1095 確認したい
「ラグネス、サイラス、ハリソン、ユーウェイン。よくやった」
クオンから呼び出された四人は直々に褒め言葉を与えられた。
「妻も喜んでいる。言葉をかけてやれ」
「お兄様を守ってくれてありがとう。心から感謝します」
リーナは起床するとパスカルからの面会希望が伝えられ、暗殺事件があったことを説明された。
すでに新聞にも載っているが、パスカルも同行者も全員が無事。
王宮警備隊だけでなく国軍も治安維持に関わる重要事件として首謀者の捜索と逮捕に全力を尽くしている。
騎士団も最上級の警備体制に引き上げ、当分の間、関係者は非常に多忙になるということも教えられていた。
「今回のことは休日に偶然起きたことなので、騎士団からの褒賞はないとか」
騎士達は要人であるパスカルの暗殺を防いだが、騎士としての正式な功績になる条件を満たしていなかった。
完全なプライベートにおける活躍。
そして、騎士は公的職種。治安維持や人命救助を率先して行うのは当たり前。
王都警備隊からの感謝状も、レーベルオード伯爵家からのお礼についても、騎士として当然のことだと言って固辞しなければならない。
活躍した騎士としての名前も公にならない。
騎士自身が恨まれ狙われることを防ぐためだ。
端的に言ってしまうと、よくやった、ありがとう、素晴らしい、さすが騎士だという言葉だけ。
「第一王子騎士団の者が命をかけて守るのはクオン様か私。貴族を守っても、職務上の功績にはならないというのはわかります。でも……変な感じがします」
リーナはクオンを見上げた。
「おかしいですか?」
「おかしくはない」
クオンが答えた。
「だが、公私混同はできない」
第一王子騎士団の功績条件に当てはまらない以上、昇進や昇給はできない。勲章もなし。
但し、主君であるクオンやリーナの心象は非常に良くなった。
そして、
「私的に報いることはできる。個人的な要望があれば、早めにラインハルトへ伝えておけ」
何らかの個人的要望があれば、ラインハルトに伝えておけばいい。
クオンが個人的に検討してくれるということだ。
「危機的状況は脱したが、緊迫した状況は続いている。引き続き励むように」
「はっ!」
敬礼。
謁見は終了。
四人の騎士は部屋を退出したが、ユーウェインは残るようパスカルに言われた。
ラグネス、サイラス、ハリソンは勤務に戻る。
ヴェリオール大公妃の護衛任務だ。
「臨時任務は聞いているかな?」
「はい。護衛します」
ラインハルトから、終日パスカルの護衛をするよう命じられていた。
王太子の命令で二名の護衛をつけなければならないが、レーベルオード伯爵への護衛もつけなければならない。
まずはユーウェインをすぐにつけ、もう一人をシフト調整でつけることになった。
「今日はできるだけ王族かヴェリオール大公妃と過ごすよう言われている」
そうすれば王族かヴェリオール大公妃を守る護衛騎士が側にいる。
一緒にパスカルも守られるというわけだ。
「疲れている? もう一度確認するけれど、怪我や体調不良は?」
「大丈夫です。何もありません。勤務を継続できます」
「じゃあ、行こうか」
パスカルは謁見室のドアをノックした。
「いいのか?」
クロイゼルが顔を出して尋ねた。
「大丈夫らしい」
「わかった」
再度、謁見室に入ることになった。
中に残っているのはラインハルト、タイラー、クロイゼル、アンフェル。
そして、クオン。
……ヴェリオール大公妃はいない。
ユーウェインは重要な話がありそうだと感じながらパスカルの後に従った。
「王太子殿下」
パスカルが恭しく頭を下げた。
ユーウェインもそれに倣った。
「顔を上げよ」
ユーウェインはクオンと目が合ってしまい、瞬時に固まった。
「確認したいことがある」
クオンはユーウェインから視線を外さなかった。
「経歴を確認した。特殊な継承条件のせいで父親が保持していた男爵位を継げず、騎士になったとあった。その件で陳情書を出したな?」
「はい」
「この件は国王ではなく審査官が判断した。なぜなら、継承条件を変更するための理由がなかったからだ」
ルウォリス男爵位は直系男子の長子優先継承。
但し、成人でなければならないという特殊条件があった。
そのせいで未成年だったユーウェインは父親の男爵位を継承できず、叔父が爵位を受け継いだ。
跡継ぎとして育ったユーウェインは叔父に爵位を奪われたと感じるかもしれない。
だが、叔父は独身。何かあれば甥であるユーウェインが男爵位を継ぐ。
父親の跡継ぎから叔父の跡継ぎになっただけで、ユーウェインが保有していた跡継ぎの立場が消えたわけではなかった。
陳情書を提出した未成年のユーウェインが叔父を後見にしてすぐに男爵位を継ぐか、成人してからいずれ叔父の後を継ぐかの差でしかない。
どちらにしてもユーウェインがルウォリス男爵になる。
継承条件の変更は必要なし。
叔父が早期に爵位をユーウェインに譲るかどうかは、ルウォリス男爵家で話し合えばいいとして、審査官は陳情を却下した。
叔父はユーウェインの母親と結婚した。
ユーウェインの跡継ぎの立場は余計に確固たるものになったように思えた。
ところが、叔父と母親の間に男子が生まれた。ユーウェインの父親違いの弟だ。
成人という条件があるため、ユーウェインは跡継ぎのまま。
しかし弟が成人してしまうと、現当主の息子である弟の継承権の方が優先され、甥であるユーウェインは二番目になってしまう。
将来的にユーウェインが男爵位を継げる可能性が低くなってしまった。
叔父も母親も弟に爵位を継がせる気で、ユーウェインに爵位を継がせる気はない。
王都で近衛騎士になったのであれば、そのまま務めればいいと思っている。
ユーウェインがこの件について、叔父にも王家にも不満を持ち続けたとしてもおかしくなかった。
「陳情が却下になったことを今も不満に思っているのか?」
ユーウェインにとって、完全に予想外の質問だった。
「遠慮なく言えばいい。不敬には問わない」
言うだけ無駄。
普通ならそう思う。
だが、ユーウェインの考えは違った。
「不満でした」
ユーウェインはクオンを力強く見つめ返した。





