1148 福祉議題
王族会議では様々な議題が上がる。
現在、エルグラードの新聞がこぞって掲載している孤児院問題についても。
「最悪な状況に向かっているということはわかっている」
国王の表情はいつになく厳しかった。
「セイフリードが加わったからこそ、まずは確認する。福祉担当は誰だ?」
「私だ」
「私です」
「僕だ」
答える者が三人。
「かぶりまくりだ」
そう言ったのは軍務担当のレイフィールだった。
「順番に理由を言え」
「私は王太子であり、内務統括でもある」
クオンが答えた。
「福祉は内務の管轄内だ。但し、直接は見てはいない。宰相府が監督している。宰相府は福祉省に任せていると言うだろう」
誰もが知っている政治体系通りということ。
「エゼルバード」
「私の正式な執務は外務ですが、成人してから非公式に福祉分野を監査していました」
エゼルバードは自身が興味を持つことには王子として関り、王太子の執務負担を減らそうとした。
当初は趣味であり特技である芸術分野のみだったが、教育や医療、福祉に関係していることでも動いていた。
「孤児院については調査で問題点を洗い出し、改善するよう指示を出しました。福祉省も対応していたのですが、補助金の正当交付を重視するあまり、それ以外の改善については注視していなかったようです」
福祉省としては補助金の不正受給が大問題。
宰相府と財務省と内務省から猛烈な批判を浴び、早急な是正を求められていた。
そのせいで別の問題については各孤児院への改善通達のみだった。
すぐに改善しなかった孤児院が悪いと言えばそれまでだが、福祉省の対応が甘く、放任同然だったとみなすこともできた。
「リーナの公務を見据えた準備もしていました。だというのに、あの女に邪魔されました。リーナが孤児達を救うはずだったというのに!」
エゼルバードは運営が苦しい小規模の孤児院を統合し、チャリティーハウスの側に作った孤児院にまとめようと考えていた。
そうすることで孤児院の運営を効率化し、孤児の待遇も改善。
補助金の無駄をなくすことで、福祉予算の有効活用を促すつもりだった。
ところが、バーベルナのせいで統合対象だった孤児院は運営に行き詰まり、閉鎖を余儀なくされてしまった。
新しい孤児院の建物は工事中。完成する前に、そこへまとめるはずの孤児院も子供もいなくなってしまったことをエゼルバードは説明した。
「閉鎖された孤児院から他の孤児院へ移送する際、逃亡した孤児もいるようです。国の支援を受けられない子供、浮浪児が増えてしまったということです。あの女は子供を救うどころか、破滅へ導いています!」
「エゼルバードの素晴らしい構想が描き直しになるのはわかった」
国王はため息をついた。
「セイフリード、お前はなぜだ?」
セイフリードは宗教と福祉の担当を要望したが、未成年の内から国王特務補佐官として王宮購買部と王宮厨房部を任された。
大学院での学業もあるため、成人後もしばらくは現状のまま。
福祉の担当ではないはずだった。
「僕は正式か非公式かにこだわらず、宗教と福祉に関わろうと思っていた。神殿の方にも手を回し、リーナの慈善活動に協力させるつもりだった」
神殿も慈善活動をしている。
ヴェリオール大公妃の慈善活動に神殿が協賛するのも、リーナの方が神殿の慈善活動にリーナが協賛するのでもいい。
両者共に益があれば、良い関係が築くことができるとセイフリードは考えた。
「国王の側妃達のように多くの寄付金を積み上げるだけでは都合の良い財布代わりだ。リーナが同じことをするのはよくない。それよりも慈善活動の実施でつながった方がいいと思った」
公になるような取り組みをすれば、資金の使途がはっきりしやすい。
神殿内で寄付金が使途不明金になるのを防ぐ狙いもあった。
「具体的に言うと、リーナと神殿が協力して困窮度が強い孤児院のための炊き出しや慈善バザーを催すことを検討していた」
