1072 リーナとクオンの愛の日(三)
「そろそろ行くか」
「はい!」
学生食堂を出るとエヴァンが待っていた。
自転車タクシーの説明を受けた後は早速乗り込み、馬車乗り場まで向かう。
人台車に引き続き自転車タクシーもまた馬車よりもずっと気軽に利用できる便利な乗り物だとリーナ達は思った。
「これ、欲しくなってしまいますね」
自転車タクシーを降りたリーナは呟いた。
「王宮や後宮も広いですし、こういったものがあると便利そうです」
「確かにそうだな」
クオンは自転車タクシーが有用そうだと思った。
後ろに人ではなく荷物を載せれば、大量の荷物であっても素早く配達できる。
運転する者の労力がかかるが、馬がいなくてもいい点は大きい。
「自転車タクシーは屋外用です。人台車は屋内でも広い場所なら利用できるかもしれませんが、かなりの音が響きます」
「ガラガラ鳴ってましたね」
「そうだな」
単に速く労力をかけずに移動するという点では優れているが、音を抑えにくい。
絨毯の上であれば音が出ないが、人台車は滑ることを活用して労力を節約している。
それができなくなるため、労力が増してしまう欠点があった。
「でも、王宮と後宮をつなぐ廊下だったらいいと思います!」
連絡路は直線で長い。
ひたすら歩くしかないが、人台車があれば楽に移動できそうだとリーナは思った。
「確かにあの場所なら便利かもしれない」
王宮内には公的な場所として使われる場所が多く、国王の住居という威厳を保つためにも騒々しい音は立てにくい。
だが、王宮と後宮をつなぐ廊下は位置的にも音を気にしなくていいだろうとクオンも思った。
「後宮に行く時に楽になりそうですし、後宮から王宮に戻る際にも楽になります」
「セイフリードに言って一台融通して貰ったらどうだ? 練習場所にも丁度いいかもしれない」
「そうですね。聞いてみます!」
「次の場所に行こう」
一旦は馬車に乗るが、少し走ったところですぐに降りることになった。
「学生街を歩く。私が学生として過ごした場所をリーナに見せたい」
「ぜひ、お願いします!」
最初に向かったのは学生が足繁く通う書店街。
通常の書籍から大学で使用される教本、専門書も幅広く取り揃えられている。
特に人気があるのは大学内で使用される教本の過去版だ。
「優秀な者は教本に書き込みをすることが多い。そこで書き込みの多い教本を狙って学生達が古本屋へ通う」
「勉強熱心ですね!」
「女性に人気の本屋に行くと、見目の良い男性の絵姿が大量に売っている」
「それを買ってどうするのですか?」
「眺めてニヤニヤするらしい」
「……そうですか」
「他にも多くの店がある」
王立大学の側にある学生街は王都で最も有名だ。
学業に関わるものも充実しているが、大学に通うために家を出た学生のための店や若者が興味を持つようなものを売る店もある。
クオンが注目したのは新品ではなく中古品を扱う店が多くあり、繁盛しているということ。
「古本が一番人気だが、中古家具や古着屋も盛況だ」
大学へ通うために家を出て独り暮らしや下宿暮らしをする者が多い。
そこで自分好みの家具を中古家具店で買い、卒業後に売り払う。
古着屋は学生達のクローゼット代わり。
季節に応じて中古の服を買い、必要なくなったら売る。
「新品同然のものを中古として売っていることもある。非常に安いらしい」
「激安ということですか?」
リーナが反応した。
「そう聞いた。気になるなら行ってみるか?」
クオンは古着を買ったことがない。
だが、友人達と共に古着屋に行ったことはある。
「ぜひ!」
リーナとクオンは古着屋へ行くことにした。
古着店についたリーナは重要なことに気づいた。
「ここは……」
「どうした?」
「男性専用ですね?」
クオンも気がついた。
自分の知る店は男性服しか扱っていない店であることに。
「女性の服を扱っている店に行こう」
「いいえ。せっかくの機会ですので勉強していきます!」
だが、クオンも贔屓にしているわけではない。
店の商品について解説することはできないため、店員に聞くことにした。
「いらっしゃいませ! どのような洋服をお探しですか?」
元気に挨拶をしてくる若い店員を見てクオンはふと思いついた。
「学生のアルバイトではないか?」
「そうです! 王立大学に通っています!」
学生街の店の多くは人件費を安くするため、王立大学の学生をアルバイトとして雇っている。
学生の賃金が安いわけではなく、時給単位で雇えるのが利点だ。
混雑する時間帯や繁忙期に合わせて人を臨時で雇いやすく、学生も学業とアルバイトの両立をしやすい。
「この者のように、学生の中には金を稼ぐためにアルバイトをしている者も多くいる」
「正直に言うと、僕は社会勉強のためです。今のうちでないと、こういった経験をできないと思って」
金銭のためではなく、社会経験を積むためにアルバイトをする者もいる。
「そうか。私も正直に言う。服を買いに来たわけではない。古着を扱う店がどのようなものかを見に来た」
