1142 王妃と皇女
いつもありがとうございます!
1139の後書きについて、番外編に関する記載を変更しました。
すみませんが、よろしくお願いいたします。
翌日、王宮に行ったバーベルナは王妃に歓迎された。
「久しぶりですね」
「お会いできて懐かしく思います」
ザーグハルド皇妃は中学校から留学する娘のことを案じ、エルグラード王妃に個人的な配慮を依頼した。
その縁でエルグラード王妃とザーグハルド皇妃は文通相手として交流するようになり、バーベルナも何かと親身になってくれるエルグラード王妃に相談するようにしていた。
「まさか忍んで来るとは思いませんでした。ザーグハルドの皇女だというのに」
「夫のせいです」
バーベルナはシュテファンがいかに無能で非情かを説明した。
「立派に国を導けるクオンのような男性を婚姻相手に選んで欲しかったですわ。そうすれば夫婦関係も良好だったでしょう」
その通りだと王妃は思った。
「自国に戻ったことで、いかにエルグラードが素晴らしい国であるかを実感しました。私も留学が突然できなくなってしまったのは残念で仕方がありません」
王妃はため息をついた。
「突然、貴方が帰国してしまったことに驚きました。理由が理由だけに仕方がないことではありますが、卒業だけはするものだと思っていました」
「私も卒業だけはしたいと伝えたのですが、父も夫も大変な時だと言って許してくれなかったのです」
「本当に惜しいことです」
王妃はバーベルナを見つめた。
「貴方がクルヴェリオンと婚姻していればすぐに王子が生まれ、エルグラードは安泰だったでしょう。ヴェリオール大公妃も必要ありませんでした」
わかりやすい女性だとバーベルナは思った。
「王妃がどのような女性を王太子妃に望んでいたのかはわかっているつもりです。ですが、クオンが女性に目を向けたことだけは評価できると思います」
王妃は反論しなかった。
確かに、執務ばかりで女性に目を向けない状態を脱したと思った。
「正妃を迎える前に女性を一人、試しに側妃にするということは他の国でもありそうです。それが側妃制度の利点ですので」
「側妃制度がある利点については理解しています。ですが、元平民の孤児を選ぶなんて……義務教育さえまともに受けているかどうか怪しいではありませんか!」
学歴を重視する王妃らしいわ。自分だって中卒のくせに。
バーベルナは心底呆れていたが、それを言葉や態度にする気は毛頭なかった。
「リーナは優しそうな女性です。クオンに従順そうでもあります」
「従順なのはいいとしても、それだけの女性が正妃になれるわけがありません!」
バーベルナは首を傾げた。
「ヴェリオール大公妃は正妃になれない女性の称号では?」
「通常は跡継ぎになる王子を産んでから、ヴェリオール大公妃を名乗る許可を与えます。だというのに、子供がいない状態で許可を与えました。なぜかわかりますか?」
「クオンはリーナ以外の妻を持つ気がなく、リーナに自分の子供を産ませる気だからでは?」
リーナの産んだ王子が王太子や国王になる。
結局はヴェリオール大公妃の称号を名乗らせることになるため、先に許しても同じだという判断だとバーベルナは思った。
「その通りです。多くの者も同じように思っています」
「でしょうね」
「ですが、肝心なことを見逃しています。あるいは、知っていて何も言わないのです」
バーベルナは眉をひそめた。
「どういうことですの?」
「多くの国において、称号を与えるのは褒美です。功績への対価や贈り物ということです。違いますか?」
「違いません」
当たり前のことだとバーベルナは思った。
「リーナにヴェリオール大公妃の称号が許されたのは結婚祝いです。ようやく王太子が婚姻を決意し、子供を作る気にさせた功績かもしれません。そう考えれば、跡継ぎの息子が生まれた時には別の褒美を与えなければなりません」
ただの側妃のまま跡継ぎの王子を産むと、慣例通りヴェリオール大公妃になるだけになってしまう。
そこで先にヴェリオール大公妃にしておき、それ以上の格上げは王太子妃か王妃しかない状態にしておく。
跡継ぎの王子を生んだ時、ヴェリオール大公妃の称号は結婚祝いであって、子供の誕生祝いではないと言い張れる。
正当な格上げの機会が得られる。王太子妃になれるかもしれない。
「王家には百年以上王女が誕生していません。第一王子と第一王女を産めば、かなりの功績になります。正妃への格上げを認める声も強くなるでしょう」
「なるほど」
さすがクオンだわ。王妃も息子の狙いを読んでいるわけね。
バーベルナは感心した。
「最終的には国王の判断次第です。私は王妃でクルヴェリオンの母親だというのに、どうしようもありません」
「女性は損です。夫に従うのが当然だと言われてしまいます。私も同じですわ」
バーベルナは深いため息をついた。
「シュテファンはただの婿なのに、私よりも発言権があるのです。政治は男性が扱うものだからといって」
「女性の優秀さを活用したがらない男性は多くいます。王妃の私でさえそれを実感することがあるほどですからね」
王妃とバーベルナの会話は盛り上がった。
優秀だと言われながらも意見を無視される女性として。
夫に不満を持つ者として。
息子を持つ母親としても。
バーベルナも、皇太子である息子の妻は最高の女性であって欲しい。
元平民の孤児は絶対に許さない。どんな方法を使ってでも婚姻を阻止する。
そう思うからこそ、王妃の気持ちを理解できた。
「本当に残念で仕方がありません。貴方ほどエルグラード王太子妃に相応しい女性はいないというのに」
私の後釜に据えたキフェラ王女にもそう言っていたのではなくて?
