1147 名声と負の連鎖
王妃の公務日から二日後。
新聞の一面を飾ったのは、王都で最も有名な孤児院の不正が発覚したという記事だった。
ザーグハルド帝国の皇女バーベルナは第二の故郷であるエルグラードのために慈善活動をしようと考えた。
旧知の仲である王妃にその旨を話し、公務である孤児院の視察に同行して勉強しようとした。
バーベルナは、孤児院に小学校のトロフィーが飾られていることが気になった。
孤児院と小学校は似て非なるもの。小学校用のトロフィーが貰えるはずがない。
教育施設ばかりが視察対象になっていることにも違和感を覚え、王妃と相談して翌日バーベルナが孤児院を再度訪問することになった。
その際、トロフィーのことを質問すると、職員の返事が曖昧だった。
バーベルナが孤児の居住空間となっている場所を確認すると、一部の孤児が劣悪な環境に置かれていることがわかった。
孤児の証言から処罰室で酷い体罰が行われていること、孤児に対する暴言や差別的な対応が日常茶飯事、食事がしっかりと出ていないことまでも判明した。
孤児院は孤児を保護するために作られ、国から補助金を貰っている。
孤児の全員が保護の対象だというのに、職員に選ばれ評価された一部の孤児だけがエリートとして優遇され、守られているだけだった。
他の孤児は差別され、人権や安全を搾取されている現状にバーベルナは強い憤りを感じた。
子供の命を救うため、警護支援を頼んでいた王都警備隊の者に話し、日常的な虐待及び暴力行為の疑いがあるとして通報した。
また、そのことを王妃に伝えたため、王妃もすぐに福祉省に孤児院の現状を伝えた。
福祉省はすぐに担当者を派遣。
王都警備隊の捜査と協力し合い、孤児院の詳細調査を行うことを決定した。
この件においてバーベルナは駐在大使館を通じてコメントを発表。
留学時代を過ごした第二の故郷エルグラードを愛する者として、孤児院における問題発覚は極めて遺憾。
しかし、福祉や教育に注視している王妃のおかげで孤児院に問題があることがわかり、社会的弱者である子供達を救えたことを嬉しく思うとのことだった。
王都警備隊の捜査や福祉省の詳細調査はこれからになるが、王都でも有名な孤児院における問題発覚だけにその影響は大きい。
しかし、王妃とザーグハルド皇女バーベルナのおかげで多くの子供達が救われた。
近年、女性の社会進出が注目されているだけに、王妃やザーグハルド皇女バーベルナのような優秀な女性達が主導し、社会に貢献する女性が増えることを期待したい。
新聞の記事はそのように結ばれていた。
「やっぱりあの孤児院には問題があったようですね!」
新聞を読み終わったリーナは、バーベルナのおかげで問題が発覚し、王都警備隊の捜査や福祉省の調査が行われることを喜んだ。
「そのようです。ですが、本当はリーナ様のおかげです」
レイチェルはリーナやリリーから視察のことを聞いていた。
問題がありそうな孤児院であることも。
お忍びの同行だったせいでリーナの存在が秘匿され、王妃やザーグハルド皇女の活躍だけが褒め称えられていることをレイチェルは非常に残念だと思っていた。
「いいえ。私の意見に耳を傾けてくれたのはバーベルナ様ですし、約束通り孤児院を調べてくれました。新聞を見ると王妃様も動いてくださったようです」
「王都警備隊が動いているのであれば、王妃も福祉省も動くに決まっています」
視察中何も問題がなかったと言い張れば、王妃の目は節穴だったと思われてしまう。
皇女から連絡を受けた王妃は慌てたに違いない。
とはいえ、女官出身。取り巻きにも女官が多い。
福祉省と話をつけるのは造作もなかっただろうとレイチェルは思った。
「問題があることがはっきりして良かったです。子供達が安心して暮らせる孤児院にしないといけません。大人達にとって都合の良いだけの孤児院は、福祉施設ではなく偽善施設です!」
「その通りでございます。さすがリーナ様です。何が一番大切かをご存知です」
「私も孤児院にいましたから!」
リーナは自信満々に答えた。
その姿を見て、レイチェルは嬉しくも悲しくもなった。
本当に素晴らしい方です。だというのに、なぜ、王妃様は受け入れてくださらないのか……。
「他の新聞も読みたいです。この記事について載っているものはありませんか?」
「すぐに確認してご用意いたします。福祉省の者をお呼びいたしましょうか?」
リーナは考えた。
「官僚は基本的に政治に関わる人です。なので、政治に関わるべきではない私が呼ぶのはよくない気がします。わからないことを聞くなら側近ですよね?」
「では、側近をお呼びいたしましょうか?」
リーナはまたもや考えた。
「全員忙しそうなので必要ありません。そもそも、私は孤児院には行っていないことになっています。ですので、新聞で情報を知ったということにします。普段、読んでいない新聞にも載っているでしょうか?」
「早急に確認いたします」
リーナの思慮深さに感心しながら、レイチェルは深々と頭を下げた。
ザーグハルド皇女バーベルナの知名度は一気に広がった。
バーベルナが王都にある複数の孤児院を視察。続々と問題を発見し、王都警備隊や福祉省に通報したからだった。
王都には孤児の数が多く、孤児院の数もまた多い。
しかも、そのほとんどが民間施設。
各孤児院によって規模や運営状況も異なり、細かい部分まで監査が及んでいないのが現状だった。
以前、第二王子の指示が福祉省にあり、孤児院の現状を見直すための調査が行われた。
その結果、多くの不備や補助金の不正受給が見つかり、改善通達が出ていた。
だが、正されていたのは一部。
巧妙な手口による不正については発見されていなかった。
バーベルナが通報した孤児院はそのようなケース。
様々な補助金について所属する孤児の全員分の申請をしていたが、実際に該当するのは数名のみ。
ほとんどが意図的な水増しによる不正受給だった。
また、国からの補助金は全額孤児の費用として使われなくてはいけないにも関わらず、孤児院運営の諸経費に充てられていた。
孤児院は非営利で運営される福祉施設だけに、様々な条件を満たす必要がある。
設立時には条件を満たしていたが、徐々に孤児院や職員にとって都合の良いように変更され、誰もそれを不正だと気づいていない状態だった。
孤児院についての報道が続いた結果、王都にある孤児院の多くが不正を行っている、不正の温床になっているという認識が人々に広がり始めた。
ただでさえ孤児院や孤児という存在への社会的差別や偏見は強い。
それがより強く育ってしまうことにつながってしまった。
王都では孤児院の廃院や転居を求める声が強まり、そのような趣旨の集会やデモが行われるようになった。
純白の舞踏会とレーベルオード伯爵家襲撃事件で悪化した治安が回復したはずが、孤児院問題のせいで再度悪化へと傾いた。
王都警備隊は対応しきれないと判断し、国軍に出動を要請した。
孤児院を担当する福祉省はこの問題に対して何度も会議を重ね、悪質な問題行為が行われている孤児院については強制廃院の処置を取ることを決定した。
廃院が決まった孤児院の子供達は別の孤児院へ転院させることになったが、一部の孤児は移送のどさくさに紛れて失踪した。
転院先になった孤児院は急激に増えた孤児への対応に苦心することになり、そのせいで運営状況が益々厳しくなってしまった。
孤児院のイメージ悪化に伴い、王都における孤児院支援の声と力は急速にしぼんだ。
風評被害の影響は深刻。
元々運営状況が厳しかった孤児院は負担増大に耐えきれなくなり、次々と閉鎖や廃院の手続きを申請した。
バーベルナの名声が高まる一方で、負の連鎖が広がっていた。
 





