1105 通行規制
王宮の一般エリアは多くの人々が頻繁に出入りして利用する場所。
現在は治安悪化に伴い建物内に入れる者はより限られていたが、王宮に出入りする特権を持つ貴族達にとっては関係がない。
人がいなくて過ごしやすこともあり、いつも以上に高位の貴族達が訪れていた。
そこへ突然、王宮騎士団の騎士達がやって来た。
「これより通行規制の準備に入ります!」
「時間になると通行不可になりますので、ご移動していただけますようお願い申し上げます!」
告知の後、騎士達は通路にポールを置き、ロープをかけていく。
騎士達としては任務の邪魔をされたくない。貴族はどこか別の場所へ移動して欲しい。
だが、貴族達の心情は真逆。
通路の一部を規制するのは時間になると極めて重要な人物が通る証拠。誰が通るのか気になるために留まりたい。可能であれば声をかけられたい、挨拶できないかと考える。
「誰か来るのか?」
それは聞かなくてもわかる。それでも必ず聞く者がいるのもお約束。
「守秘義務があります。申し訳ございません」
騎士がそう答えるのもまた同じ。
だが、答える様子を見て誰が来るのかを予想するのが貴族のたしなみであり、楽しみでもあった。
「誰だと思う?」
「貴殿は?」
早速予想合戦が始まった。
ラファエル・デュシエルもそれに巻き込まれた一人。
勤務中に呼び出されてしまい面倒だと思ったが、側近の一人が重要書類を持って来たとなれば仕方がない。
内密の話もするつもりで庭園がある方へ移動したが、友人達に遭遇してしまったせいで世間話に付き合わされていた。
「ラファエルは誰だと思う」
「興味がない」
ラファエルは乗り気ではない表情を見せたが、友人達は気にしなかった。
「勝負しよう。昼食を賭ける」
昼食時間まで付き合わされるのかと思ったが、職場を離れていることから考えても、このまま昼食に出た方が良さそうだとラファエルは思った。
「仕方がない。誰からだ?」
「どうする?」
「王妃にしよう」
友人の一人が答えた。
「なぜそう思う?」
「王妃の友人は奥に行けない者が多い」
「私も王族妃の誰かではないかと思った。催しもないのに王族がこの辺りへ来るわけがない」
通路の先にあるもので行き先らしいのは催事に使う大広間か庭園。
執務に忙しい王族が来るような場所はない。
厳戒体制のせいで退屈している王族妃の誰かが、普段とは違う庭園を散策しに来たのではないかと予想した。
「その言い方は狡い。一人に絞れ」
「第二側妃にしておくか。ラファエルは?」
「考えるのは側近の仕事だ」
ラファエルは側近を活用した。
側近の予想であれば、はずれても自身の不名誉にならない。
無駄なことに頭脳と労力を使いたくもなかった。
「ヴェリオール大公妃かもしれません」
断定ではなく仮定の答え。
「ヴェリオール大公妃?」
「なぜそう思う?」
「貴族がいるような場所にわざわざ来るというのか?」
ラファエルもその友人達も驚き、その理由を知りたがった。
会いたいからだ。
ラファエルの側近ことアスター・デュシエルは心の中で答えた。
自身は常に幸運を持っている。
目的の人物に会える日はそう遠くはないとアスターは確信していたが、それを正直に伝える必要はなかった。
「本日、後宮で大規模な工事があります。それに合わせて後宮にいる者が避難訓練をすると聞きました。その影響でこの先にある庭園を使うのかもしれません。後宮の者から報告を受けるヴェリオール大公妃が通られる可能性もあると予想してみました」
「そうか。今日は工事日だった」
ラファエルと友人達は思い出した。
「国王陛下が愛の巣を壊す日だ」
「爆破するらしいな?」
「一番簡単だからな」
「少しずつ解体するより費用を抑えられる」
「木星宮も爆破するんだろう?」
「警備のためだと聞いた」
「動物のせいであちこち傷だらけだからだろう」
「側妃のせいで荒れた離宮が消えるわけか」
「第二王子殿下が了承するとは思わなかった。後宮を保存したがっていたというのに」
「暗殺事件のせいだろう。警備のためなら仕方がない」
「無人の宮殿で不審火でも起きたら大変だ」
一気に会話が花開く。
アスターはそれを聞きながら周囲の様子を伺っていたが、やって来た伝令を見て顔を下に向けた。
「伝令です! すぐに通過するので壁は不要とのことです!」
第一王子騎士団の制服を着たピックだった。
「わかった。というか、大きな声で言うな。誰か来るのかわかってしまう」
「すみません。でも、制服でバレバレなような?」
「まあ……それはあるな」
「では、失礼します!」
ピックが立ち去って行く。
その様子を見た貴族達は予想合戦を再開した。
「第一が来た!」
「王太子殿下か?」
「壁がいらないらしい。レーベルオード子爵ではないか?」
「レーベルオード伯爵かもしれない」
暗殺事件後、レーベルオード親子の護衛は第一王子騎士団がしていることを貴族達は知っていた。
「私が有利になった」
ラファエルは笑みを浮かべた。
第一王子騎士団の伝令が来たことを考えれば、王妃と第二側妃の予想はハズレだ。
ヴェリオール大公妃かどうかはわからないが、第一王子騎士団の管轄という意味では最も近い予想になる。
勝負はついたとラファエルは思ったが、
「レーベルオード子爵にする」
「レーベルオード伯爵だ」
友人達は負けを認めなかった。
やがて、王宮騎士達が来て配置についた。
壁は作る必要はないとはいえ、一定間隔置きに一人立っている。
そこにやって来たのはパスカル。
ユーウェインが筆頭護衛として付き従っていた。
