1087 目当ての者
五人を乗せた馬車が向かった先は貴族用の高級デパートだった。
平日の午前中のせいか客は少ない。
一番上等な外出着の着用を指示されただけに、どんな場所に行くのかと緊張していたユーウェインだったが、思ったよりも大丈夫そうだと感じた。
「買い物は二時間だ。集合場所は三階にあるカフェにする。ユーウェインのために見繕ってあげて欲しい。僕は所用を済ませて来る」
「わかりました」
「逃がさないからな」
ユーウェインはラグネスに肩を掴まれた。
「一人で行動されるのですか?」
ユーウェインはパスカルの護衛として外出した。
他の騎士達も同じだと思っていた。
「危険では?」
パスカルは昨夜襲撃されたばかり。
一人になるべきではないというのがユーウェインの考えだった。
「大丈夫だよ。ここの警備は厳重だ。この機会に店内の配置を確認しておくといい。時々来ることになるだろうからね」
「我々の御用達といったところだ」
貴族としての御用達。または騎士御用達。あるいは第一王子騎士団御用達。ヴェリオール大公妃付きの御用達かもしれない。
とにかく、外出先の一つとして店内状況を把握しておくべき場所であることは間違いないとユーウェインは理解した。
「先導します」
ユーウェイン達はハリソンの先導で紳士服売り場へ向かった。
「最低でも着替え一式を買え。下着や靴下も忘れるな。現金か小切手を持って来たか?」
「買い物をするとは思っていなかったので、少ししか持ち合わせがありません。価格によっては一部になってしまうかと」
休日の買物が経費で落ちるわけもない。
自腹はごめんだとユーウェインは思った。
「こういう時じゃないと買い物をしにくいぞ? いつ休みが取れるかわからない」
「下着や靴下は多くあった方がいい。旅行がある」
王太子夫妻の新婚旅行。
当然、第一王子騎士団は護衛のために同行する。
「留守番になるかどうかわかりませんからね」
それもわかっている。
全員で同行してしまうと王太子が管轄するエリアの警備担当がいなくなってしまうため、各騎士団と調整中だった。
もし同行組に選ばれたとしても、必要な分はあるとユーウェインは思っていた。
「下着と靴下を買えばいいのでしょうか?」
ユーウェインは空気を読んで妥協を試みたつもりだった。
しかし。
「もういい。覚悟しろよ?」
ラグネスはサイラスとハリソンを見た。
「選んでやるしかないようだ」
「そのようだ」
「そうですね」
三人の認識は合致した。
「ユーウェインはここで全員の動きを見ていろ」
「次に備えての勉強だ」
「初めて来る者にはありがちです」
三人は頷くと、素早く売り場に散らばった。
騎士という職業柄、動きは素早い。
「下着を確保した!」
「靴下を確保しました!」
「シャツを確保!」
情報の伝達及び共有。
「交代だ!」
三人はそれぞれ配置担当を代わるかのように移動した。
……任務を想定した訓練ということか? それとも複数人による買い物の訓練か?
ユーウェインは三人の様子を観察した。
それをもう一度繰り返せば、三人がそれぞれ必要と思う下着、靴下、シャツを選んだことになる。
短時間で効率的に目的を達することができた。
「上着とズボンを選びに行く」
「移動しましょう」
「先に言っておくが、私は灰色の上着を選ぶ」
サイラスの宣言にラグネスとハリソンは笑った。
「わかった。緑にする」
「定番の配色ですね」
灰色はヴェリオール大公妃の色。緑は王太子の色。
そのせいだろうとユーウェインは推測した。
騎士達と別れたパスカルは足早に移動した。
目指すのは婦人服売り場。
男性が一人で行くような場所ではないため、売り場にいる男性はほぼ女性連れだ。
しかし、一人の場合もある。
女性への贈り物を購入したい者もいるが、パスカルのように目的の人物と接触したい者もいる。
見つけた。
プラチナブロンドは目立つ。探しやすかった。
位置を確認した後は、周囲の状況を把握するために見回した。
商品を探すふり。
すぐ相手に近づくようなことはしない。
「お客様、お手伝いいたしましょうか?」
売り場にいた女性店員が寄って来た。
「頼めるかな?」
パスカルはポケットからメモを取り出して見せた。
