1093 夜中の緊急謁見
王宮に戻ったパスカルはすぐに王太子への謁見を願い出た。
夜中の謁見は緊急事態が起きたことを意味する。
寝ていたクオンはすぐに起き、謁見を許可した。
「このような時間に申し訳ありません。ウォータールから戻る途中で襲撃されました。敵とみなした全員を撃退。逃亡者はいません」
「襲撃だと?!」
クオンは驚いて聞き返した。
「被害は? 同行者は?」
「馬車と馬を失いましたが、同行者は全員無事です。事後処理をする必要があり、王都警備隊に通報しました」
クオンは同じく緊急ということで集まったヘンデル、キルヒウス、ラインハルトに顔を向けた。
「父上に謁見だ。宰相も呼べ。エゼルバードは可能ならでいいが、レイフィールは叩き起こせ。王家に関わる緊急事態とみなす。王宮地区とウォータール地区の警備体制を最上レベルにしろ。パスカルに護衛を常時二名つける。王太子府の担当はキルヒウスだ。ヘンデルは補佐につけ。公式発表は国王の許可を得た後だ。王宮外にいるレーベルオード伯爵の安全確保はレイフィールの直属部隊に担当させるが、王宮に戻った後は第一の担当に変更する。急げ!」
一気に重要な指示を出すクオンはまさにエルグラードの王太子。
「御意」
ヘンデル、キルヒウス、ラインハルトはすぐに部屋を退出した。
残されたのは片膝をついたままのパスカルのみ。
「本当に大丈夫なのか? 怪我をしていないか?」
「大丈夫です。優秀な騎士達が私を守ってくれました」
「騎士が一緒で良かった」
クオンはパスカルがヴェリオール大公妃付きの騎士をレーベルオードの訓練に参加させることを知っていた。
「実を言いますと、今回の襲撃は事前に情報を得ていました」
「何だと!」
クオンは驚きの声を上げた。
黙って控えていたクロイゼルも同じく。
「なぜ、言わなかった?」
「申し訳ありません。ですが、本当に実行されるかどうかの確証がありませんでした」
レーベルオードは飛ぶ鳥を落とす勢いと言われており、そのせいで反感を持つ者も増えている。
情報収集に力を入れ、暗殺計画やウォータール・ハウスへの襲撃、レーベルオードに対する諜報活動に警戒していた。
そのおかげで事前に情報を入手できたが、標的が親子のどちらになるのかがわからず、襲撃日も人数も確定していなかった。
「昨夜、王宮内で不審者と遭遇しました」
不審者は警告すると言って一通の封筒を残した。
使用されている便箋にはレーベルオードがマークしている貴族の紋章があったことをパスカルは伝えた。
「恐らくは今夜の実行を知っており、私に警戒するよう伝えに来たのではないかと」
「密告者だったのか?」
「相手の言動やタイミング的にそうではないかと感じました」
そこでパスカルはレーベルオードの訓練に参加させる騎士を一名増やした。
ユーウェインは二刀流。高い技能だけでなく、実戦経験もある。
かなりの戦力になるだろうと見込んだ。
「王宮内の警備を見直さなければならない」
どのような理由であれ、不審者の侵入を許すわけにはいかなかった。
「お手を煩わせて申し訳ありません」
「何を言う。お前はリーナの兄だ。心配するのは当然ではないか」
「ありがたきお言葉」
「リーナには教えたくないが、新聞を見ればわかるだろう。朝になったら顔を出して安心させてやれ」
「もう一人心配な者がおります。伝えないままにすることはできません」
クオンはすぐに誰のことかわかった。
「クロイゼル、セイフリードをここに呼べ。夜更かしは常習だ。起きているだろう」
「ただちに」
「しばらくパスカルと二人になりたい」
「御意」
クロイゼルは部屋を出て行った。
「立て」
「はい」
クオンはパスカルに寄ると迷うことなく両手で抱きしめた。
さすがのパスカルも突然クオンに抱き付かれるとは思わず、息が止まりそうなほど驚いた。
「本当に無事で良かった……」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「違う。謝るのは私の方だ。お前が狙われていることを知っていた」
クオンの告白にパスカルは目を見開いた。
「今夜の襲撃をご存知だったのですか?」
「いや。新婚旅行に合わせた計画だった」
新婚旅行で王都を不在にしている時を狙った計画だった。
キルヒウスとヘンデルもヴァークレイ公爵領に行ってしまうために不在。
国王や第二王子などの面々がどのような反応をするかもわからず、足並みが揃わないかもしれない。
レーベルオードを狙うだけでなく、王家及び関係者の分断や不和を誘発するための計画でもあった。
内偵を進めながらより多くの情報と証拠を固めて阻止するはずだった。
しかし、それとは別の計画があり、今夜実行されてしまった。
「よく耐えてくれた。頑張ったな」
クオンに頭を撫でられたパスカルは嬉しそうに微笑んだ。
ただの臣下であれば、頭を撫でるようなことはしない。