リーナと神殿は名声が高まり、孤児院と孤児は救済される。
三者が一挙に益を得られるはずだった。
「だが、救済対象になる孤児院がつぶれてしまっては元も子もない。あの女のせいで僕の計画も台無しだ!」
「セイフリードもリーナのための計画をしていたのですね」
エゼルバードはセイフリードを大いに見直した。
セイフリードは成人になったばかり。自分の功績にもできるというのに、リーナにその功績を譲ることもより評価を高めた。
「あの女は他国の皇族です。次々と孤児院を視察して通報すれば、エルグラードは福祉省や王都警備隊を通じて動くことになるでしょう。内政干渉になるのでは?」
エゼルバードはバーベルナを完全に敵視していた。
「他国の干渉は許されません。だというのに、それを歓迎するかのような声ばかりを取り上げている報道機関にも責任があります。新同盟にザーグハルドを加えるべきだという声まで上がっています」
セイフリードのための大舞踏会で、各国王族によるカドリーユが話題になった。
その際、女性側の一人としてバーベルナとオルコード王国のイライザ王女も参加した。
男性側が新同盟の参加及び加盟検討国ばかりだったため、女性側の方もこれから加盟を検討する国ではないかという噂が流れた。
バーベルナの知名度と評判が上がったことで、ザーグハルドへの投資に意欲的な者が増えている。
莫大な益が見込めるのではないかと思い、新同盟にザーグハルド帝国を加えたらどうかと安易に言い出す貴族まで現れた。
「ザーグハルドとその周辺の東地域が不安定だからこそ、新同盟を作ることにしたのです。だというのに、ザーグハルドを加えるなどあり得ません!」
ザーグハルドは多くの不安を抱えている。国土も広く、統制が取れていない。
ルールと約束をしっかり守らせることで同盟国の経済圏を安定化させるのが目的だというのに、それができない国を加えるのは愚かしいとしか言いようがなかった。
「あの女は自身の名声を高めるために孤児院を利用したのです。リーナが手にするはずだった功績を消し、私の外務計画まで邪魔しています! 許せません! 国外追放にしてください! さっさとザーグハルドに帰国させるのです!」
「落ち着け」
クオンが声をかけた。
「リーナは何も知らない。新聞を読んではいるが、エゼルバードやセイフリードの計画を教えていないだろう? バーベルナの行動を喜び、素晴らしい女性だと褒めちぎっている」
リーナは孤児院問題に取り組みたいと思っていた。
だが、ヴェリオール大公妃になってしまったせいで勝手なことはできない。許可が出るまで公務どころか外出さえできない。
バーベルナが孤児院へ行き、問題を見つけて改善を促してくれていることに喜んでいた。
「様々な事情を知る者でなければ、バーベルナがしていることは問題のある孤児院を見つけ正そうとしているだけだ。善行のように感じるだろう」
「兄上は私の計画が邪魔されてもいいというのですか?」
「そうではない。だが、バーベルナが善意で通報しただけだと考えることもできなくはないということだ」
「善意ではない!」
セイフリードが断言した。
「あの女の頭の中には孤児への慈悲など微塵もない。自己利益になるからこそ動いただけだ!」
「そうです。セイフリードはよくわかっています!」
エゼルバードは叫んだ。
「あの女は昔から最低です!」
「エゼルバードが言えば言うほど偏見が混じっている気がしてしまう。セイフリードのせいで割り増しだ。もう少し静かに話してくれないか?」
レイフィールは不満そうな顔をした。
「レイフィールはあの女の肩を持つのですか?」
「そうではない。ただ、冷静に話し合うべきだと思っているだけだ」
「王都警備隊は連日捜査に駆り出されています。軍の臨時出動では不足だと言い、常時配置まで要請しました。治安の悪化だという認識が広がれば、国際情勢にも国内経済にも大打撃です。わかっているのですか?」
