1086 メンバー集合
翌日の朝。
「まあまあ予想通りかな」
部屋に来たユーウェインの姿を見たパスカルは困ったように微笑んだ。
ヴェリオール大公妃付きになる者については全員素性調査が行われている。
ヴェリオール大公妃付きの側近を兼任するパスカルは調査書類を確認しているため、ユーウェインがどのような人物か、日常生活についてもある程度の情報を得ていた。
ユーウェインは貴族出自ではあるものの、名ばかりの貴族といっていい。
その感覚は平民というより庶民だ。
給料は決して低くはないが、購入品は全て平民用かつ安価なものばかり。服装についても貴族らしいものは一切なく、飾りのないシンプルなものしかない。
個人的な所有物は極めて少なく、可能な限り騎士団の備品や王宮内で自由に使用できるものを利用する。
倹約家。悪く言えばケチ。退団時に備えて給料を可能な限り銀行口座に貯めている。
友人は皆無。家族とは絶縁状態。
上昇志向。野心家。極めて用心深い。
政治や貴族位には無関心。
善悪の判断は正常。
頭の回転が速く、何事においても器用さを発揮する。
武器の扱いと乗馬術は秀逸。
最も得意とするのは二刀流。右は剣で左は短剣。
治安維持及び正当防衛における実戦経験有。
「ユーウェインは貴族だ。それが一番上等というのは問題だよ」
「問題でしょうか?」
ユーウェインは理解できなかった。
近衛騎士は貴族出自ばかり。体裁を気にする者や見栄っ張りが多く、お洒落に気を遣う者がほとんどだ。
そのせいで服装への嫌味や駄目出しは数知れず。完全に慣れきっていた。
「嗜好の違いでは?」
「それでは済まされない。本気で言っている」
「レーベルオード子爵から見ればさすがに貧相とは思いますが、護衛であればこの程度で問題ないかと思います」
「いかにも護衛らしい者が一緒だと周囲が気を遣う」
「牽制になるのでは?」
「高位者だと思われやすく、忍んで外出するにも不向きだ。友人同士に見える服装の方がいいこともある」
「では、相応しい服装ができる者を選んで同行させればいいだけのこと。私である必要はありません」
「そうもいかない」
パスカルがユーウェインを誘ったのには理由があった。
「ユーウェインはヴェリオール大公妃付きで貴族。近衛騎士としては上級だ。ヴェリオール大公妃の私的な外出に付き添うことがないとも限らない。だというのに、服装で駄目出しされるなんて不名誉だよ?」
「私は護衛騎士ではありません。一般市民に紛れてサポートする方に回ればいいのではないかと」
「その恰好じゃお洒落な王都民に紛れることはできない」
ユーウェインは言い返せなかった。
「直近で制服のサイズ変更をした?」
「いいえ」
「じゃあ、ここで待っていて欲しい」
パスカルは居間にユーウェインを残して隣の部屋へ行った。
ユーウェインは素早く部屋を見回す。
自身の知らない場所に来た場合はどのようなところであるかを把握しておくことにしている。
安全のためでもあれば、状況変化に対応するための備えでもある。
王族の側近であるパスカルには元々一室が与えられていたが、妹のリーナが王太子の妻になったことから、王宮内に外戚としての客間使用が許可された。
しかし、客間の周辺を貴族の令嬢や王族エリア担当の侍女がうろついているのが発覚。
より警備が厳重な場所に部屋が移ることになった。
……まさに別格扱いだ。
前は元王族の部屋として使われていた宿泊室だったが、ここは間違いなく王族のための部屋。
王女用の部屋だけに使われていなかったが、王家の者が使うことになるまではパスカルが使ってもいいという特別な許可が出た。
そのせいで内装は女性が好みそうな草花の装飾が多い。
色使いも女性的。上品かつ優美。
物語の王子が抜け出したようだと比喩される優し気なパスカルには似合わなくもない。
時折見せる厳しい表情とは合わないが。
「取りあえず二着。まずは上着を合わせてくれるかな? サイズは大丈夫だと思う」
パスカルは衣装を持って戻って来た。
「着替える必要があるということでしょうか?」
「何か服に仕込んでいる? 武器とか」
非常に答えにくい質問をされ、ユーウェインは戸惑った。
「……大丈夫です」
否定ではなく問題がないという答えにした。
なぜなら、投擲用の武器を仕込んでいる。合鍵用の針金も。
「これは普通のだ。こっちは少し重くなる。どっちがいい?」
「普通ので」
ユーウェインは上着を脱ぎ、パスカルから受け取った普通の上着を身に着けた。
装飾は控えめだが、上等な生地で作られているのがすぐにわかるほどの手触りだ。
「どう?」
「……普通に着られるかと」
「剣を使いやすいかどうか確かめて欲しい」
ユーウェインはすぐに腕を動かした。
上や左右に腕を振り、服による引っ掛かりがないかどうかを確かめる。
護衛として同行するのであれば、着用した服装が邪魔になってはいけない。
自分の服であれば問題ないが、他人の服では事情が異なる。
パスカルの指摘は当然のことだった。
「大丈夫です」
「じゃあ、こっちも」
パスカルは少し重い方の上着を渡した。
