1097 パスカルの要望
「……お言葉ですが、あの場にいた全員の命を救ったのはレーベルオード子爵です」
パスカルは自身が狙われるのを承知で、正義の剣を行使しろと叫んだ。
当然、襲撃者の注意を引いてしまう。
パスカルは後方へ逃げるふりをして襲撃者を誘導した。
襲撃者の方が圧倒的多数の場合、囲まれないことが最も重要だ。
技能面で劣っていても、全方向から同時に剣を突き出せばいい。
全てを避けることはできないため、何度も繰り返すことで、いずれは標的を仕留めることができる。
パスカルは自身を囮にしてそのような状況になるのを防いだ。
それが味方の生死と勝敗を分けたということをユーウェインは説明した。
「後方へ向かう者をいかに素早く減らすかは、同行者の役目です。私達を信じているからこその作戦だと思いました」
応えないわけにはいかない。
全員の命運がかかっていた。
「パスカルは優秀だ。どんな状況においても最善の選択をするだろう」
最善の選択だったのは、結果を見れば明らかだった。
「パスカル、お前も何か要望を考えておけ。私の大切な騎士達を守ってくれたことへの感謝だ」
「では、お力添えをいただきたいことがあります」
「パスカル」
人事案件ではないかと感じたラインハルトが睨んだ。
「公私混同は避けなければならない。わかっているな?」
「わかっています。プライベートな方です」
パスカルはすぐに答えた。
「友人になりたい相手がいるのですが、断られそうな気がして声をかけられませんでした。王太子殿下にお力添えをいただけないでしょうか?」
「……まさかとは思うが、友人になってやれとでも言わせる気か?」
困惑気味の表情でクオンは尋ねた。
「拒否するようであれば、即決は賢明ではないとして、友人にするかどうかの検討期間を設けるよう助言していただけないでしょうか?」
「どの程度の期間だ?」
「一年程度。その間に了承して貰えるよう努力します」
意外と長いとクオンは思った。
だが、それだけパスカルがその者と友人になりたがっている証拠だとも。
「王太子殿下に頼むようなことなのか?」
ラインハルトは呆れていた。
「すぐに友人になると答えるかもしれないだろう?」
「一度断られたのか?」
「それとなく尋ねて駄目だったのか?」
クロイゼルとアンフェルもパスカルの要望を意外だと感じていた。
「派閥違いか?」
声をかけにくい条件があるのではないかというのがタイラーの予想。
「どうしてもチャンスが欲しいのです。お願いできないでしょうか?」
「わかった」
クオンは了承した。
「それで、誰だ? 私の知っている者か?」
「ユーウェインです」
ユーウェインは心臓が止まりそうになった。
「ディーグレイブ伯爵の庇護を受けている者だけに声をかけにくかった。でも、第一王子騎士団にいる。命の恩人だ。公私混同を避けつつ、友人として仲良くしたい。考えてくれないかな?」
……本気だったのか。
ウォータールへの外出の話が出た際、パスカルは友人として付き合うのはどうかと尋ねた。
冗談だと思った。どう答えるか試されているとも。
だが、友人になって貰えるかどうかを探っていた。
そして、難しそうだと感じ、まずは外出に誘うことを優先した。
実力や判断力を調べながら、訓練相手にしたいと言って父親の助力を頼んだ。
防刃服を渡して、信頼していることをアピールした。
暗殺未遂事件にかこつけて、王太子まで巻き込んだ。
「プライベートなことだけに無理をする必要はないが、返事は熟考すべきだろう。本気の申し出を無下にしてはいけない」
さすが王太子だとユーウェインは思った。
パスカルに力添えを頼まれたことはわかっている。
だが、そのせいではない。本心からの助言だとユーウェインは感じた。
……どうすればいい?
断りたい。身分違いなのは明らか。
ユーウェインの考える友人関係は対等だ。パスカルと対等になれるわけがない。
常に遠慮し、気を遣うことになるのは目に見えている。
身分差だけでの問題ではない。職場では上司と部下だ。
無理だ……絶対に。
しかし、パスカルは拒否させないための対策をした。
だからこそ、このような状況になった。
無言を貫いて誤魔化すことも難しいとユーウェインは思った。
パスカルだけでなく、見届け人達もまたユーウェインの答えを待っていた。
「取りあえず、一年程度の熟考期間を設けたらどうだ?」
沈黙を破ったのはラインハルトだった。
「タイラー、お前はどう思う?」
「妥当だ。今は勤務時間。プライベートのことはじっくり考えればいい」
「クロイゼルはどう思う?」
「巻き込まれた」
クロイゼルは苦笑い。
「まあ、それでいいのではないか? 時には妥協も必要だ」
「私はクロイゼルの面倒を見るという妥協をしている」
アンフェルが答えた。
「最高の相棒だろう?」
「私が最高の方だが?」
「ユーウェイン」
パスカルが呼びかけた。
「ごめん。でも、こういう時じゃないと言いにくくて」
ユーウェインは恨めしそうにパスカルを睨んだ。
「まずは見習いからでもいい。友達見習いにしてくれないかな?」
ユーウェインは呆気に取られた。
他の者達も同じく。
「悪くないかもしれないと感じたら準友人、良さそうだと感じたら正式な友人にしてくれればいいよ。一年間かけて見極めるということでどうかな?」
「徐々に昇格する方式、ということか?」
「死ぬほど笑いたい気分だ」
「最高の相棒だけに同じ気分だ」
「さっさと答えろ」
「後から二人で話せばいい」
ユーウェインは急かされた。
「……お気遣いいただきありがとうございます。友人見習いという言葉を初めて聞きました。準友人も同じく。私の知らないことが多くあることを実感するばかりです。色々と教えていただきたいので、友人ということでお願いいたします」
「ありがとう、ユーウェイン!」
パスカルは満面の笑みで叫んだ。
「王太子殿下、ありがとうございます!」
「私は何もしていない。ユーウェインが英断をしただけだが?」
クオンは温かい笑みを浮かべながら答えた。
「良き友人同士になれるよう願っている。話はこれで終わりだ。下がれ」
「はっ!」
ぬるい視線を受けながら、ユーウェインはパスカルと共に謁見室を退出した。
「嬉しい。見習いから始めずに済んだ」
パスカルは満面の笑みを浮かべていた。
「暗殺未遂があったばかりです。王宮とはいえ、注意すべき状況です」
「わかっている」
パスカルは笑顔のまま。
気を引き締めているようには見えなかった。
「早速で申し訳ないのですが、友人としての忠告です。安全を確保するためにも、周囲を警戒していただけないでしょうか?」
「勿論だよ! 友人だからね!」
パスカルの表情は余計に嬉しそうになった。
……言葉を間違えた。
仕方がない。自分が二人分の警戒をするしかない。
一人で二人分をすることには慣れている。
ユーウェインはそう考え、しっかりと表情を引き締めた。
パスカルとユーウェインの話は翌日分の二話のみ。
やっとここまで……と思いつつ、よろしくお願いいたします!





