1159 元孤児のお茶会
「びっくりしました!」
リーナはお茶会を開いていた。
出席者は旧知の友人。
元孤児であるリリー、ハイジ、ジゼの三人だった。
「ボスと会えるなんて、夢にも思っていなくて!」
「同じです」
リリーも頷いた。
「ここは王宮ですよ? エルグラードを治める国王が住んでいる場所です。普通の人は入れません」
「でも、ボスは普通じゃないから」
「それを証明したよね」
ジゼとハイジの意見は事実。
孤児院にいた孤児は全員知っていることでもある。
ボスは普通ではない。
「ボスは元気そうだったとか」
「そうですね。美人でした」
「相変わらず、いえ、ますます美人になっていました」
「女装してないよね?」
「男装です」
「男性のままです」
リリーが言い直した。
「貴族らしい服装です。でも、装飾はほとんどなかったかも?」
「官僚らしい感じですよね」
「官僚の服装がよくわかりません」
「同じく」
ハイジとジゼはピンとこなかった。
「王宮にいると、結構見慣れて来る感じです。こんな感じなのかと」
自分は知らない間に衣装についての知識が増えていそうだとリーナは感じた。
「それに地毛でした。かつらではなく!」
「とても珍しいですよね。短い髪なんて……」
「色は?」
「プラチナブロンドです」
「え?」
ジゼは目を見開いた。
「絶対にしない色だよね?」
他の三人が黙り込んだのは肯定を示していた。
ボスは髪の色を変えていたが、プラチナブロンドにはしなかった。
なぜなら、余計に目立って狙われるから。
リーナのいた孤児院は容姿が整っている者が多かったせいもあって、ボスは髪色を隠す重要性を説明し、人気のある色には注意するよう教えていた。
「バーベルナ様の護衛をしているみたいなので、貴族らしい感じがいいのかもしれません」
「貴族には人気の色かもしれないわね」
「違う色でもボスなら人気だと思うけれど」
「見た目がいいもんね!」
四人は頷き合う。
「しかも、強いですし」
ただ容姿が優れているだけではない。頭も良く、武器も扱える。
「ボスはどんな職業でもやっていけると思います」
リーナは断言した。
勿論、他の三人も同じ気持ちだ。
「そうね」
「リーナの騎士として雇ったら? ロビンなんかよりもよっぽど強いよ!」
「ちょっと!」
ジゼの提案にリリーが怒った。
「ロビンだって頑張って訓練しているのよ!」
「でも、ボスには敵わないのは事実ね」
ハイジは冷静に事実を述べただけ。
「そうだけど……ボスは武器を扱う職業は嫌がっていたし」
「ロビンだって同じでしょう?」
「あのままよりも全然いいもの。ちゃんと働いて、お金をためて、普通の生活をしていけるようになれた方がいいわ」
「だよね。普通に大丈夫っぽいし」
「ロビンも器用なタイプだから。気持ちの問題よ」
「ボスは騎士に向いていないと思います」
それがリーナの意見。
「できるかどうかで言えば、できると思います。でも、ボスは誰かを従える方であって、従う方ではないです」
三人は大納得。
「王宮はボスにとって狭くて窮屈でつまらない場所です。全然駄目ですよ。合いません。ボスは空ですから」
瞳の色だけではない。
ボスという存在が空のようだとリーナは思っていた。
「リーナは雲だもんね」
ジゼが言った。
「曇り色だもん」
「そうです。私はふわふわ流れるだけで……全然駄目です」
リーナはため息をついた。
「ボスを見て思い出しました。もっとちゃんとしないと駄目だって」
「ちゃんとしていると思うわよ?」
ハイジが言った。
「私達を助けてくれたわ。それに、後宮の問題を改善しているでしょう? ヴェリオール大公妃のおかげだって皆言っているわ。前は頑張っても借金ばかりが増えていたって」
「そうなのです。購買部しかなくて、外出できないからそこで買うしかなくて」
「給与は標準だとしても、物価が高いと貧乏になるわよね」
「そうです。物価が高いのは本当に大変です。給与も高くないとバランスが取れません」
