1127 成人式
エルグラードに春が来た。
その暖かな空気は人々の心を包み込み、期待をより強く大きく膨らませた。
そして、ついに第四王子セイフリードの成人式の日が訪れた。
エルグラード国民にとって、王族の成人は国家行事であり一大イベントでもある。
朝早くから王都中の人々が緊張と興奮に包まれ、特別な一日が最高に素晴らしいものであるよう願っていた。
リーナはヴェリオール大公妃としての予定が組まれており、朝早くから準備をして待っていた。
この日の予定は分刻み。
遅延する可能性も予想された上での予定だが、可能な限り時間通りに進めなくてはならない。
遅延の理由が自分にならないようにすることが、リーナにとっての重要事項でもあった。
クオンもまた同じく。
「時間だ。急いで移動しよう」
「はい!」
成人する第四王子の国王謁見式。
この日のために用意されていたセイフリードの衣装は大国エルグラードの王子らしく、豪華で壮麗な刺繍が施されている。
何よりも目立つのは成人王族の印である長いマント。
エルグラードにおいて最高の技能を持つ刺繍職人達が手掛けた芸術作品ともいえるが、そのメンバーには第三側妃も含まれていた。
「我が父にしてエルグラードのハーヴェリオン国王陛下にご報告申し上げます。我、エルグラードの第四王子セイフリードは本日十八歳になりました」
セイフリードの正装姿に父親は感動していたが、国王としての威厳ある態度を懸命に維持した。
「エルグラード国王として第四王子セイフリードの成人をここに宣言し、王族男子としての正式な権限を与えることを認める。セイフリードよ、エルグラードの王子としての力を正しく使うように。それは王家のためであり、国のためであり、国民のためである。ゆめゆめ、その使命を忘れないよう心に刻むのだ」
「承知いたしました」
セイフリードと国王によるやり取りが終わると、伝統的かつ重要な儀式を見守る全員が盛大な拍手をした。
「成人の証をここに」
王家の紋章が刻まれた剣が用意され、成人の証としてセイフリードに贈られた。
再度大きな拍手が沸き上がる。
「これにて成人の謁見を終了する」
その次に行われるのは王宮に集まる貴族達の中をセイフリードが通ることで、忠誠の証としての一礼と拍手を受け取る儀式。
王宮の長い広間と廊下を通りながら最高礼と拍手でセイフリードは讃えられ、成人した姿を国民に披露するパレード用の馬車へと乗り込んだ。
「出発!」
華麗な礼装の騎士達に守られた黄金の馬車が王宮を出発し、王都を巡るパレードが始まった。
護衛部隊の責任者は兄である第三王子レイフィール、
セイフリードの乗った馬車を後列から見守る形でパレードに参加する。
それ以外の王家の者は国王主催の昼食会まで休憩になった。
ヴェリオール大公妃の居間。
「……緊張しました」
リーナはクオンとエゼルバードと一緒にいた。
「心臓がドキドキしてしまって、息苦しい感じもして、どうなることかと思いました!」
「セイフリードが失敗するわけがない」
弟への絶対的な信頼があるからこそ、クオンは冷静だった。
「だが、父上の方はわからないとは思っていた」
「そうですね」
エゼルバードも儀式がうまくいくかどうかは国王にかかっていると思っていた。
「練習では泣いていたそうですから」
末の息子までもがついに成人すると思うと父親として胸に込み上げるものがあり、国王としてのセリフを言えなくなってしまった。
練習中はそれでもいいが、本番で国王に号泣されては進行できない。
何度も練習を重ね、本番までに涙を枯らしてておけばいいと周囲に言われるほどだった。
「本番で泣いたのは生母の方だったな」
セラフィーナは溢れる涙を抑えきれず、懸命に声の方を抑えていた。
「予定通り戻って来れるかどうか」
クオンは愛用の腕時計で時間を確認した。
パレードは時間がかかる。
そして、遅延しやすい。
主役が戻ってこなければ、昼食会は始まらない。
「距離だけ見れば、前回よりも圧倒的に短いのですが」
「レイフィールの時は長かったからな」
レイフィールは母親が元平民だということもあり、平民街を多く通りたいという希望を出した。
そのせいでクオンやエゼルバードの時よりもはるかに長い距離になり、昼食時間は最初から遅めに設定されていたが、それでも間に合わずにより遅延した。
「レイフィール様のパレードは私も見に行きました!」
少し遠い平民街の方で王子のパレードがあると聞き、リーナは孤児院仲間と一緒に見に行った。
「あっという間に馬車は通り過ぎてしまったのに、多くの人々が喜んでいました。王族は一瞬で人々を幸せにできる存在だと思いました」
リーナは王族のパレードを見に来た国民の一人であり、その言葉は国民の気持ちを代弁している。
クオンとエゼルバードは嬉しくなると同時に、王族としての責務に励まなければと感じた。
「今更ながら、私もできるだけ長いコースにした方が良かったのかもしれない。そうすれば、より多くの国民が見やすかった。リーナも見に来てくれたかもしれないな?」
「そうですね。レイフィールの時だけというのは残念です」
クオンとエゼルバードはレイフィールが羨ましくなった。
