1098 辞令
翌日。
ユーウェインは退団届を胸ポケットに入れて出勤した。
一晩考えた結果だった。
元々、騎士になったのはなりゆきだった。
王太子にも心のままに話してしまった。
偶然だったのかと聞かれ、そうだとは答えなかった。
嘘をついて保身するよりも、自分がどう判断したのかを伝え、どう思われるのかが知りたかった。
ユーウェインにとって、騎士は立派な職業だ。
騎士らしくない者もいるが、それはあくまでもユーウェインの個人的な意見でしかない。
騎士学校を卒業したということが、騎士になれる者であるという社会的な証明だ。
少なくとも、ユーウェイン以外に毒剣を活用しようと考える騎士はいない。
後悔はしていない。正しい判断だった。あの場においては。
ユーウェイン自身はそう思った。
そして、王太子も正しい判断だと言い、ユーウェインを許してくれた。
だとしても、責任を取って騎士を辞める。
それが自分のしてしまったことへの処罰であり、けじめである。
これまでにおいて最も騎士らしい行動ではないかとユーウェインは思った。
「ユーウェイン、ここへ来い」
団長室に出勤したユーウェインはラインハルトに声をかけられた。
「何でしょうか?」
ラインハルトが席を立つ。
同時に団長補佐のタイラーも席を立った。
それは正式な通達があることを意味する。
……退団勧告か?
王太子が許しを与えても、ラインハルトは別。
騎士の中の騎士だからこそ、自分を許さないだろうとユーウェインは思った。
「ユーウェイン・ルウォリスに辞令を通達する。本日付けで護衛騎士補佐に任命する。団長付きは解任。引き続き、ヴェリオール大公妃付きとして勤務せよ」
護衛騎士補佐は護衛騎士の候補者のこと。
護衛騎士を補佐しながら職務に必要なことを学び、能力や経験が認められると正式な護衛騎士に任命される。
出世の辞令だった。
「……私は出向です。護衛騎士補佐にはなれないはずですが?」
「正式に近衛から引き取った」
すでに所属騎士団が変更になっていた。
「私の内部評価は低いと思うのですが?」
護衛騎士補佐になるためには相応しいと思われるだけの内部評価が必要だ。
ユーウェインは新年の疾走訓練で最終戦まで残ったが、評価はされたのは馬術のみ。
ヴェリオール大公妃付きとして警備を担当し、いずれは内部試合においても相応の成績を残すよう言われていた。
「敵の注意を引くために特殊な剣を手に持ち、囮役を務めて耐えきった。決死の覚悟で味方全員を守ったというのに、評価しないわけがない」
ユーウェインは驚いた。
全部知られている……。
ユーウェインが毒剣を奪ったのは、毒剣で敵を切り付けるためではなかった。
毒剣使いを倒しても、毒剣を敵に持ち去られてしまうと意味がない。
騎士は毒剣を手にしただけで不名誉などとは言ってられない。見習いの頃から毒物を含めた危険物を運ぶ仕事をこなしてきた。
毒剣を奪われないためには自分で持つのが確実。ならば、あえて目立つように持ち、囮役になろうとユーウェインは考えた。
毒剣を持つ者は厄介だけに、早く始末しようと思った敵が殺到する。
自ら敵の元へ行く必要がなくなり、素早く敵を倒しやすくなる。
ユーウェインを狙う者が多いほど、味方へ向かう敵の数も減る。
最も危険な役目であり、手段でもあった。
しかし、ユーウェインは多数の敵を相手に戦う術を辺境にいた頃から学んで来た。
絶対に耐えて見せる。
そう思い、決死の覚悟でユーウェインは囮役を務め、襲撃者を返り討ちにした。
「あれは休日中のことです。功績ではないということでしたが?」
「その通りだ。しかし、王太子殿下がお前を護衛騎士補佐にするよう命じられた。王太子殿下の個人的な判断だ」
ユーウェインはまたしても驚いた。
「個人的判断ですか?」