そうでなければ、キフェラ王女があれほど長く居座ることはなかっただろうとバーベルナは思っていた。
「高く評価していただけて嬉しいですわ。ですが、学生時代の私はよく学ぶと同時によく遊んでもいました。どちらにおいても全力で臨まなければ得るものがないと思い込んでいたのです」
「知っています」
王妃は答えた。
「貴方はただ遊んでいたのではありません。勉強として遊びを経験していただけのこと。それがどのようなことに役立つのかは未知数ですが、貴方の経験を豊かにしたことでしょう」
「その通りです」
バーベルナはさすがだと言わんばかりに頷いた。
「学校でも友人は作れますが、より多くの場に足を向けたことで交流相手が増えました。友人と知人の多さも私が誇れることだと思いますわ」
「そうでしょうね」
バーベルナの交流範囲が広いことについても王妃は高く評価していた。
「クルヴェリオンは社交が苦手です。貴方が王太子妃として支えてくれれば、社交面でも心強かったというのに」
「リーナも人当たりは良さそうですが?」
「社交は苦手のようです。純白の舞踏会を見れば、国際的にもどう見られているかは明らかです。所詮、卑しい出自だと陰で囁かれていたのです」
「そのようですわね。だからこそ、王妃の支えが必要では?」
王妃は眉をひそめた。
「王妃教育をしろと言うのですか?」
「リーナは社交が苦手だとおっしゃったではありませんか。それを助ければ、王妃に恩を感じます。王妃に従うようになるのでは?」
王妃はバーベルナをじっと見つめた。
「私はリーナを従えたいわけではありません。問題外なのです」
わかっているわ。卑しい出自の者だけに王家から排除したいのでしょう?
バーベルナは心の中で答えた。
「王妃はエルグラードで最高位の女性に相応しいとして選ばれました。このまま活躍の場を失うのはエルグラードにとって大きな損失です」
バーベルナは王妃を真っすぐに見つめ返した。
「国外にいた私から冷静に見ると、王妃の力が弱まっています。ですが、リーナを活用すれば盛り返せます。まずは王妃の力を回復させることを優先すべきでしょう。クオンも母親とリーナが仲良くして欲しいと願っています。息子を喜ばせるのも母親の務めでは?」
王妃は乗り気ではなかった。
だが、国王からリーナを教育するよう言われている。
このまま何もしなければ、国王に逆らったという名目を与えてしまうのはわかっていた。
「かつて、王妃は王太子や王子の教育担当でした。王族妃の教育も担当するのは当然です。他に適任者はいません。第一側妃に教育を任せるのですか? リーナが他の側妃を頼って教えを乞うのはよくありません」
「そうですね」
ようやく王妃は同意を示した。
「エンジェリーナがしゃしゃり出て来たら大変です。後宮住まいの側妃だったというのに、王宮のことがわかるわけがありません」
「公務の視察があるなら私を誘ってください。皇女としてより勉強したいのです」
「貴方は本当に勉強熱心ですね」
ザーグハルドの状況は決して良いとは言えない。暗雲が立ち込めている。
それでもエルグラードにいることを無駄にしないよう勉強しようとしている。
バーベルナはまさに生まれながらの皇女、気高き精神を持つ女性だと王妃は思った。
「ついでにリーナも誘ってください。私だけを誘うとクオンが不機嫌になりそうなので」
国王の命令もあるだけに、仕方がないと王妃は思った。
「わかりました。そろそろ公務を再開してもいいという話がでていたので、貴方を連れて行きましょう。リーナにも勉強させなければなりません」
「素晴らしい勉強の機会が得られますわ。楽しみです」
バーベルナは皇女らしい優雅な笑みを浮かべた。
 