「わかっているに決まっている!」
ついに、レイフィールも抑えきれなくなった。
「セイフリードのために全力で治安を回復させ、安全安心の認識を人々に与えるよう苦労した! あの女のせいで水の泡だ!」
一度溢れ出した感情を止めるのは難しい。
レイフィールは叫ばずにはいられなかった。
「警備関係者の負担がいつまでたっても減らない! 勤務が増えれば経費もかかる。今年度分の予算不足は確定だ。補正予算を通さなければ無給出動になるという報告を連日聞いている! 予算をくれ! 限界だ!」
国王は王太子に顔を向けた。
「どうする?」
「まるで他人事ですね?」
クオンが答える前にエゼルバードが口を開いた。
「兄上は王太子で内務統括ですが、全権を持つのは国王。福祉担当は国王では?」
エゼルバードは猛吹雪。
「エゼルバードに同意する。父上は兄上に頼り過ぎだ! 解決していくための意見を出すべきではないか?」
レイフィールは烈火のごとく。
そして、もう一人は嵐が訪れる前の静けさのように、
「前々から気になっていた。父上は内務を兄上、外務をエゼルバード、軍務をレイフィールに任せている。父上自身はどんな仕事をしているのか教えて欲しい」
「全体確認だ」
国王は答えた。
「書類に目を通して署名をしている。ひたすら承認作業をしなければならない」
「簡単です。承認だけですからね」
エゼルバードが嫌味たっぷりにそう言った。
「署名は無理だが、印は補佐官に押させればいいからな」
レイフィールも同じ口調。
「要職を与えた王子と宰相と国王首席補佐官に任せるという判断をするのが父上の仕事か」
セイフリードの口調は静かだが、その言葉は痛烈な批判だった。
「私が承認しなければエルグラードの全てが未承認になってしまうではないか! 国王にしかできないからしているのだ! クルヴェリオンも印は側近に押させている! お前達だって同じだろう!」
言い分はそれぞれ。解釈も。
ただ、この場において間違いないのは、圧倒的な怒りと苛立ちが支配する空間だということだった。
「私の話を聞いて欲しい」
クオンは冷静な口調でそう言った。
ピタリと全員が言葉を止め、その視線がクオンに集中した。
「一難去ってまた一難だ。しかし、王族にとってはそれが常だ。冷静に事実と状況を確認し、自らの責務として解決へと導かなくてはならない」
正論。
「国王の重責は言葉にできない。父上の心労はかなりのものだろう。即座に私へ譲位すれば楽になれる。どうする? 父上次第だ」
「するわけがない。国王としても父親としても同じ判断だ」
クオンは賛同を示すように強くしっかりと頷いた。
「覚悟ある判断だ。王太子としても息子としても真摯に支えたい。だからこその提案をする」
クオンは自身の務めを果たして来た。そして、これからも果たす。
その覚悟は揺るがない。困難な時ほど、強くなるばかりだ。
「国内の混乱と治安悪化は歓迎できない。国王として強い姿勢を示す必要がある。王都から拡大させないためにも、国軍の常時出動を求める。補正予算で軍の予算も計上して欲しい。どの程度かは宰相と相談だが、私からも強く口添えする」
「それはいいが……軍が常時配備されると、かえって国民を不安にさせるのではないか?」
国軍を出動させるというのは、それだけ治安が悪化したことを示すことになる。
かえって事態を悪化させるのではないかと国王は懸念していた。
「軍の出動は注意喚起だ。不安が上昇する中で大きな犯罪行為が発生してしまうとより難しい状況になる。予防処置としての出動であることを徹底して伝えればいい」
「なるほど」
「予防を強調するということだな?」
国王だけでなくレイフィールも理解した。
治安が悪化して出動するのではなく、治安の悪化を防ぐための出動だと思わせることによって国民の不安上昇を抑制する。
国軍がいるおかげで心強い、大丈夫だと思わせるような対応をするということだった。
