1118 紹介の夕食会
クオンは私的な夕食会を開き、リーナとバーベルナの顔合わせを行った。
「リーナです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
バーベルナは王立学校の中等部から留学していただけに、学生時代のクオンを知っている。
その頃のことをリーナに教えると言い、バーベルナは学生時代の話題を次々と取り上げた。
「エルグラードの王太子なら女性にモテないわけがないわ。でも、結婚相手は自分で決めるとクオンは呪文のように言っていたわ」
バーベルナは皇女だけに、自身の未来は皇帝に決められてしまうとわかっていた、
王太子であるクオンも同じ。エルグラードのために自分を犠牲にしなければならず、国王の勅命があれば従わなければならない。
せめて一つぐらいは自分自身の選択でありたいと願い、結婚相手を決めることにしたのだろうと推測した。
「そうよね、クオン?」
「大体においてはそうかもしれない」
「周囲にいる女性達に選ばない、期待するなって示していたのでしょう?」
「女性達は両親や周囲に踊らされていると思った」
友人として親しくするのはいいが、あまりにも親しいと婚姻する気があると勘違いされてしまうかもしれない。
友人を傷つけないためにも、縁談が持ち上がらないようクオンなりに考えた結果、言動による工夫をしていた。
「でも、周囲に女性を完全に寄せ付けないということでもなかったわね。舞踏会のように異性と組まなければならない行事や予定があるから。友人としてキープしておけば、その中から順番に選べばいいってわけよ」
図星だけにクオンは反論しなかった。
「私はその中の一人ってわけ。皇女の身分もあって、結構選んでくれたわよね?」
「一番面倒がなかった」
ザーグハルド帝国とエルグラードは国境を接していない。
留学が終わってバーベルナが帰国してしまえば、何らかの噂が出ても自然と消えるだろうとクオンは思っていた。
「婚姻して少しはましになったのかもと期待したのに、相変わらず朴念仁ね。どうやってリーナを口説いたの? まさか、結婚しろと命令したわけではないでしょうね?」
クオンは顔をしかめた。
「命令はしていない。あまり詮索するな。給仕がいる」
「下がらせなさいよ。ぜひとも聞きたいの。愛する女性と結婚したわけでしょう? 当然、愛を囁いたわけよね? あのクオンが! 本当に奇跡だわ!」
バーベルナは冷やかすような笑みを浮かべた。
「リーナ、教えてくれるわよね? 愛する人に告白されて嬉しかったでしょう?」
「嬉しかったです」
リーナは照れながら答えた。
「でも、よくよく考えると、告白したのは私の方ではないかと」
「そうなの? 勇気があるのね!」
バーベルナは驚いた。
「でも、いつ告白したの? 同じ学校に通っていれば告白しやすいでしょうけれど、リーナは働いていたのよね? 第四王子付きだったと聞いたわ。その時にクオンと会ったの?」
「それは」
「守秘義務だ!」
クオンは強い口調で言った。
「働いていた時のことは守秘義務がある」
「そうでした」
リーナも思い出した。
「仕事を辞めてからも話してはいけないことになっているのです」
「でも、公式に発表されたでしょう?」
バーベルナはわからないというように首をひねった。
「駐在大使が色々と送って来たのよ。エルグラード王太子の結婚相手を教えるための特別展があったのよね? そのパンフレットを見たわ」
「だったら直接聞くな。パンフレットの通りだろう」
「詳細ではなかったもの」
「詳細は黙秘する。プライベートを詮索するな。バーベルナのプライベートを私が話してもいいのか? 学生時代のことなら私も知っている」
学生時代、派手に遊んでいたバーベルナは分が悪いと感じた。
「リーナは後宮の召使いだったのに、どんどん出世して王族付きになったのでしょう? 優秀だったのね」
「優秀かどうかはわかりませんが、一生懸命仕事をしました。その努力が認められたのだと思います」
「そう。幸運ね」
バーベルナは微笑んだ。
「世の中にはどれほど努力しても認められない者もいるわ。私がまさにそう。エルグラードに留学して国際的な教養を身につけたわ。全てはお兄様を支えるためだったのに」
バーベルナの兄は聡明で、多くの人々に愛されていた。
だが、病弱で、時に優柔不断でもあった。
皇帝は息子が傀儡にならないか、ルエーグ大公家に皇帝位を奪われてしまわないかと心配になり、バーベルナの婿に優秀な者を望んだ。
皇帝はバーベルナをエルグラードに留学させることを決め、エルグラード王太子の周囲に集まる優秀な者達の中から婿養子の候補を探せと命じた。
バーベルナはそのことを公言していたため、絶対に婿入りできないクオンのような王太子や長男の跡継ぎである男性達からは安心して交流できる友人とみなされていた。
また、バーベルナは兄の嫁候補を探すことも命じられていることも公言し、ザーグハルド皇太子妃の座に興味がある女性達が集まっていたこともあって、多くの友人を作ることができた。
「まさかお兄様が急死してしまうなんて思わなかったわ。そのせいで留学は中止。政略結婚を命じられてしまったわ」
皇帝位の継承権は直系の男子優先。そのままでは皇弟ルエーグ大公が皇太子になってしまう。
皇帝は弟に皇帝位を譲りたくない。バーベルナが皇子を産めば孫を皇太子にできる。
バーベルナは兄の親友だったシュテファンとすぐに結婚させられ、皇子を生んだ。
これで全てが良くなるとバーベルナは思ったが、そうではなかった。
