1078 リーナとクオンの愛の日(四)
「あっという間でした」
夕食の席。
リーナはクオンと一緒に行った店で購入した髪飾りをつけていた。
「どうですか?」
「とてもいい」
二人で選んだ愛の日の思い出だ。
王立大学の学生アルバイトに教えて貰った店のアルバイトも王立大学の学生だった。
商品は王立大学の芸術部の卒業者や在籍者が手掛けている。
店のオーナーも王立大学芸術部の卒業生で、後輩達を支援する一環として作られた店だった。
「あの店は面白かったです。びっくりするようなアクセサリーもあって」
「そうだな」
エルグラード最高の芸術学部の者達が生み出した品々は独創的で、まさに芸術作品の宝庫だった。
リーナもクオンもどれがいいか迷ってしまったが、アルバイトは愛の日にちなんで十四個選べば大丈夫だと助言した。
その言葉を真に受けた二人は気になったものを全てトレーに選び取り、二人で批評しながら十四のアクセサリーを購入した。
「順番に夕食の時につけようと思っています」
「楽しみだ」
それだけで話題になる。
そして、愛の日を思い出す。
一緒に学生風のデートを楽しんだことは、一生色褪せないだろう。
「ただ、残念な気持ちもある」
「残念? どこがですか?」
「パリュールではないことだ」
商品の種類は豊富だが、同じデザインがない。
一点物だからこそ、一カ所だけ。
クオンとしては同じデザインで揃ったアクセサリーのセットが売っていれば良かったと感じた。
「修理もリフォームもできると言っていたので、聞けば作って貰えるかもしれませんね」
むしろ、特注品を注文すれば、制作者が喜ぶかもしれない。
思わぬ臨時収入になるはずだ。
「そうだな。聞いてみよう」
「またあの店に行くのですか?」
「新婚旅行があるからな。人をやるしかないだろう」
「新婚旅行ももうすぐですね。楽しみです」
「そうだな。公式な旅行予定は二回目だ」
クオンは王太子だけに外出については厳しく管理されていた。
王立学校に入るまでは王宮敷地内から出たこともなく、学生時代も王都内から出るなと言われていた。
ただ、執務に関係することでどうしても現地が見たいと言い張り、キルヒウスを説得して外出したことがある。
軍事訓練に極秘で参加するという名目での一泊もあった。
よくよく思い出せば、仕事も勉強も両立させながら、友人達と遊んでもいた。
「これまでは昔をゆっくりと思い出す暇さえないほど忙しかった。リーナのおかげで、ようやくそのような時間を持つことができた」
「仕事もほどほどに。健康第一です!」
「リーナも同じだ。何かしたいことがあるなら相談して欲しい」
「では、早速。後宮にもああいう店が欲しいです」
「学生街にあるような店か?」
「そうです」
後宮には購買部と買物部があるが、もっともっと便利にしたい。
王宮に住む者や勤務で時間がない者も必要な物を手に入れ、買い物を楽しめるようにもしたい。
「洋服と靴を扱う店が欲しいなと思いました」
購買部の衣料品は高いため、もっと安くてお得なものが欲しい。
王宮や後宮は広いため、必然的に靴が傷みやすい。
歩きやすく丈夫で長持ちする靴もあれば、きっと喜ばれるだろうとリーナは思った。
「カフェもあったら嬉しいです。私がクオン様と味わった素敵な一日を、外出できない後宮の者が味わえるようにしてあげたいです」
「衣料品と靴についてはいずれ解決するだろう」
クオンが答えた。
「私的に調査を命じている。その結果、大量の衣料品と靴が溢れることになる。どうするかはリーナに任せる」
「調査?」
「デパートの品質調査だ」
後宮購買部は高級品を売っている。
よく貴族用のデパートの品揃えと同じだと説明されるが、貴族用のデパートは多くある。
「どんなデパートと同じなのか気になった」
ヘンデルに聞くと、デパートの格付けは人によって違う。