「良い息抜きになる。でも、警備関係者が同じであってはいけない」
「気を引き締めるよう通達します」
二人は騎士達に守られた規制ロープの内側を通り過ぎた。
「レーベルオード子爵だった!」
ラファエルの友人は予想が当たったと喜んだが、
「待て」
ラファエルは冷静だった。
「規制が解除されていない」
パスカルのための規制であれば、通り過ぎた後は規制が解除されてもおかしくない。
だが、配置につく騎士達の表情は警戒を維持していることを示していた。
「帰りのためじゃないか?」
そこに第一王子騎士団の制服を着たロビンが先遣者として走って来た。
アスターはまたもや顔を下に向けた。
幸運も過ぎれば不運になる。
だが、アスターは期待してしまう気持ちを抑えられなかった。
「静粛に! 王家の方がお見えになられる!」
ロビンの後から来た第一王子騎士団の護衛騎士が叫ぶと、周辺にいた者達はピタリと口を閉じた。
そして、第一王子騎士団の護衛騎士に守られながら、シンプルなドレスを着用した女性の姿がやって来た。
ヴェリオール大公妃リーナだ。
「私の勝ちだ」
笑みを浮かべるラファエルの影から、アスターは素早く視線を向けた。
リーナ……。
アスターは心の中で名前を呼んだ。
その声は届かない。むしろ、届いては困る。
なぜなら、ヴェリオール大公妃になったリーナを差別し、可能であればその座から引きずり下ろしたいデュシエル公爵家の一員だった。
リーナはまっすぐに前を向いたまま、規制ロープの内側を騎士達と共に歩き去った。
その後に第一王子騎士団の騎士、王太子騎士団の騎士、近衛騎士団の騎士、王宮騎士団の騎士が続く。
これほど多くの警備が必要なのかと思えるほどの人数に貴族達は驚くしかない。
そして、騎士達が通り過ぎた後は色とりどりのドレスに身を包んだ女性達が続いた。
王太子及びヴェリオール大公妃付きの侍女達だ。
更に同じ色の制服ドレスに身を包んだ団体までも続く。
まさに大一団。
その一行が通り過ぎた後、ようやく規制ロープの撤去が始まった。
「庭園は封鎖されている。近づかないように!」
その理由はヴェリオール大公妃と同行する多くの騎士と侍女がいるからであるのは明らか。
貴族達は早速予想の結果に決着をつけ始めた。
「ヴェリオール大公妃だった」
「レーベルオード子爵も正解ではあるが」
「側近として先行したんだろう」
それが正しい答え。
「昼食が楽しみだ」
ラファエルが笑みを浮かべた。
「仕方がない。私が驕ろう」
レーベルオード伯爵を予想した友人が負けを認めた。
「それにしても凄い人数だった」
「確かに。あれほどの同行者を連れて行くとは思わなかった」
「工事のせいで後宮の者が暇だからだろう」
ラファエルが言った。
「なるほど。同行させて警備させるわけか」
「あれほどの者達に囲まれていれば安全に決まっている」
友人達は納得した。
「では、昼食だ。どこがいい? お前の分は私が払おう」
ラファエルはアスターを同席させることにした。
「気遣いは無用です。すぐに帰ります」
「遠慮するな。予想が当たったことへの褒賞だ」
「そうだ。一緒に来い」
「まさか、私達の誘いを断るつもりではないだろうな?」
面倒なやつらだ。
アスターの呟きを知るのは本人のみ。
「どこか良い所はないか?」
「いつもとは違った場所がいい」
「だが、美味でなければならない」
昼食を取る場所の選定する役目をアスターは体よく押し付けられた。
「第四王子殿下が手掛けた官僚食堂が人気だと聞きましたが、外食されるのでしょうか?」
「当然だ」
「あんな場所で食べるわけがない」
「たった十ギールのランチで満足できるわけがないだろう」
世の中には自身で稼がなくても一生生活に困らない立場の者がいる。
ここにいる三人はそういう類の者だった。
「では、特別な場所へご案内します」
「レストランか?」
「どの辺だ?」
「近いのか?」
アスターは微笑んだ。
「大臣通りです」
ラファエルは驚愕した。
大臣通りには最高級集合住宅が立ち並び、かつての大臣や現職の大臣、未来の大臣候補と呼ばれる者達が多数居住している。
王宮へ通勤する時間を一秒でも減らしたい者が金とコネを駆使して住居を確保しているだけに、飲食店を開けるような場所ではなかった。
「大臣通りに飲食店があるのか?」
「そのような店があるとは聞いてないが?」
ラファエルの友人達も信じられないといった表情をアスターに向けた。
「会員制のカフェがあります」
アスターは大臣通りにあるレーベルオード伯爵家及び重職者の情報を手に入れるため、フラットの共用ラウンジを委託業務でカフェやバーにする案を思いつき、部下に営業に行かせた。
最初は難色を示されたが、夜は居住者専用の最高級バーになること、共益部分の清掃を無料で受け持つことで交渉を成立させた。
現在は共同住宅の居住者やその来客者に愛用されているだけでなく、金に糸目をつけない裕福な貴族が特別会員に加わり、最高級のランチを密かに楽しむ場所になっていた。
「完全予約制ですが、私の知り合いが手掛けています。ラファエル様のためであれば、喜んで席を設けるかと」
裏で手を引くアスターのためであっても、物は言いよう。
自尊心をくすぐられたラファエルは笑みを浮かべた。
「私のおかげで特別なランチが楽しめそうだな?」
「そうだな。どのような場所か興味がある」
「大臣通りにカフェがあるとは思わなかった!」
……この程度の情報も入手できないのか。
アスターは心の中で呟いた。
 