「あー、よくいます。貴族や金持ちは利用したことがないので気になりますよね」
若い店員はクオンを見た後、リーナ、護衛騎士達の順番に服装をチェックした。
「お兄さんかお姉さん、ズバリ王族ですね!」
「どうしてそう思う?」
「護衛が二人以上同行するのはどこかの王族や大貴族です。そして、そっちの四人はエルグラードの騎士ですよね!」
若い男は自信満々で解説した。
「観察眼が鋭いと思うかもしれません。でも、王立大学の学生ならセイフリード王子殿下の護衛騎士の服装を知っています。護衛騎士のマントは全員同じなので、わかりやすいだけですよ」
なるほど。
護衛騎士達は一つ勉強したと思った。
「古着屋について軽く説明しましょうか?」
「そうして欲しい」
「ざっくりですが、ここは古い洋服を安く売る店です。いらなくなった服の買取もしていますが、捨てるよりはましって感じの値段ですね」
服を売る場合は店員に声をかけ、買い取り担当の者に査定して貰う。
すると、この店で使える商品券を査定分だけ貰える。
その商品券や現金を使って好みの服を買う。
「質屋とは違うので、一度売った服は戻って来ません。店内で売れ残っていれば買い戻せます。中古でも未着用の服・新品・庶民では絶対に注文できない特注服もあります」
掘り出し物を探すため、毎日のように顔を出す強者もいる。
「王立大学は留学生が多いので、他国の服もありますよ。ちょっと変わったデザインの服は大体そうですね」
「留学生の方が売りに来るのですか?」
リーナが質問した。
「そうです。エルグラードに留学する他国の者は身分が高いか裕福な者ばかりです。腐るほど服があり過ぎて困るのが常です」
裕福な者は買い物も勉強だといって様々な品を買う。
自国では輸入品のせいで関税がかかっていたため、エルグラードで買う方が安く得だと感じるのもある。
その結果、賃貸部屋が荷物で溢れ、売って処分するのだ。
「大量にゴミを出すとお金を払わないとですが、売れば微々たる額でもお金や商品券が貰えます。得なんですよ」
「この店は商品券と交換ですよね? 身分の高い者や裕福な者も古着を買うのですか?」
「そうです。お忍び用の服は新品よりも古着の方がいいんですよ。いかにも普段から着ているように見えますから」
確かに、とリーナ達は思った。
「商品券を友人に融通する者もいます。お金と違って渡しやすく、互いに気を遣わなくて済みます」
王立大学の学生は優秀だが、貧富の差がかなりある。
様々な場面で裕福な者は率先してお金を出すが、奢られることを良しとしない者もいるため、相手の自尊心を傷つけないような贈り物をする。
「ちなみにあそこのコーナーにあるのは無料です。一人につき一着までですが、サイズや好みが合うならどうぞ。ちょっとした土産にもなりますよ」
「無料ですか?」
リーナは驚いた。
「どうして無料なのですか? 赤字になりませんか?」
「売れない商品は無料で持っていってくれた方がいいんです。処分するとお金がかかるので」
王都のゴミ処理事情は巡回するゴミ収集業者に渡す方法で、量が多いほど割り増し料金を取られる。
商売をしている者はゴミ処理代がかかりやすいため、売れない商品は無料で配ることでゴミ処理代を節約することもある。
「この辺りの中古店は必ずといっていいほど無料コーナーがありますよ。何か買うともう一品無料とか。客の呼び込みにもなるので丁度いいんです」
「ゴミ処理代と宣伝費の節約ですね!」
「賢いな」
リーナとクオンは商売人の賢さとしたたかさを感じた。
「お姉さんはうちの商品なんて興味ないですよね。ここを出て右の方にある赤いドアの店が女性用の古着屋です。ただ」
店員はクオンと護衛騎士を見た。
「男性を五人も連れて行くとかなり目立ちます。そこで男性の一人が先に入り、三十分だけ貸し切りにして欲しいと店員に伝えるといいかもしれません」
昼の時間は飲食店へ人が流れるため、客がいなくて売り上げが出ない。
中古を扱う店なら五十ギールから百ギールのチップまたは商品を買う約束すれば、喜んで貸し切りにしてくれるだろうと店員は説明した。
「わかった。他にも現役学生ならではの視点で勧める店はあるだろうか?」
「正直に言っても?」
「構わない」
「お兄さんとお姉さんは恋人同士ですか?」
「夫婦だ」
クオンは正直に答えた。
「なるほど。愛の日に中古店巡りは穴場だと思います。でも、普通は行きません」
その通り。
護衛騎士達は心の中で頷いた。
「この通りの右端の方にピンク色の小さな店があります。そこは手作りのアクセサリーを扱っていて、一点ものしかありません。愛の日の記念として、世界に一つしかない贈り物を二人で選ぶのはどうですか?」
「素晴らしいアドバイスだ」
「じゃあ、情報料として何か一つ買ってください。こちらも商売中なので」
「優秀なアルバイトに声をかけたようだ」
「私もそう思いました!」
クオンとリーナは楽しそうに笑い合った。