「夜の店へ流れる人が多いと聞いた。夜の店は犯罪が起きやすく、温床にもなりやすい」
内務大臣は王都内の花街が増えていることを警戒していた。
それをこの件に活用できるとクオンは考えた。
「花街の拡大を懸念している内務大臣を味方につければ、宰相を説得しやすい。公安の報告をつければ、軍の補正予算額を多く取れるだろう」
「そうしよう」
「わかった! うまく配置する!」
国王とレイフィールは了承した。
夜の店が多くある花街やその周辺地域の警備は厳しくなりやすい。
そういった場所への軍配備であれば、国民も慣れている。
不安も高まりにくく騒ぎも起きにくい一方、牽制効果も高いということを理解した。
「エゼルバードは外務に専念していい。宰相はリーナの手腕を非常に高く買っている。今は公務よりも後宮のことを優先させたいだろう」
後宮は正念場だ。
後宮統括補佐として黒字化の指揮をするリーナの存在は欠かせない。
「エルグラードにおいて慈善活動の季節は冬だ。当分、リーナの公務は公式行事への参加でいい。去年のような炊き出しをヴェリオール大公妃の催しとして再度行う方向で検討する。催しを一つだけに絞った方が大きな予算をつけやすい。大規模にできるだろう」
「わかりました」
エゼルバードも了承した。
正式に外務統括に就任した責任は重い。
外務の問題を抱えている以上、それを何よりも最優先するのは当然のこと。
自身の計画も練り直しが必要なだけに、福祉関係のことは正式な担当に任せるということでよしとした。
「セイフリードも同じだ。学業や王宮省のことが優先だ」
「あの女は危険な要素だ」
セイフリードなりに情報を集め、検討した。
その結果、バーベルナという人物は家族にとってもエルグラードにとっても警戒すべき相手だと判断した。
バーベルナは単に孤児院の問題を発見し、自分やザーグハルドにとって有益になるよう活用しただけかもしれない。
ザーグハルドの皇女だけに当然とも言える行動だが、王家にもエルグラードにも悪しき影響が出ている以上は見過ごせないに決まっていた。
「リーナの公務は兄上の言ったようにすれば、年度末までに取り返せるかもしれない。だが、政治、経済、治安への悪影響は早急に食い止める必要があると思う」
新同盟の成功は必須事項だ。
経済圏の安定はエルグラードのためだけではなく、参加国のためでもある。
より多くの人々の生活を守るために、食料や物資の不足を解消させる狙いがあった。
「あの女は友人かもしれないが、王太子として厳しく対応して欲しい」
「わかっている」
王妃の公務に同行して訪れた孤児院のことは、リーナとの約束を果たすため。
細かい部分で気になることはあったが、バーベルナの知る情報もできることも限られている。
完璧ではなかったとしても仕方がないとクオンは思っていた。
だが、バーベルナは他の孤児院を視察し、同じことを繰り返した。
バーベルナの性格を考えると、自分の名声と功績を積み上げるためにしていそうではある。
一度上手くいったことで味をしめたのではないかとクオンは予想した。
「皇女は自分勝手な行動を慎まなければならない。王太子である私が友人だというのに、何の相談もなく動き、王都警備隊や福祉省の負担を増大させている。孤児を救うどころか、真逆の状況を招いている。報道機関に自ら情報を提供している点も気になる。煽動の嫌疑がかかりかねない。まずは個人的に厳しく注意する」
クオンの判断は良識的であり、公正だ。
エルグラード王家が水面下で計画していたことを邪魔したからといって、突然他国の皇女に重い処罰をするわけにはいかない。
まずは警告からというのが冷静な対応だった。
しかし、直感を重視するエゼルバードは納得しきれなかった。
「必ずあの女は何かします! 結局、国外追放にすれば良かったと思うだけです!」
その予感を否定する者はいなかった。