「王太子殿下は公正さを重んじる。本来なら第一王子騎士団内における評価で昇格すべきだろう。だが、極めて高い護衛能力があるのがわかっている。忠誠心もある。だというのに、評価も抜擢もしないのは公正ではないという判断だ」
ユーウェインは信じられないと思った。
何よりも、忠誠心があるという言葉が。
「……王太子殿下は忠誠心があると、言われたのでしょうか?」
「そうだ」
ラインハルトが答えた
「王太子殿下は寛大で慈悲深い。ゆえに、甘い部分もある」
ユーウェインはうつむいた。
「王太子殿下はお前を信じている。陳情のことも剣のことも、自らに不利になるとわかっている上で話した。決死の覚悟であれば、不名誉など関係ない。一人でも多くの味方が生き残れるよう自ら囮役を務め、パスカル達を守った。その全てを忠誠の証として評価したいとおっしゃられた」
ラインハルトが嘘を言うわけがなかった。
だからこその辞令。出世だ。
王太子殿下……。
ユーウェインは胸を抑えた。
苦しい。痛い。
あまりにも嬉しくて。
「確認したいことはあるか?」
「……私は団長付きではなくなるとのことですが、従騎士の方はどうなるのでしょうか?」
「ヨシュアに任せる」
ヨシュアは結婚と同時に退団したが、息子を王都の学校に入れることを見据え、領地から戻って来る気だった。
新設される王宮地区警備隊の役付き採用をする予定だったが、このような状況だけに王太子の命令で第一王子騎士団に復職することになった。
「そうですか」
自分がいなくてもヨシュアがいる。元筆頭なら即戦力。
問題はなさそうだとユーウェインは感じた。
「お前は特別な手段を用いた。王太子殿下は許されているが、私は騎士であり第一王子騎士団の団長だからこその葛藤がある。そこで、団長付きを解任することでけじめをつけることにした。結果を評価する気持ちは変わらない。わかったな?」
「わかりました」
「他にあるか?」
「退団します」
ユーウェインは出向の取り消しを求め、近衛騎士団に退団届を提出するつもりだった。
しかし、すでに第一王子騎士団の方に所属しているのであれば、ラインハルトに直接退団することを伝えればよかった。
「自らの行動に対する責任を取ります。誇り高き騎士達に迷惑をかけるわけにもいきません」
「退団届を書いたのか?」
「書きました」
ユーウェインは胸ポケットから退団届を出すと、ラインハルトに差し出した。
ラインハルトはそれを受け取った途端、勢いよく真っ二つに破った。
「近衛から正式に引き取ったばかりだというのに、退団させるわけがないだろう!」
「襲撃事件でも王太子殿下との謁見でも英断をした。だというのに、今日は違うようだな?」
タイラーの口調も責めるようなものだった。
「ですが」
「責任を取るのだろう? ならば、辞令を受け入れろ!」
「王太子殿下はお前を信じ、許しを与えた。昇進までさせたというのに退団するだと? ありえない!」
ラインハルトもタイラーもユーウェインの退団を許さなかった。
「現在の状況を知っているはずだ! 余計なことは考えずに仕事をしろ!」
確かにタイミングが悪い……。
王太子の寛大な配慮を無下にすることにもなると気づき、ユーウェインは猛省した。
「わかりました。私がつく護衛騎士は誰でしょうか?」
護衛騎士補佐は護衛騎士と共に行動する。
ユーウェインの予想ではラグネス、サイラス、ハリソンの誰か。
ところが、
「パスカルだ」
ユーウェインは眉をひそめた。
「レーベルオード子爵は顧問です。護衛騎士ではありませんが?」
「護衛騎士同等の権限を持っている。護衛騎士同然だ」
護衛騎士補佐は護衛騎士から様々なことを学ぶ。
だが、パスカルは本物の護衛騎士ではない。あくまでも同等、同然だ。
「レーベルオード子爵から護衛騎士の仕事を教えて貰うのでしょうか?」
「一応そうなる」
一応? 大丈夫なのか?
