1092 予定外の予定
「ユーウェイン、良かったら僕の服を貰ってくれないかな?」
部屋に戻って来たパスカルが開口一番尋ねた。
申し出自体は悪くない。
だが、高価な服を貰うことへの対価を要求されたくもないというのがユーウェインの本音だ。
「お気持ちだけで十分です」
「遠慮しなくていいよ。ラグネス達も処分品を喜んで貰って行く。但し、条件がある。この書類を読んでくれるかな?」
ユーウェインは素早く書類に目を通した。
レーベルオードから無償で譲与されたことを隠さないこと。
必ず自身で使用すること。
換金・転売・譲渡は禁止。
不要になった場合は勝手に処分せず、パスカルに渡すという内容だった。
「細かいと思うかもしれないけれど、機密防具を渡すからね」
「機密防具?」
「防刃服のことだよ。服という名称だけど、防具扱いになる」
レーベルオードの事業の一つに軍備関係がある。
領地で武器や防具の開発や制作をする者を保護するようになり、時代が変わっても脈々と受け継がれている。
生産規模は非常に小さく、職人による特注生産品がメイン。
ほぼレーベルオード及びその関係者用であるため、外部には出回らない。
むしろ、様々な特殊技術を真似されないよう厳格に管理されていた。
「信頼しているからこそ譲る。それを裏切るようなことはしないで欲しい」
パスカルが防刃服を持っているのは、レーベルオードで制作を手掛けているからであることをユーウェインは知った。
「ユーウェインは衣装の持ち合わせがなさそうだ。丁度いいよね?」
「午後に仕立屋で注文した服があります」
「貰っておけ。別に特別なことではない」
レーベルオード伯爵が介入した。
「第一王子騎士団における常識の範疇だ。信頼する者で分け合い、活用し合う。それを学ぶためだと思え」
二対一では分が悪かった。
しかも、相手はレーベルオード親子。
「御厚意に感謝申し上げます」
「最初からそう言えば良かった。心象を悪くするのは損だからな」
「ユーウェインは勉強不足です。僕の方で少しずつ教えていかないと、ヴェリオール大公妃付きとしてやっていけません」
「しっかり教えた方がいい。知識の方で足手まといになっては困る」
足手まとい!
ユーウェインは自身の能力に自信があるが、騎士としての仕事において。
知識の方と言われ、不安を感じてしまった。
「というわけで、ユーウェインはもっと勉強しよう。貴族の世界を知らないと、騎士を続けていくのは難しい。ヴェリオール大公妃付きの騎士は何も知らないと言われるようでは困る。僕の大事な妹、王太子殿下の不名誉にもつながりかねない」
「申し訳ありません。精進します」
貴族らしくないことは自覚しているだけに、それ以外の答えをユーウェインは思いつけなかった。
ユーウェインはパスカルから多数の衣装を譲られた。
防刃仕様の服だけでなく、普通の服もある。
訓練を受けている間に、仕立屋で測ったユーウェインのサイズに合わせて調整されていた。
「似合うよ。王太子府に出仕できそうだ」
「官僚への変装にいいな?」
「騎士らしい体格ではないのを活かせる」
「服装だけは上位貴族のように立派です」
ユーウェインだけでなく、全員がそれぞれ譲り受けたものを試着中だった。
「私はどうだ?」
ラグネスが尋ねた。
「少しだけ地位の高そうな官僚といったところです」
「レーベルオード伯爵の服だというのに少しだけだと?」
「エリート中のエリートに見えるようになるには本人の努力が足りない」
サイラスの評価は厳しかった。
「家柄は十分なのだが」
「書類仕事が苦手だからだ」
サイラスの言葉にユーウェイン以外の全員が笑い合った。
「サイラスはどう? 気に入った」
「色も最高です。ご厚意に感謝を」
「ハリソンは?」
「以前いただいた防刃着も宝物ですが、こちらも宝物にします」
誰一人気にする者はいない。
第一王子騎士団における常識なのかもしれないとユーウェインは思ったが、本当にこれでいいのかと気になって仕方がなかった。
「ユーウェイン、さっきから黙っているけれど、遠慮したら駄目だよ?」
「そうだ。仲間同士だろう?」
「何か言いたいことがあるのではないか?」
「その方が騎士らしいですし、こちらもスッキリします」
「これは本当にいただいてもいいのでしょうか?」
ユーウェインは念には念を入れようと感じ、改めて聞くことにした。
「大丈夫だよ。中古だし、不用品の譲渡を知り合い同士でするのはごく普通のことだからね」
「そうですか」
「隠す必要もない。レーベルオードは第一王子騎士団の認定支援者だ」
認定支援者?
