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後宮は有料です! 【書籍化】  作者: 美雪
第八章 側妃編

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1071 リーナとクオンの愛の日(二)




「ここは?」

「王立大学だ」


 王宮から馬車で移動した先はかつてクオンが通い、セイフリードが卒業しようとしている王立大学だった。


「ここが大学! 凄く広そうですね!」

「王宮ほどではないが広い方だろう。敷地内を歩きまわるのは大変だ」

「あれは何でしょうか?」


 学生達の多くは普通に歩いているが、中には台車のようなものに乗っている者が見えた。


「セイフリードが発明した乗り物だ。人台車というらしい」


 大学内は広く、建物間の徒歩移動を負担に思う者もいる。


 身分の高い者や裕福な者はチップを払って車椅子を押して貰うサービスを利用していた。


 それを見たセイフリードは荷物を運ぶ台車でも人が運べると思った。


 荷物を運んでいた台車についでのように人が乗っていることもある。


 そこで人が乗るのを主目的にした専用の台車を発明し、大学内の移動手段として流行らせ定着した。


「すみません。人台車をご利用されますか?」


 様子を窺っていた学生が声をかけてきた。


「エヴァンはいないか? 弟が車を手配してくれている」

「エヴァーーーーーーーーーン!」


 学生が叫ぶと、離れた場所にいた一人が手を振った。


「すぐに来ると思います」

「手間をかけた。チップをやろう」


 クオンは高額紙幣を差し出した。


「こんなに!」

「愛の日だからだ。学生は何かと金がかかるだろう。より勉学に励むように」

「ありがとうございます! これで専門書を買います!」

「おまたせしましたーーーー!!!」


 四人の学生が慌てて人台車と共にやって来た。


「お初にお目にかかります。エヴァンと申します! セイフリード殿下とは親しくさせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします!」

「予約したのはこれか?」


 学生達は複数の人台車を用意していた。


「こちらは自力操作の人台車です。他の者が押す人台車もあります。ご利用人数は二名と伺っているのですが、どちらにされますでしょうか?」

「自力操作の利用方法を教えて欲しい。難しそうなら押して貰う方にする」

「わかりました!」


 エヴァンは自分の持っていた人台車の上に乗ると、早速扱い方について話し始めた。


「基本的には足場と呼ばれる細い板に乗りまして、ハンドルと呼ばれる部分を両手で握ります。その状態で片足を足場から出し、適度に地面を蹴りながら進みます」


 何回か蹴る動作をすると勢いがついて勝手に進むようになる。その間は蹴らなくてもいい。


「単純だな」

「そうですね。上に乗って蹴るだけなので。ただ、使用するためのルールがいくつかあります」


 大学内は歩行者優先。人台車は歩行者の邪魔にならないよう使用許可のある広場や専用路で乗る。


 原則左車線。追い越しは専用の車線がある場所のみ。


 中央線で区切られた右車線は逆側から来る者が利用する。空いていても使わない。


「下り坂の場所も多くあります。スピードが出やすいので、滑り出したら蹴らないでください。危険を感じたら足をつけて速度を落とします」

「私が先に乗る。リーナはそれを見てどうするか判断すればいい」

「わかりました。頑張ってください!」

「別の者が先導します。その後にどうぞ」


 先導者は専用路まで行くと足で地面を蹴り、勢いをつけた。


 人台車は直進し、そのまま緩やかな傾斜を下りていった。


「簡単だ」


 先導者の真似をしながらクオンは人台車に乗り、難なく下り坂を降りきった。


「ここからはしばらく平坦なので、蹴りながら進みます。強く大きく伸びやかな蹴りをすると楽でスピードも出ます」

「リーナを待つか」

「後から来た者とぶつからないようもう少し前の方へ移動します。十分な車間距離があるとより安全に走行できますので」


 クオンに並走して移動したクロイゼルが手を振った。


「リーナ様、どうされますか?」

「挑戦するに決まっています!」


 侍女達が用意した履物はヒールがないブーツ。


 外出のためだと思っていたが、このためだったのかもしれないとリーナは思った。


「何回か蹴ったら、両足を足場に乗せてしまっても大丈夫です。まっすぐ進めばいいだけなので、ハンドルはしっかりと握って前を向いてください。足を出して地面に触れればブレーキになって速度が落ちます」