ただ、後宮は住み込みだけに衣食住は保証されていた。
借金取りも来ないなど、普通の状態ではなかった。
そのせいでかえって借金しても大丈夫という意識が育ってしまった者もいた。
「変だなって思ったのですが、全員がそういうものだって言っていると段々そうなのかなって思いそうになって苦労しました」
「大変だったのね。でも、リーナは芯が強いから大丈夫よ。惑わされないわ」
「リリーだってそうです」
リーナは微笑んだ。
「昔は弱かったのに、今はとっても強いです。孤児院に訪問した時、バーベルナ様に常識だって言われて言葉が出なくなってしまって……でも、リリーが助けてくれました」
「ザーグハルド皇女は間違っていたわ」
リリーは答えた。
「言っていることはわかるのよ? でも、良い部分だけ見せられるに決まっているし、それだけで判断していたら、視察に来た意味がないもの。王妃様だって同じだわ」
リリーは王妃が話していた公務についても理解することはできたが、それでいいとは思わなかった。
「問題がないと思っても、見逃していただけの場合もあるわよね。その場合は問題があります、しっかり調べなさいって言うべきよ。自分の役目じゃないって無視するのはよくないし、孤児が差別されているのに問題がないなんて、本当に孤児のことを考えていたら言えないことだわ!」
リリーはリーナから離れないよう言われていた。
おかげでリーナ、バーベルナ、王妃の話し合いについても、部屋の中で黙って聞いていることはできた。
「貴族とか裕福な者の中には自分のために慈善活動をする人が多くいるわ。困っている人を助けることが目的ではなくて、良いことをしている自分をアピールしたいだけってこと。自分のアピールさえ成功すれば、本当に孤児が助かっているかどうかは関係ないのよ」
「いますね」
ハイジも頷いた。
「偽善です。寄付をしてくれるだけましですが」
「そうだね。なんだかんだいって寄付しない人よりはいいかも」
「お金がないとご飯を食べられませんから」
しみじみ。
「でも、バーベルナ様のおかげで気づけたこともあります」
「不正があったことでしょう?」
「沢山の孤児院で見つかったとか」
「私達がいた孤児院だけじゃなかったんだね」
リリー達も新聞を読み、孤児院のことで世間が騒いでいることを知っていた。
「それもあります。でも、もっと根本的なところというか」
「根本的?」
「制度のこと?」
「お金のこと?」
「孤児院は良いことをしても褒められないんだなって」
三人は頭をひねった。
「そう?」
「褒めてくれる人もいるわよね」
「リーナが見に行った孤児院は立派だって言われてたんでしょう? 褒められているんじゃないの?」
「そうなのですが、褒めているところが違いました」
孤児院は孤児の子供を保護するための施設。
だが、職員達は孤児を保護していることを誇りにしていなかった。
王族妃が作った由緒正しい孤児院だという名誉。立派な建物や部屋。食器セットなどの備品。成績が優秀な者を輩出していることを誇っていた。
どれも良いか悪いかで言えば良いことだとリーナは思う。誇りにしているのもわかる。
だが、それは孤児院本来の役目ではない。
しかも、一番大事なことができていない状態、本当は誇れない状態だった。
「この孤児院は多くの子供を保護して、しっかり食事をさせている。綺麗な部屋や衣服を与えている。社会的差別を受けてしまうことや、偏見から守っている。そういうことを誇るべきです。でも、たぶんですけれど……それをアピールしても寄付金は貰えないのかもしれません。凄いと思われるのは別のことなのです」
そして、それが立派だという孤児院が誇っていたことではないかとリーナは思った。
「優れているという言葉が人を惹きつける要素なのです。孤児にとって食事をできることは凄いことですけれど、他の人から見ると普通なので凄いとは思いません。だから、普通の人から見て凄いってことがないと評価されにくいのではないかと」
「なるほどね」
