孤児院を運営する必要はありません。民間の孤児院は任意です」
メリーネが答えた。
「無理なら無理だと福祉省あるいは王都庁に連絡し、廃院手続きをすればいいだけのことです」
「そんなことをしたら子供達がどうなるかわかっているのですか?」
職員は怒りの形相になった。
「どこにも行く場所がなく、食べ物もありません。死ねと言っているのと同じです!」
「保護者がいない子供は警備隊が補導して孤児院へ入れます。ここに孤児院があると、別の孤児院へ連れて行きません。苦しい運営を強いられている孤児院に入れられ、解決ということになってしまうのです」
「私達だって、好き好んで苦しい運営をしているわけではありません!」
「待って! 待ってください!」
リーナは両者の間に入った。
「子供達のために、まずは避難を先にしましょう! 職員の方々の疲労も相当溜まっています。今後のためにも書類を渡してください。福祉省の者が来た時に必要なものです」
「こちらの封筒に入っています。必ず院長だけでなく職員も全員確認してください」
メリーネは茶色の書類封筒を職員に渡した。
「職員も全員ですか?」
「そうです」
「何人かはすでに辞めました。どこにいったのかもわかりません」
「では、その旨を福祉省の者に伝えてください」
「わかりました。これで終わりですか?」
「ラグネス殿の番ではないかと」
メリーネがそう言ったため、リーナはラグネスを見た。
「ラグネスの番らしいです」
「保護するようご命令を」
「あ!」
そうだったとリーナは思った。
「ヴェリオール大公妃の名において、孤児を保護するよう命じます。王太子殿下の招待に応じるよう伝え、森林宮まで連れてきてください」
「かしこまりました」
ラグネスは了承をあらわす敬礼をした。
「デナン」
「はっ!」
従騎士であるデナンが前に出る。
「王都警備隊に命令を伝えろ。お前が責任を持って、孤児達を無事連れて来るように」
「了解しました!」
「以上です。デナンを残し、次の孤児院へ向かわれるよう指示を出せばよいのではないかと」
ラグネスはそう言ったが、
「あの、すみません。孤児の中で一番年長の者を連れて来てください。十七歳の者はいますか?」
「……いなくなってしまいました。今いる孤児で一番上は十五歳です」
「では、その者をお願いします。複数であれば、全員呼んでください」
「わかりました」
しばらくすると、二人の少年がやって来た。
「誰?」
「寄付してくれるの?」
「私はリーナです。元孤児なので、担当の一人に抜擢されました!」
リーナはにっこりと微笑んだ。
「ここの孤児院はなくなるので、別の孤児院へ移らないといけなくなっているのを知っているでしょうか?」
「あー」
「うん。もしかして、もう決まったの?」
「まだなのです」
リーナは正直に答えた。
「でも、受け入れてくれる孤児院が見つかるまで、避難所で暮らせます。いきなり知らない場所へ行くのは不安ですよね? なので、子供達のリーダーになってくれませんか?」
少年達は顔を見合わせた。
「リーダー?」
「面倒だな」
「じゃあ、ボス役はどうですか?」
「えっ!」
「ボス?」
少年達は驚いた。
「ボスがいい! カッコイイ!」
「だよな! 俺もなりたい!」
少年達はボスになりたがった。
「では、じゃんけんで勝った方がボスです。ボスは強くないとですからね!」
少年達はじゃんけんをした。
「やった! 俺がボスだ!」
「負けた……」
「じゃあ、ボスは子分達をまとめてください。腹心役はボスのサポートです」
「わかった!」
「腹心役か。まあ仕方がないか」
「デナン、ボスと腹心と子分達をよろしくお願いします!」
「わかりました」
デナンは笑顔で答えた。
騎士達も同じ。
リーナらしい。
それでいて名案だと思っていた。
 





