1094 大事件
朝。
ウォータール地区から王宮へ戻るレーベルオード伯爵家の馬車が狙われたことは王宮中どころか、多くの国民にも知れ渡っていた。
王都警備隊は事件発生に備えて多くの隊員が二十四時間交代で勤務をしているが、事件を記事にしたい新聞記者もまた当番で詰めている。
レーベルオード伯爵家の馬車が襲撃されたこと、乗っていたのが跡継ぎの子爵だったこと、襲撃者の数が多かったことなども新聞記者に知られ、最速で号外が発行された。
国王はすぐにパスカル及び同行者の行為を正当防衛として罪に問わないことを宣言し、暗殺を目的とした襲撃を大重罪と認定。事件の首謀者を突き止めるよう命令した。
また、緊急招集された王族会議で、王家は外戚であるレーベルオード伯爵家を守るための特別な対応をすることを全員一致で決めた。
最優先は身の安全を確保すること。
パスカルとレーベルオード伯爵の住居を王宮に指定し、両名に常時護衛騎士をつけることにした。
レイフィール直属の特殊部隊に護衛され、レーベルオード伯爵は王宮に到着した。
すぐに国王と謁見。事件についての話し合いがあり、その後は宰相ラグエルド・アンダリアの私室へ案内された。
特別な庇護を受ける王家の外戚同士としての話し合いをするためだった。
「正直、王宮に住むよりも官僚を辞めた方が安全だと思うが」
それがラグエルドの本音。
王宮は厳重に警備されている。
だが、警備関係者が絶対的に従うべき相手は王家であり、護衛対象者とは限らない。
レーベルオード伯爵や宰相は王家の外戚だが、王家の者としての命令権はない。
多くの私兵を抱えるレーベルオード伯爵にとっては、むしろ自分に忠誠を誓う護衛から離されてしまう決定だった。
「数人程度は私的な世話役と護衛を入れてもいいと言われた」
「私についている私的な者との顔合わせをしておきたい」
「確認しておきたい。私的な者は全員ウェストランドなのか?」
レーベルオード伯爵の視線は同席しているウェストランド侯爵夫人プルーデンスに向けられた。
「当然でしょう? 夫を守るのは妻の務めだもの」
プルーデンスが当然だと言わんばかりの表情で答えた。
「深く愛されているようで何よりだ」
「プルーデンス、大事な話をしなければならない。邪魔はしないと約束しただろう?」
ラグエルドは王宮に住んでいるが、大事件が起きたと聞き、プルーデンスが護衛と共にかけつけ、レーベルオード伯爵との話し合いに同席すると言い張った。
「仕方がないわね。これからは隣だから仲良くしないとね?」
レーベルオード伯爵の部屋はラグエルドの私室がある場所の隣になった。
王家が決定した特別な対応策はラグエルドに対するものと同じ。
だからこそ、部屋を隣にしてしまえば警備しやすいという事情があった。
「常時何人ほどいるのだろうか?」
レーベルオード伯爵はすでに何十年も王宮に住んでいるラグエルドに細かい事情を聞くために来ていた。
「護衛が二名、侍従が二名。全部で四名だ」
「少ないな?」
「最初は二十人いたが、無駄だと言って削減した」
ラグエルドは貧乏だったため、私的な世話役も護衛もいなかった。
国王が選んだ侍従と護衛騎士をつけられたが、経費の無駄遣いだと感じたラグエルドが徐々に削減するよう求め、最終的には四人になった。
「但し、交代要員を含めると四倍だ」
十六名が交代してラグエルドの世話や護衛に当たっている。
「数人と言われたのだろう? 私的な使用人用に貰える部屋が二つだからだ」
人数が多くても部屋の数は増えない。中に入れるベッドの数を増やすだけ。
「少ない」
だが、王宮の部屋を多く貰えるわけがない。
私的な使用人のために部屋を貰えること自体が特別だった。
「しばらくは仕方がない。だが、王太子の方からも世話役と護衛を派遣するだろう。私の倍ではないか?」
「息子に付かせる者も選定しなければならない」
「王宮の側にフラットがあるだろう? そこを引き払って、何人かをここへ移せばいい」
「レーベルオードの書類を持ち込みたくない」
「外出はできない」
暗殺を防ぐには出歩かないのが一番だ。
王宮に住む許可が出て護衛がつくことを羨ましく思う者もいるが、自由がなくなり常に監視がつくということでもある。
当事者にとっては不自由極まりない。
だが、王家が特別な庇護をしているという態度を示さなければならないため、仕方がなくもある。
「一カ月もすれば状況も落ち着くだろう」
「長い」
「内務省の部屋に籠っているのと大差ない」
「ならば、内務省に籠りたい」
「それは自身で調整可能だ。私も宰相府に籠っていた時期があった」
「春籠りか」
自主的に。
「さほど懸念する必要はない。融通が利く者を派遣してくれる。第一王子騎士団なら息子の口も利くだろう」
「息子には頼らない。私は父親だ。常に頼られる立場でありたい」
「立派だわ!」
プルーデンスが賞賛した。
「貴方も見習わないと!」
「私はセブンを頼っていないが?」
「父親として子供を守るということよ。ラブのこと、わかっているでしょう?」
宰相の表情が苦いものに変化した。
「パトリック」
「縁談は断る。非公式の交際も勉強相手としてのエスコート役も断る。命を狙われた。それどころではない。先に伝えておく」
完璧に読まれていた。
鉄壁どころか、完全防御。
「大学に入れば忙しい。飛び級だけに社交どころではないだろう。そもそも、上の者が決めた相手を大人しく受け入れるような性格ではない。まさに血筋だ。両親と同じように自分で相手を見つけてくる」
駄目押し。
何十年もかけて厄介極まりない政略を覆した夫婦だからこそ、反論できなかった。