ユーウェインの懸念をラインハルトは察した。
「パスカルは王族の側近だ。護衛騎士に会うことが多い。そういった機会を活用して自ら学んでいけ」
パスカルからというよりも、勤務中に会う護衛騎士から自発的に学び取れということだ。
「これから担当する仕事はパスカルの護衛だ。要人の護衛をしながらヴェリオール大公妃の護衛も務められるよう経験を積めばいい」
「わかりました」
「本当にわかっているのか?」
今度はラインハルトが眉をひそめた。
「お前の忠誠心は十分ではない。なぜなら、お前の信念も行動も個人的なものだ。第一の騎士だからこそのものではない!」
ユーウェインは何も言えない。
その通りだと思った。
「護衛騎士補佐になれたのは王太子殿下のおかげだが、パスカルのおかげでもある」
「レーベルオード子爵が許可を出したということでしょうか?」
「やはりわかっていないな。お前が守るのはパスカルだ。そして、パスカルは王族ではない。王族への忠誠心があるかどうかは任務に関係ない」
ユーウェインはハッとした。
護衛騎士の任務が王族の護衛だけであれば、ユーウェインは相応しくない。
だが、要人の護衛任務のためであれば、補佐にはしてもいい。
護衛騎士補佐はあくまでも補佐の騎士。正式な護衛騎士ではない。
理屈っぽいが、忠誠心を重視する護衛騎士にとっては極めて重要なことだった。
「これからは第一王子騎士団の騎士だ。相応しくなれるよう励め。普通は忠誠心があっても能力が十分にない。お前は逆というだけだ」
猶予が与えられた。
真に第一王子の騎士になるための。
第一王子騎士団に所属するのはその始まり。
ユーウェインは期待されている。信じられている。相応しくなるだろうと。
だからこその引き抜きと昇進だ。
「第一の者を命がけで守った。王太子殿下とヴェリオール大公妃を命がけで守ることもできそうではある。だが、見込みがあるというだけだ。第一王子の騎士として、自ら証明していけ」
「わかりました」
「タイラー、何かあるか?」
「交代要員のことを教えないとでは?」
「そうだった」
ラインハルトはため息をついた。
「他にもパスカルの護衛を担当する者がいる。お前以外は全員王太子騎士団の者だ」
第一王子騎士団はレーベルオードの二人を護衛する分の増員が認められた。
だが、増員及びその時期については慎重でなければならない。
そこで王太子騎士団から出向者が来て、レーベルオードの護衛任務につく。
出向だけに護衛騎士にも護衛騎士補佐にもなれない。騎士のままだ。
「パスカルの護衛で最上位になるのはお前だ。手本になるよう気を抜くな! 第一王子騎士団が王太子騎士団よりも劣るなどあってはならない!」
「私は護衛騎士補佐になったばかりです。手本になれるとは思えませんが?」
「要人警護の経験はあるはずだ。うまくやれ」
ユーウェインはどのようなことであっても器用にそつなくこなしてきた。
今回も大丈夫だろうと判断されていた。
「わからないことや迷った時は別の筆頭や元筆頭の者に相談するといいだろう」
タイラーが助言した。
「クロイゼルに聞けば間違いないが、ヴェリオール大公妃付きのラグネスや元筆頭のサイラスでもいい」
「ヨシュアに聞くのは注意しろ。礼儀作法については大雑把だ」
それは王太子への態度から見ても明らかだとユーウェインは思った。
「心に留めます」
「私からも伝えたいことがある」
タイラーが言った。
「王太子騎士団は第一王子騎士団のライバルだということは知っているな?」
「はい」
王太子騎士団は国王騎士団と共に歴史ある由緒正しい騎士団だ。
長年、王太子の護衛は王太子騎士団の役目だった。
だが、王太子が別の者に変われば、王太子騎士団の指揮権も忠誠心も新しい王太子へ移ってしまう。
傀儡になった経験のある現国王は、騎士達が絶対に裏切らないよう忠誠心を重視した騎士団の再編成に着手した。
そして、どのようなことがあっても第一王子を守り抜く覚悟のある者だけを集め、第一王子騎士団を新設した。
第一王子騎士団は実力主義として知られているが、最も誇るべきは第一王子への忠誠心だ。
王太子騎士団のような歴史はないが、第一王子への忠誠心だけは絶対に負けてはならない。
それが第一王子騎士団の総意であり、存在意義でもあることをタイラーは改めて説明した。
「お前の忠誠心がどの程度なのかを見透かされるな。お前自身のためを思うからこその助言だ」
「気を付けます」
「もういいか?」
「取りあえずは」
ラインハルトは時計を見た。
「すぐに従騎士を呼べ。その後はパスカルの執務室へ行き、護衛につけ。初日から遅刻だと言われるだろうが、その分延長勤務をするといって謝罪しろ」
「はっ!」
ユーウェインは敬礼をすると、すぐに団長室を退出した。