ユーウェインは眉をひそめた。
「知らない?」
「申し訳ありません」
「王族付きの騎士団が支援の許可を出している者のことだよ」
王太子派の貴族は王太子殿下に安全でいて欲しい。
第一王子騎士団がしっかり王太子殿下を守ってくれるよう支援したい。
家族や親戚なら自由に支援できるが、そうではない者だとなぜ支援しているのかと思われる。
そこで騎士団の方に認定支援者の届け出をして支援することになっている。
「どんな支援でも良い訳ではないけれどね」
あくまでも騎士にとって役立つと思われるようなもののみ。
武器・防具・消耗品は問題ない。
「できるだけ騎士団全体を支援した方がいいけれど、難しいこともある。その場合は認定支援者が応援している騎士が優先される」
「応援ですか?」
「そう。ここにいるのは全員レーベルオードが応援している騎士だ」
第一王子騎士団内ではレーベルオード派と呼ばれることもある。
「護衛騎士は認定支援者に応援されやすい。多くの貴族から支援があるけれど、断ってもいい」
善意の支援だけに、護衛騎士が認定支援者に何かをする必要はない。
せいぜい会った時に礼を言う程度だ。
しかし、何かと支援をして貰っていることを重荷に感じる者もいる。
その場合は騎士団の事務方に伝えると、事務方の方で断ってくれる。
「騎士団が管理しているファンクラブのようなものとも言えるね」
「ここにいる全員ということは、私もレーベルオードの支援を受けていたのでしょうか?」
「そうだね」
ユーウェインは考えた。
だが、これまでに何か特別な支援を受けた覚えがない。
「大変申し訳ないのですが、どのような支援を受けていたのでしょうか?」
「ヴェリオール大公妃付きが自由に持っていける菓子や水のボトルがあるよね? ああいった差し入れも支援の一つだ」
騎士団がヴェリオール大公妃付きに支給しているものではなく、認定支援者からの差し入れということだった。
「感謝すべきだぞ? レーベルオードの支援は人気が高い」
「特別な訓練の招待もある。今回の訓練もそれだ」
「ウォータール地区を使って、警備隊と合同で行うような訓練もあります」
レーベルオードがウォータール地区や私兵を保持しているからこそ可能な訓練だ。
パスカルは時計を確認した。
「そろそろ寝ないとかな」
今夜はウォータール・ハウスに宿泊するが、翌日は朝から勤務がある。
空が明るくなってしまうと交通量が増え、戻る時間が余計にかかってしまう。
最速で戻れるよう暗い内に出発するというのが訓練に参加した際の常だった。
騎士達は客間でしばしの睡眠を取った。
そして、起床時間。
譲り受けた防刃服を身につけた騎士達は手早く朝食を取った。
「体調不良の者は?」
「万全だ」
「全く問題ない」
「同じく」
「大丈夫です」
ラグネス、サイラス、ハリソンは最後に返事をしたユーウェインに視線を向けた。
「ユーウェイン、それは体調不良だが、耐えられるという意味ではないだろうな?」
「すぐに勤務になっても平気だということだな?」
「遠慮してはいけません。明るくなってから単騎で戻ることもできます」
三人の表情は真剣そのもの。
昨日のような気安さがなかった。
「……体調不良ではありません。もしかして、四人乗りの馬車なのでしょうか? それなら私が単騎で並走します」
騎士達は一気に笑い出した。
「そうきたか!」
「馬車は六人乗りだ」
「そういう意味ではないです」
「単騎で並走する必要はないよ」
パスカルが微笑んだ。
「だけど、外は真っ暗だ。護衛はつくけれど、目立たないよう多くはない。レーベルオードは狙われやすいから気を付けないといけない」
ユーウェインは理解した。
王宮に戻る途中で馬車が襲撃される可能性があるということだ。
「緊急事態になっても対応できます」
「じゃあ、行こうか。緊急事態になるかどうかはわからないけれどね」
五人は馬車に乗り、王宮へと向かった。
馬車は順調に進み、ウォータール地区の門をくぐり抜けた。
しかし、王宮へ向かう最短コースを選択した馬車は途中で急停止しなければならなかった。
「襲撃です!」
「障害物で道が塞がれています!」
御者と護衛が報告した。
馬車内の緊張感が瞬時に高まった。
「これは実戦でしょうか? それとも訓練でしょうか?」
レーベルオードは大掛かりな実戦訓練もすると聞いたため、ユーウェインは確認しておくことにした。
「本物の襲撃者だ」
「暗殺目的だな」
「指示を」
「正当防衛だ。自身の命を守ることを優先する。捕縛は必要ない」
パスカルの指示に騎士達は頷いた。
「出よう」
「私から出る」
盾を装備したサイラスから素早く外に出た。
エルグラードで最も王家の寵を得ていると言われるレーベルオード伯爵家の馬車を狙うだけあり、襲撃者の数は多かった。
軽く見積もっても三十人を下らない。
「レーベルオードを抹殺せよ!」
何十本もの剣が向けられ、襲い掛かかってくる。
「正義の剣を行使せよ!」
パスカルが全員を鼓舞するように叫んだ。
人と剣が激突した。