「夫のシュテファンは財政再建に取り組んでいるけれど、全然結果を出せないわ。その原因はお父様と叔父様にあるのよ」
最も大きな予算である皇帝予算と皇弟予算は減額対象外。
なぜなら、皇族の護衛を担う騎士団の予算が含まれているからだ。
皇帝もルエーグ大公も自身の身を守る騎士の数を減らしたくない。増やしたがった。
二人の対立が深まるほど騎士の数が増え、その費用が莫大な額になっていた。
皇帝とルエーグ大公の対立がなくなれば、騎士団の予算を減らせる。
バーベルナは自分の考えをシュテファンに伝えたが、どちらかが死ぬまで無理だという答えが返って来た。
「叔父様は私と息子のアルフォンスを結婚させたかったみたい。そうすれば、アルフォンスが皇太子になれるでしょう? 叔父様は息子や孫が皇帝になれるならといいと妥協したのよ。でも、お父様は血が近いといって私とシュテファンを結婚させたのよ」
皇帝とルエーグ大公が和解する絶好の機会が失われてしまった。
バーベルナがそのことを知ったのはシュテファンと政略結婚し、皇子を生んだ後。
今となっては修正できない。
「正直、疲れたわ。帝国にいても何もするなと言われるばかりだし、いっそのことまたエルグラードに留学したいわ。でも、間違いなく留学費用の捻出をしぶられるでしょうね」
バーベルナは深いため息をついた。
「クオンとリーナが羨ましいわ。相思相愛で結婚できたんだもの。そろそろ、子供が生まれそう?」
「え!」
リーナは驚いた。
「子供ですか?」
「いないの? 結婚式は十一月でしょう? もう四月よ?」
「忙しかった」
クオンは憮然とした表情で答えた。
「結婚することが最優先だった。そのせいで執務に忙殺された。新婚旅行でゆっくりするつもりだったが、予定外のこともあって現在に至る」
「なるほどね」
婚約発表は夏の終わり。
通常は一年程度の婚約期間を設けて準備をするが、そうしなかったせいで婚姻準備に追われ、執務は山積み状態。
春先に予定されていた新婚旅行も中止。
クオンは結婚したものの、それ以外については順調とは言いにくい状況であることをバーベルナは察した。
「もしかして、新婚期間は婚約期間も同然?」
「プライベートを詮索するなと言ったはずだが?」
「本当に仕方がない人ね」
昔と変わっていないと思ったバーベルナは笑いを堪えられなかった。
「勉強ばかりが執務ばかりになってしまって。リーナ、クオンはこういう人だから気にしては駄目よ? 私の夫のシュテファンもそうだけど、仕事を優先にする男性があまりにも多すぎるのよ。仕事はして欲しいけれど、そのせいで妻をないがしろにするのは駄目だってことをわかっていないわ」
「ないがしろにはしていない」
クオンはすぐに否定した。
「リーナとの時間は確保している」
「そうなの? デートをしているの?」
「している」
「一カ月に一回?」
「週一だ。必ず休みを取る」
「休みを取るだけましね。シュテファンは休みなしよ」
「夕食も必ず一緒に取る。会話もする」
「偉いわ。クオンにしては」
バーベルナは心底そう思った。
「でも、一般的な感覚では不合格ね。デートというのは休みを取ることでも、夕食を一緒に取ることでもないのよ。どこかに二人だけで外出することが主流かしらね?」
「外出は難しい。今の状況では特に」
「そうでしょうね。だから、リーナは私と一緒に出かけましょう?」
クオンもリーナも驚いた。
「何だと?」
「一緒にですか?」
「お忍びってやつよ。エルグラードに留学していたおかげで、女性同士で楽しめる場所を沢山知っているわ。クオン、一週間だけ宿泊させて頂戴。リーナと仲良くなりたいの。お願い!」
「賛成できない」
クオンはきっぱりと答えた。
「成人式までは外出を控えるよう通達されている。国王の命令だけに従わなくてはならない」
「成人式はまだ先だわ。近づいたらそれこそどこにも外出できないでしょう? リーナと一緒にいれば、リーナの護衛もいるから安心だわ」
「そういうことか」
バーベルナだけで出歩くのは不安だが、リーナが一緒であればその護衛が同行する。
安全が確保できるという目算だ。
「図々しい」
クオンはわかっていた。
外出する際の費用をことごとくリーナ、つまりはクオンに支払わせる気であることも。
「取りあえず、国王陛下に聞いてみて。駄目なら諦めるけれど、リーナも相応の友人がいた方がいいと思うのよ。皇女ならうってつけでしょう?」
「一週間は厳しい。現状では一泊しか許可が出ていない」
クオンの本音として、バーベルナの学力の高さや向上心はいいとしても、リーナに贅沢三昧の指南をされるのは絶対に避けたかった。
「宿泊先を探さないといけないのに、たった一泊なんて酷いわ。どうしても見つからなかったら大使館に行くことを約束するから、三泊にして。それとも、皇女の友人を野宿させるの? まさか、花街に行けなんて言わないわよね?」
「それは良くないと思います」
花街という言葉を聞いたリーナは黙っていられなかった。
「バーベルナ様はクオン様の友人ですし、ザーグハルド帝国の皇女です。警備の都合で王宮に宿泊させられないことは聞きましたが、安全を考慮した場所に宿泊した方がいいと思います。花街なんて絶対に駄目です!」
「さすがだわ! ヴェリオール大公妃が寛大で慈悲深いという噂は本当ね。エルグラード王太子よりよっぽど話が通じるわ!」
クオンはため息をついた。
「父上に聞いてはみるが、期待はするな。事前連絡がなかったせいで心象が悪い」
「よろしくね」
「私からもお願いします!」
リーナに頼まれたと言えば、父上もエゼルバードもすぐに許可を出しそうだ……。
クオンは心の中で呟いた。
 