 初心者はハンドルがぐらつきやすいため、現状はロックして曲がれないようにしている。


 速度を出し過ぎると止まれなくなるため、初心者は様子を見ながらゆっくり移動するようエヴァンは念入りに説明した。


「わかりました!」


 リーナは自力操作の人台車を受け取ると、専用路の所まで来た。


「行きます!」


 三回ほど地面を蹴ると、足場についた車輪がその後も勢いで回り続ける。


 歩くよりも楽に移動できた。


「これは……!」


 運搬用の台車の向きを変えて乗り、足で蹴りながら乗るのと似ている。


 後宮内で男性の召使いが同じようなことをしていた様子をリーナは見たことがあった。


 緩やかな傾斜のせいでリーナの乗った人台車は自動的に下りて行く。


 速度も増すが怖くはない。風を感じて気持ちがいいほどだ。


 下り坂を滑り降りるとだんだんと速度が落ち、ついには止まった。


「問題なさそうだ」

「初心者とは思えないほど、見事な操作でした!」

「簡単ですね! 素早く移動できました!」


 クオン達に合流したリーナは活き活きと表情を輝かせていた。


「ここからは平坦なので、何度も蹴りながら進みます。少し進むと曲がる場所があるので、ハンドルのロックの外し方を教えるために止まります」

「前の者とは間隔を空けて走行する方が安全らしい」

「勢いでぶつからないようにですよね。気を付けます!」


 馬車乗り場からの専用路は初心者が練習しやすいコースに設計されており、女性でも安心して利用できる。


 大抵は一回目で基本操作を覚えてしまうため、次回からは案内役をつけなくても普通に乗りこなせるだろうとエヴァンが説明した。


「楽しいですね!」


 リーナは人台車を気に入った。


「素早く楽に移動できる」


 クオンも同じ。


 馬車に乗るためには準備時間がかかるが、人台車は用意しておけばすぐに乗れる。


 自分で地面を蹴って進まなければならないが、専用路は車輪がよく回るために労力は少ない。


 手軽な移動手段として大学で流行るのも納得だった。 


「セイフリード殿下のおかげで、学生達も喜んでます!」


 貴族や裕福な者に限られた移動手段ではなく、誰でも利用できる移動手段ができた。


 講義時間に間に合うよう移動しやすくなり、走ってヘトヘトになることもない。


「だが、有料なのだろう?」

「そうですね」


 人台車を持つ者は特許の関係でセイフリードが作った人力会に登録しなければならず、会費を払わなければならない。


 ただ、会費の基本額は安い。


 ほとんどの者は追加料金を払い、人力会が所有する人台車を期限付きでレンタルしている。


 そして、会員から集められた資金は新しい人台車の制作費や専用路の延長等に使用され、利便性がどんどん向上している。


「最初は反対していた教授達もすっかり愛用者です。自転車タクシーも人気ですよ!」


 自転車タクシーは東の国にある乗り物を参考にして作られており、人台車よりも長距離に適している。


 利用者は自転車と呼ばれるものの後ろについている客車の座席に座るだけ。


 行き先を言えば、運転手が自転車を漕いで連れて行ってくれる。


 現状では配備されている台数が少ないせいで完全予約制。


 教授陣や来客者がほぼ独占的に利用している。


「帰りは自転車タクシーを用意します。希少な乗り物をご堪能ください!」

「楽しみだ」

「そうですね!」


 リーナとクオンは人台車を楽しみながら学生食堂を目指した。





 ほどなくして学生食堂の建物前に到着。


 リーナもクオンも初めて利用した人台車の使い心地に満足気な表情を浮かべていた。


「いくらだ?」

「自力操作は一回一台貸し出しで一ギールです。レクチャー料はお好みで」


 クオンは高額紙幣を四枚差し出した。


「四人いただろう? 一人一枚だ」

「こんなに!」

「ありがとうございます!」

「失礼します。ご挨拶してもよろしいでしょうか?」


 食堂の出入口にいた女性が声をかけてきた。


「何者だ?」

「私はセイフリード様のサークルに所属しているキュエリアと申します。学生食堂の案内と席の確保を任されております。どうぞこちらへ」


 クオンとリーナの一行は目立つため、学生達の注目が集まった。


「まずは注文カウンターで欲しいものを注文して代金を支払います。整理番号札が貰えますので、引き渡しカウンターで番号が呼ばれたら受け取ります。その際に札は返します」

「私がいた頃と同じ方法だ」

「では、ご注文をどうぞ」

「リーナ、飲み物は何にする?」

「ミルクティーで」


 リーナはメニューを見て答えた。


「ミルクティーを六つ、日替わりケーキを一つだ」


 クオンは注文と支払いをすませると、受け取りを護衛に任せて先に席へと移動した。


「こちらです」


