1130 希望通り
王族専用の控えの間から戻ったセイフリードは自分の席ではなく、リーナの所へ向かった。
「リーナ」
「はい?」
自分の所へ来たセイフリードを見てリーナは驚き緊張した。
「フリーのダンスを僕と踊って欲しい。兄上の許可は貰った。先に練習しておく」
「練習ですか?」
どういうことなのかとリーナは思った。
「デビューダンスは最後にする。それまで座っていると、足が動かなくなりそうだ」
「わかりました!」
ダンス相手が到着したが、途中でするよりは最後にした方がいいという判断になったのだろうとリーナは予想した。
「足ならしですね!」
「お前と組むのも練習するのも慣れているからな」
「足を踏まないように頑張ります」
「お前はいつまでたっても初心者だ。技能ではなく気持ちの方が」
小声で立ち話をしながらセイフリードは会場の様子を探った。
「そろそろ行くぞ。手を」
差し出されたセイフリードの手にリーナは自身の手を乗せ、席から立ち上がった。
「光栄です」
「そうだろう。成人した僕が初めてエスコートする女性になれた」
そう言われてリーナは気づいた。
「栄誉ですね!」
「家族を優先するのは当然だろう?」
家族……。
強く沸き上がる喜びがリーナの全身を駆け巡り、満面の笑みを咲かせた。
「嬉しいです。とっても! 家族として精一杯頑張りますね!」
「元気そうだな。昼寝のおかげか?」
「しっかり休んでおきました。そうするのがセイフリード様のためだと思って」
「それでいい。夜の予定に備えての準備だからな」
リーナとセイフリードは注目の的だった。
二人がダンスをすることへの配慮として、踊る場所が空くのを待っていたペアが次々と下がっていく。
フリーのダンスであるにもかかわらず、次に踊るのはセイフリードとリーナだけになった。
「全員いなくなってしまいました」
「そうだな」
「私達だけで踊ると、目立ってしまいますよね」
些細なミスであってもわかってしまいそうだリーナは思った。
「失敗しないようにしないと」
「楽勝だ」
それは予想だったが、結果にもなった。
リーナとセイフリードは一度も失敗することなく無事に踊り終えることができた。
二人への惜しみない拍手が沸き起こり、力強く響き渡った。
「練習の成果が出たと思います! これまでで一番うまく踊れた気がしました!」
「僕も同じだ。とても踊りやすかった」
「他のペアがいなかったので、ぶつかる心配をしなくてすみましたね」
「そうだな」
取りあえずは一曲。無事踊り終えたことにセイフリードは安堵し、自信を感じた。
自然と笑みが浮かび上がっていく。
「セイフリード様の笑顔は貴重です」
リーナに指摘されても、セイフリードの笑顔は消えることはなかった。
「今の内に見ておくといい。その内、また不機嫌になる」
「ラッキータイムですね!」
笑いたい衝動をセイフリードは素直に受け入れた。
すでに成人王族。
未成年だからと我慢を重ね、抑え込んできたこれまでの自分とは違う。違っていいのだと思うことができた。
「お前は本当に面白いな」
「えっ、そうですか?」
「違った。珍しいだった」
セイフリードは最高に気分が良かった。
長兄との結婚によって離れてしまったはずのリーナは自分の隣にいる。
多くの人々の前で堂々とエスコートした後、二人きりで踊った。
離れていない。側にいる。触れ合うほどの距離だ。エスコートもダンスもできる。
成人王族の権利だけでなく、家族としての権利もまた堂々と行使できるのだとセイフリードは思った。
「見事だった」
席に戻っていたクオンが立ち上がり、リーナとセイフリードを出迎えた。
「お前達以外のペアがいなくなったのを見て、自分のことのように緊張してしまった」
「私も緊張しましたが、セイフリード様が心強い言葉で励ましてくれました」
「リーナのおかげで練習できた。最後のダンスも大丈夫そうだ」
「良かった」
セイフリードはリーナの手を取り直し、兄の方へと差し出した。
「寛大で愛情深い兄上に心から感謝します」
「感謝するのは私の方だ。家族としてリーナを誘ってくれたのだろう? これほど嬉しいことはない」
クオンはリーナの手を取りながら微笑んだ。
「とても誇らしい気分だ。素晴らしい妻と弟がいる」
「私もクオン様のことが誇らしいです」
「その通りだ。兄上ほど誇らしい者はいない。リーナにも感謝する」
「家族として力になるのは当然ですから!」
三人の笑顔は幸せをあらわすように輝いていた。
レイフィールが席を立った。
「リーナは私の家族でもある。力になってくれないか? 一緒に踊りたい」
「クオン様、よろしいでしょうか?」
「勿論だ。楽しんで来い」
「はい!」
レイフィールがリーナに手を差し出した。
「行こう!」
「元気そうに見えますが、お疲れではありませんか? 無理をしてないか心配です」
「問題ない。普段から鍛えているからな」
レイフィールがリーナを連れて壇上から降りていく。
席に戻ったクオンはエゼルバードの方へ顔を向けた。
「不満気だな?」
「少し疲れただけです」
「リーナと踊ってきたらどうだ?」
エゼルバードは驚いた。
「よろしいのですか?」
「私の代わりだ。エゼルバードなら完璧に踊ってくれるだろう?」
「兄上のためならどのようなことでも完璧にこなします。リーナの足の負担を考え、下で待ちます」
「レイフィールに順番待ちをアピールする気だな?」
セイフリードが指摘した。
「どうとでも」
早々とエゼルバードは席を立った。
「やる気が感じられる。元気が出たようだ」
「兄上の力だ。エゼルバードを不機嫌から救った」
クオンは笑みを浮かべた。
「弟を救うのは兄の務めだ。セイフリードも遠慮するな。必ず力になる」
「兄上のおかげで僕の希望通りになった」
「私の方こそ希望通りだ。セイフリードが心からの笑みを浮かべる成人式であって欲しいと願っていた」
兄上……。
セイフリードは満面の笑みを浮かべ、最強最高の兄がいることに心から幸せだと感じた。
 