「年齢的に行かなかったと思います。混雑した場所に子供が行くと、もみくちゃになって怪我をしやすいので」
「そうか。そうだな」
「興奮する民衆が多くいる中で、子供の安全を確保するのは大変でしょう」
「王立学校の方は通るのでしょうか?」
「通る」
「王立学校の生徒は学校付近でパレードを見ると優遇されます」
昔の思い出話に花を咲かせながら、久しぶりに兄弟の時間をクオンとエゼルバードは過ごした。
「昼食会の後も大変だ」
昼食会の後は王家主催の披露会がある。
天気が良いために庭園を使って行われるが、そのせいで参加者は多数。
セイフリードだけで対応するのはかなりの負担になるため、花を添えるためにも兄弟が順番に顔を出すことになっていた。
「三人で分担すればいいのは楽だ」
クオンが成人の時は一人。弟達は未成年のために披露会には参加できない。
王太子としてひたすら貴族達の挨拶を受け続けなければならなかった。
「レイフィールの時は早かったですからね」
「パレードのせいで全体の予定が遅延したからな」
「私はどうすれば? 昼食会の後の予定は聞いていないのですが、披露会に出るのでしょうか? それとも出なくていいのでしょうか?」
「昼寝だ」
「昼寝です」
体力がいる一日だけに、女性にはかなり辛い。
王族妃は休憩。夜に備えて昼寝をしておくのが望ましかった。
「贅沢な予定ですね。いいのでしょうか?」
「夜中まで起きていなければならないからな」
未成年の王族は遅くまで催しに参加してはいけないが、成人式の日は逆。
成人の証として夜中まで参加しなければならない。
王族妃も同じ。成人するセイフリードへの配慮として二十四時を過ぎてから退出することになっていた。
「進行状況によるが、王族妃の退出は一時以降になるだろう」
「遅いですね」
普段、早寝早起きだけにリーナは大変だと感じた。
「私はもっと遅くなるだろう。エゼルバードはどうする?」
「レイフィール次第です」
レイフィールはセイフリードが退出するまで付き合うつもりでいる。
だが、警備責任者としての重責を担い、パレードなどの行事にも参加している。
疲労が溜まった夜中は辛くなる可能性があった。
「日の出を過ぎれば終わりです。夜更かしには慣れているので、私に任せていただいても大丈夫です」
「心強い」
「では、今の内に少しだけでも眠っておきます」
エゼルバードは部屋に戻り、仮眠することにした。
「昼食までに起きられるのか?」
「今日は起きます。ご安心を」
エゼルバードが部屋を退出すると、残ったのはリーナとクオン。
「昼食会までどうされるのですか?」
「二人だけで過ごそうと思っていたが、仮眠するのも悪くはない」
「仮眠されますか?」
「もしかして、眠いのか?」
リーナはキョトンとした。
「いいえ。仮眠するのはクオン様ですよね? 私は後宮の方に行って来るので大丈夫です。いくらでもすることはありますから!」
リーナは一緒に仮眠するとは露ほどにも考えていなかった。
「今日は祝日だ。仕事はしない方がいい」
「新しい庭園の進行状況を見ながらの散歩です。昼食までに体を動かしておかないと、お食事が入らない気がして。フルコースですよね?」
「そうか。私は少しだけ仮眠してくる」
クオンはすぐに部屋を退出した。
「では、後宮へ行きます!」
「かしこまりました。同行する侍女ですが、後宮の者でもいいでしょうか?」
控えていたレイチェルが尋ねた。
「そのつもりです。私が後宮に行っている間に、王宮にいる者は少しでも休んでくださいね」
レイチェルも控えていた侍女達も驚いた。
リーナが後宮へ行くのは新しい庭園の進行状況を確認するためや散歩のためだけではない。
王宮にいる者に少しでも休んで欲しい、仕事の負担を軽減したいという配慮だった。
「なんと寛大で慈悲深いお言葉でしょう! リーナ様付きであることを心より誇りに思います!」
レイチェルは感動で心を震わせながら答えた。
「ありがとうございます。でも、私も皆のことを誇りに思っています。侍女の仕事をしていたからこそ、皆の仕事の大変さもその素晴らしさもわかっていますから」
リーナは優しく微笑んだ。
「休めそうな時に休んでおく方がいいこともわかっています。昼食会の時間を考えて戻ります。戻る時は先に伝令を送りますね」
「よろしくお願いいたします」
「では、行ってきます!」
リーナは護衛騎士だけを連れて後宮へ向かった。
「さすがリーナ様としか言いようがありません」
侍女の気持ちをわかっている。
戻って来る際は先に伝令で知らせて欲しいことまでも。
「本当に」
「経験がまさに活かされています」
レイチェルも部屋付き当番の侍女達も、リーナに心底敬服していた。
「リーナ様の配慮をありがたく活用します。今の内に休める者は休んでおくよう通達しなさい」
「はい!」
「直ちに!」
王宮にいる王太子兼ヴェリオール大公妃付きの者は、リーナが後宮から戻るまでの間に再度不備がないかを確認し、手の空いた者から休憩することになった。
しばらくは成人式の日のお話が続きます。
(一日が一話で終わらないのはいつものことですが)
よろしくお願いいたします!





