1134 ご褒美(一)
メロディは指定された日時に王宮へ行った。
ヘンデルに会えると思うと胸が高鳴って仕方がない。
ドレス良し! 髪型良し! 化粧良し! 礼儀作法にも気を付けないと!
極悪美少女モードの封印も再確認。
ヘンデルがいればどんな事態も乗り切れると信じられる。
淑女の仮面をしっかりと被ったつもりのメロディだったが、待合室の中を見た瞬間、仮面が剥がれ落ちそうになるのを感じた。
「こんにちは。キュピエイル侯爵令嬢」
「こんにちは。ウェストランド侯爵令嬢」
貴族らしく挨拶をした後、メロディはラブの対面側の席へ座った。
案内の官僚がいなくなると、途端にメロディの目が釣り上がった。
「酷いわ! なぜ、何も教えてくれなかったの?」
「落ち着いて。私も同じ気分だから!」
ラブも顔をしかめた。
「騙されたわ! 計略よ!」
メロディは瞬時に察した。
「突然呼び出されたの?」
「そうよ。パスカルにね!」
二人は無言で見つめ合い、頷き合った。
どう考えても、ヘンデルとパスカルで示し合わせていると。
「メロディが王宮に行く日時を確認しておくべきだったわ」
手紙はそれぞれの家に届いた。
ラブとメロディが会っていなければ、何も知らずに王宮へ来るだけ。
偶然遭遇したということになりそうだった。
「しかも、代筆の手紙だったわ!」
レーベルオードの便箋ではない。王宮で使用されている官僚用であることをラブは伝えた。
「ヘンデルの字は知らないけれど、官僚用の便箋だったわよね? それも代筆じゃない?」
「それは気づいていたわ。官僚印があったから」
上位役職者の官僚は偽造防止のためもあって自身では書類を書かない。
サインや官僚印のみで承認するような形を取っている。
つまり、王宮への呼び出し状のような手紙は部下か書記官が書いたもの。
それを上司であるヘンデルやパスカルが承認として印を押し、郵送したものだった。
「仕事っぽい用件の可能性もあるわね。二人ともヴェリオール大公妃付きだし」
「そうね。リーナ様の代わりに自分達の名前で呼び出した可能性もあるわ」
いくらでも考えようがあるだけに、待ち時間を退屈に思うことはなかった。
やがて。
「待たせてごめんね」
ヘンデルが待合室にやって来た。
その後ろにはパスカルもいた。
「お待たせしてすみません。会議が長引いてしまいました」
パスカルもまたラブに謝罪した。
「確認させていただきたいのですが、私とメロディは同じ用件で呼ばれたのでしょうか?」
嫌味をたっぷり込めて、ラブは質問した。
「違うよ」
答えたのはヘンデル。
「一応は別々。プライベートってことになっているけれど、仕事もあるから半々かな。待合室を一緒にしたのは、話し相手になると思ったからだ。別々の部屋が良かった?」
「そうでしたか。ご配慮ありがとうございます」
ラブはヘンデルを睨みながらお礼を伝えた。
「怒ってるなあ。ウェストランド侯爵令嬢のアフターフォローはパスカルの担当だけど」
「善処します」
「じゃあ、メロディは俺と移動しよう。仕事もあるからエスコートはできない。ごめんね?」
「大丈夫です。お忙しい中、時間を取っていただけるだけでも嬉しいです」
メロディは緊張しつつも優等生らしい言葉を返した。
「さすがメロディだ。淑女だね。そう言ってくれて助かるよ」
先に部屋を退出したのはヘンデルとメロディ。
残されたラブはパスカルを睨んだ。
「何をする気? 仕事があるって言ってたわよね?」
「それはいずれ。ですが、なぜ睨まれるのか理由を聞いても?」
パスカルは冷静な表情で尋ねた。
「王宮へ呼んだのが不満だったのですか? それとも友人と同じ待合室だったのは嬉しくなかったということですか?」
「メロディが可哀想だと思ったのよ」
ラブは率直に答えた。