ユーウェインはすぐに気づいた。
「防刃服でしょうか?」
「そうだ。護衛ならこういったものがあると便利だよ。封筒を折りたたんでポケットに入れるよりも効果が高い」
「私には用意できません」
騎士服があれば十分。
私服で持っておく必要性をユーウェインは全く感じなかった。
「それを着用して外出しようか」
パスカルが選んだのは防刃服だった。
「できれば先ほどの服の方をお借りしたいのですが?」
何かあって弁償しなければならない時に備え、できるだけ安そうな方にしておきたいというのがユーウェインの考えだった。
「重いとそれだけで剣の速度が落ち、感覚も鈍ってしまいます」
了承して貰えるよう真っ当な理由にも言い換えた。
しかし。
「本当に護衛をさせる気は今のところないから平気だよ」
押し切られた。
貸主の権限は強いのもある。
その時、ドアをノックする音が響いた。
「ハリソンです」
「入っていいよ」
ドアを開けて部屋に入って来たのは第一王子騎士団の護衛騎士の一人。
ハリソンはユーウェインを見ると驚くような表情になった。
「ユーウェインも一緒に?」
「誘うことにした」
「サイラスとラグネスもすぐに来るとのことです。先触れに私が来ました」
「わかった。寛いでくれて構わない。ソファに座るといいよ」
「さすがに私の身分ではご辞退申し上げます」
「遠慮しないでいいよ。今日は身分や階級に関係なく一緒に過ごすつもりだからね」
「では、お言葉に甘えて」
ハリソンは一礼すると空いている席に座った。
「ユーウェイン、ズボンも変えて欲しい。寝室を使っていいよ」
パスカルの言葉に驚いたのはユーウェインだけではない。ハリソンも同じく。
通常はかなり親しい者にしか寝室を見せない。
着替えのためでも、貸すようなことは極力避けるのが常識だ。
つまるところ、パスカルはユーウェインを強く信頼しているということになる。
「着替え中でしたか。私は控えの間に行きます」
以前の部屋は控えの間がなかったが、ここは王女のための部屋。
廊下から続く部屋は控えの間になっており、護衛の騎士が警備しやすくなっていた。
「いいえ。控えの間で着替えてきます」
ユーウェインは渡されたズボンを持って控えの間に移動した。
「貸出しされるのですか?」
「ユーウェインの上着はあれだよ」
非常にシンプルな茶色の上着。
装飾が一切なく地味としか言いようがない。かなり着古した感もある。
駄目出しされるのは当然だとハリソンは思った。
「着替えました」
ユーウェインが戻った。
「まあ、こっちの方がましかな。ブーツやベルトは支給品だとしてもね」
見抜かれている……。
ユーウェインは心の中でつぶやいた。
「取りあえず、お礼に一式贈ることにしよう」
「お礼ですか?」
ハリソンが尋ねた。
「昨夜襲われてね。ユーウェインが追い払ってくれた」
ハリソンはすぐに険しい表情になった。
「王宮内でしょうか?」
「聞いていない?」
「私は何も聞いていません」
「上で情報を止めたのかもしれない。ここだけの話にしておくように」
「護衛は誰がついていたのですか?」
「交代時間だった」
パスカルは自分付きの騎士の交代時間が迫っているため、セイフリードの部屋にいる間に交代させようと思った。
だが、予想以上に話し合いが短く、交代の騎士が来る前に終わってしまった。
戻る途中で交代の騎士に会うと思っていたが、それよりも早く不審者に遭遇してしまった。
「交代の者は誰だったのですか?」
「ユーウェインだ」
「遅くなり申し訳ありません」
ユーウェインはすぐに謝罪した。
「いや。交代時間よりも早く来てくれたのに謝ることはない。早めに交代させることにしたのも、一人で戻ることにしたのも僕だからね」
ユーウェインに非がないことをパスカルははっきりと伝えた。
またノックの音が響く。
「サイラスです。ラグネスもいます」
「入って」
姿をあらわしたのは護衛騎士兼騎士隊長を務めるサイラスとヴェリオール大公妃付きの筆頭護衛騎士であるラグネスだった。
「揃ったね」
今日はこの五人で外出する。
身分・地位・出自に関係なくヴェリオール大公妃付きの仲間同士として接すること、敬称なしの名前呼びをすること、レーベルオードやヴェリオールといった名称は出さないという説明があった。
「緊急時の判断序列は決めておく。僕、ユーウェイン、サイラス、ハリソン、ラグネスだ」
サイラス、ハリソン、ラグネスはためらうことなく頷く。
だが、ユーウェインは驚きを隠せなかった。
パスカルが自身を『私』ではなく『僕』と言ったことも含めて。
「私が二番ですか?」
全員ヴェリオール大公妃付きだけに、騎士団内での序列が明確にある。
パスカルが示した判断序列はそれと同じではない。
「心配しなくていい。護衛騎士は指示出しなどしなくても各自が最善の行動を取る」
ラグネスが笑った。
「ユーウェイン、今日はよろしく頼む」
「こちらこそ」
ユーウェインは内心戸惑いつつもサイラスと握手を交わし、続いてラグネス、ハリソンとも握手をすることになった。
「じゃあ、行こうか」
五人は馬車乗り場へと向かった。