一般的には最高級・高級・やや高級・普通・庶民の五級だと言われており、後宮購買部がどの辺りになるのかは不明。
そこでこれまで納入していた商人の取引先や王都にあるデパートの品揃えを調べ、比較してみることにした。
「調べてどうするのですか?」
「調べるだけだ」
クオンは答えた。
「私的な金銭を何に使おうと自由だ。自分の知りたいことを調べるために使ってもいい。大量の衣料品と靴を購入することになるが、私には必要ない。妻であるリーナがどうにかしてくれると助かる」
リーナは夕食の時に思いついたことを次々と話していた。
だからこそ、クオンも何かできないかと思い、調査するという名目で大量の衣料品を購入し、リーナが好きにできるようにした。
「それって、私が後宮にお洋服や靴のお店を作ってもいいということでしょうか?」
「私は後宮についての権限がない。だが、宰相は無駄を嫌う。調査で必要なくなったものを後宮で再活用するのは悪くないと思うのではないか?」
「そうかもしれません」
だが。
「でも、このようなことは一度だけにしてください。クオン様が浪費をする方だと思われては困ります。王太子なのですから」
リーナはきっぱりとした口調で伝えた。
「私のことを心配してくれて嬉しい。それに今の発言には威厳があった。王族妃らしくなってきたな」
「え? 本当に?」
リーナはパッと顔を輝かせた。
「本当だ。もっと購入して欲しいと言うような者は王太子の妻として好ましくないだろう。時には夫の行動を冷静に見極め、助言するのが妻の務めだ」
「頑張ります。クオン様の妻に相応しいと思われるように」
「私も頑張る。リーナの夫に相応しいと思われるように」
リーナとクオンは微笑みながら見つめ合った。
「愛の日は一年で一日だけだが、リーナと過ごす時間はすべて愛の時間だ」
「クオン様と一緒に過ごせるだけで贅沢な気分になれます」
「エルグラード王太子の妻だからこその特典かもしれない」
「絶対にそうです! きっと多くの人が自分にとっての特別な一日や時間を過ごしているはずです」
「そうだな。うまくいくといいが」
「ベルとシャペルのことですか?」
「国民全てのことだ。あの二人も含まれている」
「気合を入れているみたいですよね。シャペルは」
「聞いたのか?」
「聞きました」
コホン。
話が長くなることを懸念した給仕役の侍従がわざとらしく咳をした。
「話してばかりでは食事ができない。食べよう」
「そうですね」
二人がカトラリーに手を伸ばそうとすると、
ウォッホン!
より大きな咳が聞こえた。
「何だ? はっきり言え」
「乾杯はしないのかと気になりまして」
クオンとリーナはハッとした。
今日は平日だが、愛の日だ。
特別な日の夕食は乾杯からが正解だった。
「よく気づいてくれた。礼を言う」
「ありがとうございます。乾杯は大事ですよね!」
「万事を調え、お見守りするのが我々の役目ですので」
給仕役の侍従は平然と答えたが、王太子夫妻に感謝されたことを心から誇りに思った。
「二人で初めての愛の日に。乾杯!」
「乾杯!」
無事に乾杯が終わる。
給仕の全員がホッとした。
まずは一つクリア。
だが、まだまだこれから。
愛の日の特別な料理を楽しむ時間が始まった。
夕食の後は贈り物の時間。
クオンとリーナはそれぞれ愛の日の贈り物を用意して居間に移動した。
「王太子としての贈り物だ」
大きな箱に収められていたのはダイヤモンドのパリュール。
最高級品だ。
「これは個人的な贈り物だ」
希少なレッドダイヤモンドのイヤリング。
二つの石をイヤリングにするためには、大きい方の石を削ってサイズを揃えるしかない。
それが最高の贅沢でもある。
「愛の日と言えば赤だろう?」
「クオン様は寛大で愛情深い方ですね」
リーナは複数の贈り物に驚いていた。
「聖夜の時も沢山贈り物をいただきましたし」
「リーナへの贈り物はいくらあってもいい」
贈り物を選ぶのは苦手だった。