「首席合格のお祝いのことを二人で前から話していたのよ。メロディはヘンデルに会えるのを楽しみにしてたのに、私が待合室にいたらなぜって思うに決まっているわ!」
「配慮が裏目に出てしまいましたか」
「そっちなりに気を遣ってくれたのはわかるけれど、プライベートなら待ち合わせ場所を被せない方がいいと思うわ」
「参考にします。ただ、こちらとしても周囲に勘繰られたくありませんでした。若い女性と二人だけで会うのは注意しなければなりません」
パスカルやヘンデルが若い女性を王宮に呼び出すと、それを知った人々が勝手に想像を膨らませる。
プライベートな用件として別々に呼び出したものの、待合室を一緒にすることによって、秘匿するような案件ではないということを暗に示したということだ。
「……それもそうね。友人のことだから冷静になれていなかったわ」
パスカルとヘンデルは王族の側近だ。その一挙一動に注視する者は大勢いる。
醜聞を避けるためにも、王宮にプライベートで誰かを呼ぶ際はかなりの注意が必要であることをラブは理解した。
「では、移動します。エスコートはできませんが、ご理解ください」
「言動が貴族というよりも官僚モードっぽいわね。了解」
パスカルに続いてラブは待合室を出た。
その視界に入ったのは一人の護衛騎士。
「知っているとは思いますが、私には常に護衛騎士がつきます。彼は筆頭なので、よく見かけることになるかもしれません」
「……ユーウェイン・ルウォリスでしょ? 元近衛だし、前に見かけたことがあるわ」
ラブは護衛騎士の情報を思い出しながら、パスカルと二人きりになることはないということもまた思い出した。
メロディが連れていかれたのはヴェリオール大公妃の応接間だった。
「ちょっとだけ話があるから」
「わかりました」
リーナに会えるとは思ってもいなかったメロディは緊張した。
それでも貴族の令嬢としてしっかりと作法通りの挨拶をした。
「急にすみません。でも、ヴィルスラウン伯爵に教えて貰ったので」
ヘンデル様に教えて貰った?
メロディは困惑した。
「王立大学の入学試験に合格したと聞きました。飛び級での合格はとても難しいのに、首席だったそうですね。本当に凄いです! おめでとう!」
お祝いの言葉を聞いたメロディの表情は輝くばかりの笑顔になった。
「ありがとうございます! リーナ様からそう言っていただけるなんて、光栄です!」
「カミーラの結婚式のことでも大活躍だったとか。披露宴でピアノを演奏したと聞きました」
「突然頼まれて……でも、心を込めて演奏しました。それが伝わったのか、とても喜んでいただけて良かったです」
「楽器を演奏できるなんて本当に凄いです。貴族はたしなみとして習う人が多いそうですね?」
「そうですね。でも、すぐにやめる人も多いです。楽器を弾くより聴く方が好まれるといいますか」
「なるほど」
メロディはリーナとのおしゃべりに夢中になった。
音楽の話題や大学の話題だったために話しやすかった。
「ヴェリオール大公妃、そろそろ」
ずっと控えていたヘンデルが頃合いを見計らって声をかけた。
「すみません!」
リーナも時間を忘れるほどメロディとのおしゃべりに夢中になっていた。
「今日は時間があるのでここまでということで。大学に通うのは大変だと思いますが、頑張ってください!」
「はい! 頑張ります!」
「では、行ってらっしゃい!」
にっこり微笑むリーナを見て、メロディはキョトンとした。
「え? どこにですか?」
本音がポロリとこぼれ落ちた。
「デートですよね?」
えーーーーーーーーーーーー!!!
メロディの顔は瞬時に真っ赤になった。
「気分だけです。仕事もあるので」
ヘンデルは軽く微笑みながら答えた。
「じゃあ、行こうか?」
「……はい」
胸の鼓動が痛すぎると思いながら、メロディは退出の挨拶をした。