「かしこまりました。どうぞこちらに」
先導する女性店員の後をパスカルはついていく。
店員はレーベルオードの息がかかった者。
メモの指示に従い、商品を案内するふりをしてプラチナブロンドの客がいる方へパスカルを案内してくれる。
偶然出会ったように見せかけるというわけだ。
「珍しい」
プラチナブロンドと空色の瞳を持つ男性は驚いた表情をした。
デュシエル子爵を名乗るデイヴィッド・デュシエル。
だが、先に反応して動いたのは同行者。
赤茶色の髪。服装からいって良家の令嬢に見える。
男性の後ろに回って隠れる行動も早かった。
扇を広げて顔を隠すが、その視線は扇越しにパスカルへと注がれているに決まっていた。
「ここで会うとは思わなかった」
平日の午前中。
普通に考えればパスカルは王宮で勤務中だ。
「同じ気持ちです」
パスカルはにっこり微笑みながら、視界内の情報を読み取る。
繊細なレースの扇は上品で優美。いかにも女性らしいが、親骨は金属。
護身用の武器になる逸品だ。
瞳の色は確認できない。
「偶然ですね?」
実際は事前情報を元にしてパスカルはここへ来た。
「新しい方ですか?」
デュシエル公爵の孫であるデイヴィッドは多くの女性と付き合っていることで有名だ。
女性連れで買い物を楽しんでいてもおかしくはない。
「まあな」
「紹介してください」
デイヴィッドは面白いとばかりに笑みを浮かべた。
「無理だ。私のものだからな」
「でしたら余計に」
「横取りする気か?」
「まさか。そうならないよう覚えておこうかと」
女性がデイヴィッドの上着を引っ張った。
そして、デイヴィッドの耳元で囁く。
デイヴィッドはため息をつくと、しぶしぶといった表情を浮かべた。
「ヘレナだ。邪魔しないで欲しい」
「わかりました。ですが、あまりにも偶然ですね。私の妹と同じ名前とは」
「同じ?」
違うとデイヴィッドは思った。
パスカル・レーベルオードの妹とはヴェリオール大公妃のこと。
リーナだ。
だが、すぐにわかった。
愛称だ。
ヘレナの愛称の一つにリーナがある。
ヘレナのレナ、レーナが変化してリーナになる。
「一緒にするな」
デイヴィッドの不機嫌さが全開になった。
身分・血統主義者にとって、元平民の孤児からヴェリオール大公妃になったリーナは下賤な者。最低最悪級の成り上がり。
実は自分達が至上と位置付ける王族と純血種に含めている金髪碧眼の貴族女性の間に生まれた子供であることを知らない。
「そうですね。まったくの別人です」
パスカルは皮肉を込めた。
リーナとヘレナの違いだけではない。
ヘレナ自身が別人だ。
次の瞬間、音が鳴った。
ヘレナが扇を閉じたのだ。
あらわれたのは空色の瞳。
妖艶な美貌は挑発的な笑みを浮かべていた。
……なるほど。仮面がなくても女性に見える。
化粧で別人のようになる者もいる。だが、あまりにも違和感がない。
元々の顔つきのせいで性別を偽りやすいようだとパスカルは判断した。
そして、一度隠した顔をあえて見せたことの意味を考える。
余裕か。挑発か。
二度と会わないということかもしれない。
それなら顔を見られても関係がない。
「行くぞ!」
苛立ちを隠さないデイヴィッドはヘレナの腰に手を回すと強引にその場から離れた。
パスカルは残念そうな表情を浮かべた。
それは目当ての人物『ヘレナ』が行ってしまったからだけではない。
デイヴィッドが何もわかっていないからだ。
手に腰を回されてはいざという時に動きにくい。邪魔だ。
とはいえ、このデパート内であれば危険な目に合うような心配も少ない。
高級のクラスに甘んじているのは品揃えや価格帯のせいであって、警備においては最上クラスだ。
いつまでウォータールにいるのか。
恐らくはそれほど長くはない。
直接接触できる機会も次があるかどうかは不明。
敵になって欲しくはないが、相手と状況次第でもある。
リーナがヴェリオール大公妃になったことをどう思う? 許しがたい?
ボスという人物がリーナを大切にしていたのは確か。
しかし、愛は憎しみに変わることもある。
パスカルはその可能性を探りたかったが、答えを知るのはあまりにも難しかった。