リリーはリーナの言いたいことが分かった。
「そうかもしれないわ」
孤児院が子供を守っていることを素晴らしいと思ってくれる人はいる。
だが、それよりも他のことの方が評価されやすい。
それがエルグラードの人々の認識、社会の評価なのだ。
「私は孤児だったので、孤児の気持ちがわかります。それを活かして孤児院を支援していけるかもしれないと思いました。でも、王妃様のような公務では駄目だと思います」
王妃の公務は孤児院の評判を上げたり寄付金を集めたりすることに貢献しているかもしれない。
だが、寄付金が適切に使われているかどうかを確認していない。
孤児院を信用して任せたいが、リーナがいた孤児院の職員は狡かった。
視察した孤児院の職員も同じ。孤児のことを大切にしようと考えていない。
孤児を助けるために働いているのではなく、自分達の職場や給与のために孤児や補助金の制度を利用していると思った。
外部から多くの視察者や見学者が来ても、綺麗に取り繕った綺麗な場所を見せられて終わり。
金集めに利用されてしまうだけ、悪く言うと騙されているとリーナは感じた。
「新聞は凄い力があります。不正をしている孤児院が見つかったせいで、孤児院のイメージが一気に悪くなってしまいました」
リリー、ハイジ、ジゼは盛大なため息をついた。
「最悪です」
「酷いわ」
「全部の孤児院が悪いことをしているわけじゃないのに」
悪いことをしている孤児院があるなら改善して欲しい。良い孤児院になって欲しい。
そのために声を上げ、力を合わせよう。支援しよう。
そういった声が強まれば良かった。
ところが、孤児院は信用できない。犯罪の温床になる。近寄りたくない。支援もやめる。
人々の気持ちは良いことをしている孤児院や、助けを必要としている子供達から離れてしまった。
「でも、良い孤児院が見つかれば、一気に孤児院のイメージが良くなるかもしれませんよね?」
三人はハッとした。
「なので、良い孤児院を私が見つけて紹介するのはどうでしょうか?」
リーナはバーベルナがしたことと反対のことをしてみるのはどうかと思った。
「王妃様は全ての孤児院のリストを見て自分でここにすると決めるわけではありません。あらかじめ問題がない孤児院を見つける人がいて、候補になった孤児院から選ぶのだと思います。その際の選定に問題があったのです」
王妃の代わりに視察先をどこにするか考えた側近や担当者は、孤児院の経歴、施設の充実度、教育などを見て評価した。
そのせいで、本来よく見なければならない部分、孤児達が保護されているかどうかの調査も判断も十分ではなかった。
「私なら孤児の目線から評価できます。どんな部分がしっかりしているか、駄目なのかをチェックするようなものを作るとか」
「いいと思います!」
リリーが叫んだ。
「ぜひ、生活面の充実度で判定して欲しいです!」
「世話役が足りているかも大事じゃない? 年長の孤児に年下の面倒を見させるとしても、職員が何もしていないのはおかしいと思うわ」
「内職。ズバリそこ。子供を働かせて、お金を全部取り上げるのは酷い!」
ジゼも意見を出した。
「差し入れのお菓子も全部職員で分けるのも狡い!」
「そうですね。子供達に分けるべきです。職員は給与が出ているわけですから、それで買えますよね? 孤児はお金がないので何も買えません」
「お金が欲しいわよね」
「孤児院を出る時にお金がないと困るわ」
「孤児院のためじゃなくて、自分のために内職したかったなあ」
元孤児院にいた四人の話は盛り上がるばかり。
「やっぱり、孤児院は大事です。子供達の未来がかかっている場所ですから」
リーナは決意した。
「かつて王族妃が小さな孤児院を作ったという話でした。私も孤児院を作ります。前例があるなら大丈夫のはずです。クオン様に聞いてみます!」
「ぜひ、作ってください!」
「最高の孤児院を作れるわ!」
「王都一なんか目じゃないよね。エルグラード一の孤児院を目指そうよ!」
四人は力一杯、賛同の拍手をした。
 