助言をくれる者達のアドバイスを参考に選んでいただけ。
だが、今は全く違う。
どのような贈り物であればリーナが喜ぶかが気になって仕方がない。
リーナが贈り物を見て喜ぶのであれば、それは自分によってリーナの喜びが生まれた証拠だ。
幸せにしたい。多くの喜びを与えたい。
そのためにクオンができることがある。
その一つが贈り物だと思うようになった。
「つけてやろう」
クオンはレッドダイヤモンドのイヤリングをリーナの耳に自らつけた。
そのためにイヤリングはなしだったのかもとリーナは思っていた。
「とても似合う。レーベルオードの腕時計と石も揃う。一緒に普段使いすればいいだろう」
レーベルオード親子から贈られた腕時計のこともクオンは考えていた。
その気遣いにリーナの喜びはより大きくなった。
「そうですね! ありがとうございます! 次は私の番です」
リーナは自分が用意した贈り物をクオンに手渡した。
「どうぞ」
「ありがとう。とても気になっていた」
「クオン様のことを考えて……でも、どう思われるかドキドキします」
「どんなものでも嬉しい。リーナが私に贈り物をしてくれるのであれば」
まずはカードを確かめる。
バラの色は赤。
予想通り。だが、リボンの色は予想外。
虹色だった。
「レインボーリボンか」
「気合を入れて塗りました!」
様々な色を使った鮮やかなリボン。
リーナらしくある。
そして、ミレニアス王家の一員らしくも。
「抽選のカードだな?」
「もし当選したら、ランチに誘ってくれてもいいですよ? 一緒に官僚食堂へ行きます!」
「移動販売のものは食べた」
「食堂でしか味わえないメニューもあります」
「当選するかどうかが楽しみだ」
次は箱。
中に入っているのはチョコレートだ。
「今回は愛の日ということでチョコレートにしました!」
ハート型にしたのはより愛の日らしくなるという助言を受けたから。
気分に応じて様々な味を楽しめるようにもした。
「この棒はグリッシーニではなさそうだが」
「ビスケットです」
グリッシーニのようにつまみやすく手や書類が汚れにくいようビスケットの棒をくっつけた。
「ハートだけを食べればチョコレート、持ち手だけを食べればビスケット、一緒に食べればチョコビスケットを楽しめます!」
「なるほど」
一つの菓子であっても、食べ方次第で三種類の味になる。
独自の発想力で新しいものを生み出すリーナらしかった。
「お勧めはミルクチョコレートなので、沢山詰め込みました」
ホワイトチョコレート、ビターチョコレート、ストロベリーチョコレート、キャラメルチョコレートの全五種類。
「抹茶がないな」
「えっ!」
リーナは驚いた。
「抹茶味も欲しかったですか? もしかして、お気に入りの味でしたか?」
「色も味も良かった。一番好きなわけではないから大丈夫だ」
「クオン様の好きなチョコレートはどの味でしょうか?」
「これだ」
クオンはミルクチョコレートを選んだ。
「確かに持ちやすい」
「後からくっつけただけなので、ポロっと取れちゃうこともあります。気を付けてください」
「わかった」
クオンは口の中に入れた。
「どうですか?」
「チョコレートビスケット味だ。美味しい」
リーナは笑顔になった。
「良かったです。そう言っていただけて」
「リーナも食べるか? ミルクチョコレートが好きだろう?」
「大丈夫です! 自分用を確保しました!」
リーナは自分のために特別な一箱を作った。
誰よりも多くのミルクチョコレート味が入っているスペシャルボックスだ。
「これはクオン様専用です。執務の合間とか、ちょっとした時に食べてください」
「そうか」
クオンは頷いた。
「ならば、今は別のものを味わえばいい」
「別のもの? それは」
クオンに唇を塞がれたリーナはそれ以上言えなかった。
二人で味わうのは、チョコレートビスケットよりも甘い口づけ。
とてつもなく愛の日らしかった。