クオンがパスカルを家族のように大切に思っていることをあらわすためだとわかっていた。
「嬉しいです。光栄というべきなのでしょうが」
「お前は家族同然だ。他の者がいない時は堅苦しくする必要はない。僕と言ったらどうだ? リーナや親しい者達にはそういうのだろう?」
パスカルはまたもや驚かされた。
「臣下と家族同然の立場をうまく使い分けろ」
「わかりました」
ドアがノックされた。
「セイフリード王子殿下がお見えです」
「通せ」
クロイゼルがドアを開けるとセイフリードが部屋へと入って来た。
「このような時間に何か? 緊急でしょうか?」
「ここに来い。クロイゼルは下がれ」
「はっ!」
クオンはセイフリードが側に近寄ると自ら距離を詰めて抱きしめた。
「本当に大きくなった」
「……兄上、側近の前で子供扱いは困ります。僕にも立場というものがあります」
「構わないではないか。パスカルはリーナの兄だ。私達にとっては家族同然だろう?」
セイフリードは眉間に深い皺を作った。
「まさかとは思いますが、それを伝えるために呼んだのでしょうか?」
「落ち着いて聞け。パスカルの暗殺未遂が起きた」
セイフリードはパスカルに顔を向けると上から下まで見つめた。
「怪我は? 軽症でも油断するな! 毒が塗ってあるかもしれない! 解毒薬を飲め!」
「無傷です。訓練に同行していた騎士達が守ってくれました」
「騎士達が死なないようお前が指示を出したの間違いだろう?」
「指示を出したのは僕ですが、死ななかったのは騎士達のおかげです」
僕だと!
セイフリードは目を見開いた。
二人の時であればわかる。
だが、この場には兄がいた。
クオンはセイフリードの驚きを鎮めるよう頭を優しく撫でた。
「パスカルであれば臣下と家族同然の立場をうまく使い分けることができるだろう。リーナを大切な家族として守るように、私やお前のことも守ってくれる」
セイフリードは不機嫌そうな表情になった。
「外戚になった途端、明らかに優遇するのはどうかと思います」
「お前の意見は正しい。だが、エルグラードという国は巨大過ぎる」
王家は多くの責務を抱えている。
王族男子が複数いるが、各自の負担は少なくも軽くもない。
だからこそ、外戚の力をうまく活用していくことも重要だ。
国王も王権を取り戻すために外戚だったラグエルド・アンダリアを利用した。
「パスカルには臣下と外戚の力を活用し、王家を力強く支えて欲しい。問題に思うのは、パスカルが外戚の立場に驕り、その力の使い方を間違えた時だ。暗殺未遂が起きた以上、王家はレーベルオードを守らなければならない。私の判断は間違っているか?」
「兄上の判断が間違いであるわけがありません。正しいに決まっています」
クオンにはしぶしぶであるかのような了承に聞こえた。
正論だけでは無理そうか……。
セイフリードはパスカルを優遇することに本心から反対しているわけではない。
特別な側近が自分から離れ、王家やエルグラードのものになってしまうのが嫌なのだ。
ようやく見つけた信頼できる相手。
他者を疑い続けて来たセイフリードにとって、パスカルの存在は計り知れない。
だからこその反応であることをクオンはわかっていた。
「提案がある」
クオンは思いついた。
「セイフリードには家族愛が不足している。兄として側にいてやりたいが、時間が取りにくい。そこでパスカルを代わりにするのはどうだ? 家族同然なら良いだろう?」
予想外過ぎる兄の提案にセイフリードは固まった。
「喜んで。僕の家族愛で補充します」
パスカルは満面の笑顔で答えた。
「馬鹿か! 冗談だ!」
「本気だと思います」
「違う!」
「暫くは試してみるといい。少なくともパスカルは喜ぶようだ」
パスカルが反対しないのであれば、うまくやってくれるだろうとクオンは思った。
「僕よりもパスカルを優先するのですか?」
「この提案はセイフリードのために考えたことだ。試用期間を設ける」
「試用期間は一日にしてください」
「パスカルは忙しい。小刻みになるはずだ。二十四時間分だとしても、一回につき一分なら千四百四十回になる。回数としては悪くない」
「わかりました。まだまだ多くの家族愛を示す機会がありそうです」
「セイフリードは手厳しいぞ?」
「精進します」
クオンとパスカルは笑い合った。
兄上の考えはわかっている……。
王家がレーベルオードを強く庇護するためには、王族男子全員の同意と団結が必要になる。
だからこそ、セイフリードにもパスカルを家族同然だと認めさせたいのだとセイフリードは思った。
「素直に喜べ。家族が増えるのは良いことだ。それとも、エゼルバードやレイフィールにパスカルとの時間を奪われてもいいのか?」
「僕を裏切るなよ?」
「御意」
パスカルが無事ならいい。今夜は。
セイフリードはそう思うことで自身を納得させ、冷静さを取り戻そうとした。