 キュエリアの友人達が六人分の席を確保していた。


「すぐに食器を片付けます」

「飲食物を買わないとここは利用できないのです」

「すみません」

「手間をかけた。経費にして欲しい」


 クオンは人数分の高額紙幣を差し出した。


「一人一枚だ。礼を言う」

「ありがとうございます!」

「席取りだけでこんなに!」

「愛の日をお楽しみください!」

「お二人の幸せをお祈りしております!」


 女性達は嬉しそうに礼金を受け取り、深々と一礼すると立ち去った。


「座っていい。茶を飲む許可も与える」


 クオンは自分とリーナの分だけでなく、護衛騎士の分の席と飲み物も考えていた。


「学生食堂でお茶をしたかったのですか?」

「伝統を体験するために来た」


 まずは着席。


 リーナが周囲を見回すと、半端な時間にもかかわらずかなりの学生がいた。


「学生の方が多くいるようですが、授業はないのでしょうか?」

「今日は休講だ」


 この日は王立大学の受験日。講義室は試験会場として使われている。


 大学に来ているのは試験会場の手伝いか、何らかの事情があって来ている者だけだろうとクオンは説明した。


「私と同じ目的の者もいる気がする」

「カップルらしい方も多いですね」


 男性と女性が一人ずつ座っている場合が圧倒的に多い。


「ラブは王立大学を受験すると聞いた。今まさにこの大学で試験を受けている最中だろう」

「そうでしたか!」

「先に言っておくが、会うのは無理だ。昼食で混雑する前にここを出る」

「お待たせしました」


 護衛騎士の一人が注文品を受け取り運んで来た。


 順番に飲み物をテーブルの上に置いて行く。


 クオンは一つだけ頼んだ日替わりケーキを引き寄せた。


「学生食堂の日替わりケーキは必ずイベントにちなんだものになる」


 愛の日は必ずチョコレートケーキ。


 カップルはあえて日替わりのチョコレートケーキを一つだけ頼み、分け合って食べる伝統があることをクオンは説明した。


「在学中は体験できなかった。そこでリーナと体験しようと思って来た」

「なるほど」


 クオンはフォークを手に取ると、一口分を切り分けて差し出した。


「口を開けろ。相手に食べさせるのが伝統らしい」

「それはちょっと恥ずかしいですね……」


 リーナは大きく口を開けた。


 パクリ。モグモグ。


 甘いチョコレートの味わいが口の中に広がった。


「美味しいです!」

「交代だ」


 リーナもフォークで一口分を切り分けたケーキを差し出した。


 今度はクオンがケーキを味わう。


「……どうですか?」

「想像以上に甘い」

「ミルクチョコレートみたいですね?」

「チョコレートだけではないが」

「砂糖ですか?」


 クオンは優しい眼差しをリーナに向けた。


「全部だ」


 確かに甘い。


 二人を取り巻く空気が。


 幸せオーラで溢れている。


 伝統というより惚気だ。


 護衛騎士達がそう思った瞬間だった。


「おめでとうございます!」

「どうかお幸せに!」

「お二人に祝福を!」

「愛の日万歳!」

「素晴らしき伝統だ!」


 次々と学生食堂にいる学生達が席を立って拍手を始めた。


「……クロイゼル」

「何か?」

「これもセイフリードの手配だろうか? それなら全員にチップを渡さなければならない」


 真顔で尋ねるクオンを見て、クロイゼルは必死に笑いを堪えた。


「いいえ。違うと思います」

「伝統の一環かと」

「後輩達の配慮では?」

「正直に申し上げますが、素性を知られている可能性が高いかと」

「そうか。学食の担当者を呼んで欲しい」


 護衛騎士が学生食堂の現場責任者を連れて来ると、クオンは小切手を渡した。


「金額分は私のおごりだ。学食の利用者に無料で飲食物を提供して欲しい。愛の日の贈り物だ」

「ご配慮に感謝致します!」


 学生食堂の担当者はそう言った後、


「王太子殿下が奢ってくださる! 百万ギール分は食べ放題だ!」


 学生達に告知した。


「百万ギール!!!」

「桁が違い過ぎる!!!」

「さすが王太子殿下!!!」

「先輩万歳!!!」

「今日来て良かった!!!」

「ケーキを食べよう!」

「ランチもだ!」


 学生食堂は学生達の歓声と拍手で溢れかえった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「在学中は体験できなかった。そこでリーナと体験しようと思って来た」 [一言] ニマニマしすぎて次話に行けないorz (爆笑) 満足するまでループしてから先行きます。
2022/05/03 00:10 みんな大好き応援し隊
[一言] 流石一国の王太子。 奢りの桁が違うなぁ!w
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